645.第零泊目:シュミット家のお茶会

 お母様の計らい……と言うべきか、お父様の無頓着ぶりを阻止された結果と言うべきか、それによって僕たちはそれぞれの寝室へと案内されました。


 僕とアリアは幼い頃から使っている寝室、ユイは本当にすぐ側にあった部屋を、リリスはその奥の部屋を使うようです。


 弟子たちは客室なので別の階になりますが……アリアのことです、悪い扱いにはしないでしょう。


 僕を案内してくれたメイドによれば、お茶会のあとは女性陣のお色直しをして夕食と言うことなので正装しての参加ですね。


 ユイが作った正装服、意外なところで使います。


 しかもこれ、どんなエンチャントかわかりませんがしわも汚れもつきませんし……。


 ともかく、身だしなみを整えてしばらく待っていると、女性陣の準備が出来たらしく僕のことを呼びに来てくれました。


 そして合流した女性陣は……サリナさんとミライさん以外は全員ドレス姿です。


 普段は絶対にメイド服以外着ないリリスさえも。


「うー、すーすーするのです」


「うん……なんだか落ち着かない……」


「私はメイドであり接待をする側であってされる側ではないのですが」


「……自分用のドレス、作っておくべきでした」


「私、お仕事用の制服しかいまは正装服を持ってません……」


「スヴェイン、どう、皆の服装? 全部、私の手作りなんだけど」


「ええ、リリスだけでなくニーベちゃんもエリナちゃんも往生際が悪くなかなかドレスを着てくれないため大変でしたわ」


「そうですね。綺麗ですし似合っていますよ、皆さん。しっかり服装に合わせた化粧もしているようですし」


「……化粧はメイドの人がしてくれたのです」


「……ボクたちの持っていた化粧道具から適切なものを選び出して的確に」


「……私も他人のお化粧は何度もしていますが他人から化粧を施されたのは初めてです」


「三人とも往生際が悪い。ほら、お義父様たちをお待たせしても悪いから行くわよ」


「そうですわね。スヴェイン様からも褒められたのです。自信を持ちなさいな」


「先生から褒められたのも恥ずかしいのです……」


「うん、普段から薄化粧しかしないから……」


「メイドがこのような服装でお叱りを受けないでしょうか……」


 三人とも悩みは深そうですが……まあ大丈夫でしょう。


 全員揃ったのでお父様たちが待っているはずのバルコニーへ。


 そこではお父様とお母様、シャルによるお茶会がもう始まっていました。


「おお、きたかスヴェインたち。アリアとユイは予想通りドレスだが……お前の弟子たちもと言うのは想像外だな。しかもリリスまでドレスだとは」


「そうですわね。ユイ、どうやってリリスにドレスを?」


「第二夫人として厳命しました。彼女の体にぴったりと合わせた彼女のためのドレスを作ったのです。それを無駄にするつもりなのかと言ったら着てくれましたよ?」


「……ユイも強くなったな」


「そうね。あのリリスに命令できるだなんて」


「慣れれば簡単でした。ニーベちゃんとエリナちゃんも同じようにしたらすんなり着てくれました」


「……あれがなのです」


「……リリスさん、どんなされたんだろう」


「そして、サリナとミライだが……こちらはドレスがなかったのか?」


「サリナには今日に間に合うよう、自力でドレスを縫うよう指示をしていました。ですが、日々の忙しさに負けてにあうとは想像していなかったようですね」


「申し訳ありませんでした、ユイ師匠。次からはきちんと指示を守ります……」


「よろしい。それなら、あなたにはこのお茶会が終わったらドレスをあげましょう」


「へ?」


「どうせ間に合わないことはわかっていましたから。弟子の恥は師匠の恥です。普通のシルク製ですがドレスを数着縫ってあります。今回の旅の間はそれを着回しなさい。このお茶会が終わったらドレスをまとめて差し上げますのですぐに着替えてくること、いいですね?」


「ありがとうございます!」


「あと、ミライ。言いたいことはわかりますね?」


「はい……私もドレス、買ってくるべきでした」


「あなたにはドレスはあげません。その代わり、昔使わせていたホーリーアラクネシルクの服を数着この旅の間だけ返却します。それで代用しなさい」


「はい!」


「なあ、スヴェイン。ユイも強すぎやしないか?」


「我が家の服事情はユイが一手に握っていますから」


 ユイもこの二年ほどで本当に強くなりました。


 甘える回数もそれに比例するように増えましたけど。


「夫人たちが強いのはいいことですわ。家が盤石に守られる証拠なのですから」


「そうか。……そうか?」


「そういうことにしておいてください、お父様。それでお兄様、お兄様が錬金術師ギルド本部を空けて大丈夫なのですか? ミライ様まで連れ出して」


「どういうことだ、シャル、スヴェイン」


「お兄様のギルドで同期を脅そうとしたりその間に持ち物にいたずらをしようとしたものが現れました。お兄様やその聖獣などが迅速に動いたため被害は軽微で済みましたが……ギルド評議会は大荒れだったと聞きますよ?」


「まあ、普段権力を使わない僕が職権乱用をしたのですから当然でしょう。あと、実行犯の身分証などを奪い取った上で国外へ強制追放したり、積極的に犯行へと加わった未成年者どもを『試練の道』の『魔境』送りにしてみたりいろいろしましたから」


「スヴェイン……やり過ぎだ」


「錬金術師の者どもが、自分たちのことを『〝栄誉ある〟錬金術師』だなんてほざいたのが悪い。やり方も陰湿でしたし相応の罰を与えただけです。そうそう、シャルには暗部を使わせていただいているお礼を言っていませんでしたね。ありがとうございます」


「いえ。こちらこそ思い違いをした愚か者どもを四十名近くも選抜し、それを見逃そうとした者も十名以上選別してしまった負い目があります。ウエルナには徹底的にやらせておりますので存分に使ってください」


「ではそうします」


「スヴェインに国の舵取りを任せていなくてよかった気がするな……」


「あら、そうですか? スヴェインなら決して犯罪を許さない平和な国を作ってくれる気がしますのに」


「そうですね。お兄様、いまからでも公太子になりませんか?」


「なりません。それにそういうことを話にきたのではないのでしょう?」


 まったく、シャルも相変わらず諦めが悪い。


 僕はいくら頼まれても公太子などなりませんよ。


「それもそうでした。お兄様、相変わらず夫婦関係もな様子ですね?」


「ユイ?」


「……ごめんなさい」


「いいではありませんか、スヴェインも年頃の男なんですから。こんなかわいい嫁ふたりに囲まれて我慢し続けろというのが無理な話。ただ、


「もちろんですわ、お義母様。、遂に動き出してしまった以上、子育てをする時間は本当になくなりました」


か。我が国からはどれほどの出資を望む?」


「正直、難しい線引きです。モノ以外はすべてシュミット頼みで揃ってしまうのが問題なんですよ。それにいまの僕は師匠の技術書をすべて押しつけられて所蔵していますし」


「だろうな。無論、金銭的な援助は惜しまない。指導体制が整ってくれば我が国からも〝留学生〟を出そう。ほかには?」


「とりあえず、生産部門全学科に講師ひとり、武器スキルごとに講師ひとり、あとは魔法講師ですかね」


「あら、魔法講師は細分化しなくてもいいの? シャルがあなたから持ち帰った『職業』の情報によれば属性魔法特化の魔法系超級職『魔導聖』がいるらしいけれど」


「最初期段階ではそこまで望みません。最初期で望むとすれば攻撃魔法と回復魔法の分離くらいです」


「結界系魔法は?」


「お言葉ですが、どちらにも必須でしょう?」


「そうなのか、シャル?」


「お父様、魔法に疎すぎます。結界系魔法は攻撃時に身を守るためにも回復時安全に回復させるためにも必須技能ですよ。出来ないでは通用しません」


「そ、そうか」


「学園国家への支援はもう少し形が決まってから詰めましょう。いまはまだ外殻を作っている真っ最中なのよね? それじゃあ、支援内容を決める段階ではないわ。それよりもニーベちゃんとエリナちゃんの話を聞きたいの」


「私たちですか!?」


「ええと、なにをお話しすれば!?」


「そんなに難しいことは聞かないわ。スヴェインとアリアの弟子になってもうすぐ四年なのよね? どうだったかしら?」


「はい! 先生方の弟子になってから毎日が楽しいのです!」


「本当に。僕なんて『錬金術師』なのに魔力水すら作れずウジウジしているだけだったのに……たった一年で高品質ミドルマジックポーションまで手が届くだなんて」


「私なんて病気でいつ死ぬかわからなかったところを助けてもらったのです! それに間違っていた目標も正していただけました! 先生方には感謝しかないのです!」


「だよね。先生方には無理をしすぎだってよく言われるけど本当に修行と研究が楽しいです」


「無理しすぎ。誰かさんたちもよく言われていたから強く注意できないわね?」


「わかっていますわ、お義母様……」


「だからこそ止めきれないんです」


 本当にこの子たちは悪い面まで僕たちに似ていて……手がつけられません。


 神獣の杖による手加減もうまくなってきましたし、もう少し稽古をつけたら素材集めの時期ですかね。


「それで、あなた方にとって次の目標はなにかしら?」


「まずはハイポーションが作れるようになるため命の錬金触媒を作れるようになることなのです」


「失敗したら錬金台が壊れそうだから時間があるときにスペアを量産しています」


「ハイポーション。シャルも昔は泣きべそをかきながら頑張っていたわね。『スヴェインお兄様に置いていかれたくはない』って」


「なっ!? お母様!? 昔の話を持ち出さないでください!!」


「昔と言うほどでもないでしょう? 『賢者』になった直後くらいなんだから」


「そ、それは……」


「『賢者』のシャルがハイポーションを安定しているのが不思議でたまりませんでしたがそういう理由でしたか」


「ええ。『賢者』を目指しての魔法修行も激しかったけど、錬金術修行も激しかったわよ? 『スヴェインお兄様が帰ってきたときに必ず発展したアトリエを渡す』んだってね」


「昔の話です!!」


「そうね。スヴェインが帰ってくる前にもっと立派なアトリエを手に入れていたものね」


「お兄様! いまの話!! 絶対に!! 忘れて!! くださいね!!」


「はいはい。ここだけの話にします」


「今すぐ忘れなさい!!」


「はいはい、シャル。あなたも成人したのですから都合が悪くなった時に極大魔法を使う癖は抜きなさい」


「うー! ディーンお兄様やオルドは剣で斬るかかわすかしかできないのに、お兄様は対抗魔法で撃つ前から消される!!」


「危ないですからね」


「相変わらず、スヴェイン様とシャルは仲がいいですね」


「スヴェインとシャル様ってこれで仲がいいの?」


「仲がいいわよ。ユイも慣れていきなさい」


「ジュエルお義母様が言うのでしたら」


 このあともお茶会は……まあまあ和やかに進み、終わった段階で女性陣はお色直しのため退席。


 夕食時に再度集まって夕食後もいろいろな話をして楽しみました。


 お母様は僕とアリアやユイの間の夫婦事情が気になってたまらない様子でしたが。

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