9.辺境伯領への帰路
アリアと一緒に過ごすようになって1カ月半ほど経ち、ようやく辺境伯領へ帰る目処がつきました。
最大の悩みであったアリアの体調も完全に……とはいかないまでも回復し、馬車での旅ができるだろうとお墨付きをいただけたのです。
それに屋敷のみんなが根気強くアリアに接してくれたおかげで、彼女も使用人たちになれたのが大きいようですよ。
それから、辺境伯家嫡子の僕とアーロニー伯爵家の娘となったアリアの婚約の予定も正式に発表されました。
ヴィヴィアンとの婚約破棄から1カ月程度しか経っていないのに、新しい婚約者を……というのは世間体がよくないのでは? と思っていましたが、アーロニー伯爵夫妻によると僕たちの婚約は割と好意的に受け止められているらしいのです。
アリアがアーロニー伯爵夫妻の養子になった経緯や、僕がかいがいしく彼女の手助けをしていることなどが噂として広まっていたらしいのでした。
さまざまな思惑があるにせよ、僕たちの婚約に異を唱えているのはシェヴァリエ子爵とその一派だけらしいのですね。
ならば無視をしましょう。
「スヴェイン様、アリア様。馬車の準備ができました」
「わかりました。それでは、参りましょうかアリア」
「はい!」
そうそう、この1カ月半でアリアはよく笑顔を見せてくれるようになりました。
やはりお屋敷の生活に慣れてきた結果でしょうか。
「来たか、ふたりとも」
「これからは2週間ほどの馬車の旅になるわ。アリアちゃんは気持ちが悪くなったら無理をせずにすぐ言うのよ。私が回復魔法をかけるか、休憩を挟むかするから」
「はい。お手数をおかけします」
「あら、こういうときはどう言うんだったかしら?」
「あ……ありがとうございます」
アリアが反射的に謝る癖はなかなか直りません。
なので、謝るのではなく感謝を伝えるようにしているのです。
お母様もよく考えていらっしゃいますね。
「よくできました。それじゃ、馬車に乗りましょうか」
僕たちは家紋入りの馬車に乗り、一路辺境伯領を目指して旅を始めます。
あれ、でも……。
「お母様。いまの王都は貴族たちによる社交シーズンというものだったのでは?」
「ああ、そんなものパスよ。我が家が社交シーズンにいないなんて毎年恒例だもの。それに社交シーズンを真面目に過ごしていたら、冬になって辺境伯領に帰るのが困難になるわ」
「ああ……確かに」
「あの、冬の辺境伯領ってそんなに厳しいんですか?」
「いや、そんなことはないよ、アリア。ただ、帰るための道が雪のせいで走りにくくなると言うだけで」
「雪が降ると馬車が走りにくくなるのですね?」
「そうですよ、アリア。雪が降ると道もぬかるみますし、場合によっては車輪にも雪がついてしまいます。そうなると、車軸が折れる危険も高まりますからね。冬道は危険なんです」
「……私、そんなことも知らなかったんですね」
「知らないことはこれから覚えていけばいいのだ。あまり気にするな」
「ありがとうございます。旦那様」
「う、うむ。なんなら、お義父様と呼んでもらっても構わないのだぞ?」
「そんな、恐れ多い!」
「そ、そうか。恐れ多いか……」
お父様がわかりやすく落ち込んでしまいました。
そんなにアリアから『お義父様』呼びされたかったのでしょうか?
「あなたは威厳を出し過ぎなのよ。それにアリアちゃんにはゆっくり慣れてもらいましょう」
「それもそうだな。無理を言ってすまん」
「いえ、こちらこそ」
「アリアも僕の家族とゆっくり馴染んでいってくれればいいのです。領地に帰れば僕の弟と妹がいますので、そちらも紹介いたしますね」
「スヴェイン様の弟君と妹君ですか」
「はい、弟の名前はディーン。ひとつ下の弟で、僕が言うのもなんですが剣術の腕前は天才だと思います」
「スヴェイン様がそこまで褒めるなんて珍しいですね」
「ディーンも影で鍛錬をおこたっていないことを知っていますしね。性格は……少しヤンチャかも知れませんので最初に言い聞かせます」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
「では妹の方ですね。妹の名前はシャルロット。僕の2歳下の妹で……まだまだ遊びたい盛りの子供です」
「わかります。その頃は、私も母を困らせていましたから」
「おそらくシャルはアリアに甘えたがると思いますが……大丈夫ですか?」
「子供なら大丈夫だと思います。困ったときは助けてくださいね?」
「もちろんです。僕の家族はこれだけですね」
「え、たった5人ですか?」
僕の家族は5人です。
アリアはそれに疑問を持ったようですね。
「はい。なにかおかしかったでしょうか?」
「……いえ、貴族は愛妾を囲い込んで子供を増やすものだとばかり思っていましたので」
「なるほど、そこもシェヴァリエの悪い教育を受けてきたか」
「旦那様?」
「確かに貴族が第二夫人などをめとるケースはある。だがそれは血を絶やさないためだ。愛妾を囲い込むなどその範囲外だ」
「……私の母は愛妾と呼ばれていました」
「……む、それはすまぬ」
「あなたはいつも余計な事を……愛妾の子供だからといって虐待していいわけではありません。それだけは覚えておいてください、アリア」
「はい、奥様」
アリアを落ち込ませてしまったお父様をお母様がしっかりフォローします。
わざとやっているのではないかと疑ってしまうのですが、天然なんですよね……お父様は。
「よろしい。……そろそろ最初の休憩地点ですわ。アリア、体の調子はどう?」
「……少しつらいです。お尻が痛いのと、全身が固まっている感じがします」
「それじゃあ、軽い回復魔法をかけてあげるわね。それと、ペンダントにスヴェインの香油を注いでもらいなさい」
「……香油をかぐと眠くなってしまうのですが」
「旅の注意点は説明しましたから、もう寝ていても大丈夫です。それよりも体力の温存に努めなさい」
「わかりました。ありがとうございます、奥様」
僕が花や果物から抽出していたエキスは『香油』と名付けられて製法が商業ギルドに登録されました。
これにより、類似した品を別の商人や錬金術師などが悪意を持って作ろうとすると神罰が下ることになります。
お母様はアリアの分のほか、錬金術の練習として知り合いのご婦人方にも配っていたそうです。
それが話題となって各個人がお抱え錬金術師に香油を作らせる遊びが流行り始めたんだとか。
また、お母様はアリア用に香油を入れられるペンダントネックレスを開発してくださいました。
ペンダント部分に香油を適量注ぐと、しばらくの間少しずつ香りがただよう仕組みになっています。
お母様でもこの仕組みを作らせるには苦労したんだとか。
ちなみに、この製法も商業ギルドに登録させたそうですね。
「すぅー、すぅー」
休憩も終わり馬車が走り出して数分。
アリアは完全に眠ってしまいました。
「あらあら、すっかり寝入ってしまいましたね」
「それだけ緊張もしていたし、疲れもたまっていたのだろう。スヴェインよしっかり支えてやるのだぞ」
「はい。もちろんです」
座席の背もたれに体を預けたままでは馬車が揺れたとき、倒れて怪我をするかも知れません。
なので、起こさないように気をつけながら僕の膝の上に体を倒しました。
……なお、目覚めたアリアが僕の膝枕を受けていたことを知りパニックを起こしたことはご愛敬ですね。
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