8.アリアはもっとスヴェインのそばにいたい
「ふう、やっぱり王都邸にある錬金設備は使いにくいですね。早く辺境伯領に戻りたいのですが、アリアの体力回復が先決ですし」
今日も僕は錬金術の勉強中です。
職業を得たあとも必死で頑張った結果、魔力水の作成は失敗しなくなりました。
それから魔力水に花や果物のエキスを抽出する作業も9割成功します。
いまの日課は王都邸にある花や、使用人たちに買ってきてもらった花や果物からエキスを抽出してアリアの部屋に置くことですね。
アリアはラベンダーやオレンジの香りが好きなので、それらのエキスを抽出しておいています。
どうもそれらの香りをかいでいると心が落ち着いて、リリスの言葉もある程度聞こえるらしいですよ。
「さて、そろそろ夕飯の時間です。アリアのところに行かないと」
アリアは立って歩けるようになりましたが、まだまだ体力的に弱いようです。
それから、リリス以外の使用人にも慣れておらず、近くを通り過ぎるだけでビクビクしてしまうのですよ。
なので、朝食と夕食はアリアの部屋でふたり一緒に食べ、昼食だけはなんとか頑張って食堂まで来てもらっています。
「アリア、入ってもいいですか?」
「はい。どうぞ、スヴェイン様」
アリアの部屋に入ると、彼女はリリスと一緒に絵本を読んでいました。
……アリアはまだ文字を読むことがなんとかできる、程度でしかないんですよね。
子爵家での扱いが相当悪かった証です。
「アリア、勉強は進んでいますか?」
「はい。スヴェイン様の作ってくださるエキスのおかげで落ち着きますし、リリス様も根気よく教えてくださるので助かります」
「アリア様が学ぼうと努力なさっているからです。努力しなければ、この数日でほとんどの文字を読めるようにはなりませんよ」
「……お世辞でも嬉しいです」
「お世辞ではありませんよ。そろそろ夕飯の支度が調う時間ですね。運んで参りますのでしばらくお待ちを」
「はい、頼みます。リリスのワンピース姿も似合っていますよ」
「ありがとうございます。その調子でアリア様も褒めてあげてくださいませ」
リリスはアリアの世話をするため、メイド服ではなく一般的なワンピースを着ています。
アリアの反応を確認してみたのですが、アリアはメイド服に過敏になっているようでした。
そのため、お母様とも話し合った結果、しばらくはメイド服を着ないでアリアのお世話をすることに決めたそうです。
そんなリリスが部屋を出て行くと、待ちきれないといった表情を浮かべたアリアがいました。
僕はエキスをサイドチェストの上に置き、アリアを抱きしめながら頭をなでてあげます。
「うん、頑張っているようですね、アリア。この調子で頑張ればすぐに追いつけますよ」
「そうだといいのですが……私、スヴェイン様のご迷惑になっていないでしょうか?」
「大丈夫です。エキスの抽出も錬金術の練習にはちょうどいいですし、特に気にするほどのことではありません」
「そうですか? では、明日は少しだけお時間をいただけますか?」
「はい、なにがしたいのでしょう?」
「窓からみえるお庭を見てみたいのです。ゆっくりお庭を散策する経験なんてありませんでしたので」
「わかりました、そのくらいの時間なら作れます」
「ありがとうございます! あの、それ以外のお時間はどう過ごしているのですか?」
「基本は勉強ですね。午前中は1時間ほどお父様から剣術の稽古を受けた後、魔法文字と算数の勉強。午後は基本的に錬金術の練習ばかりしています」
「そんなに頑張っているんですね。……でも、私たちのような初級職が頑張ってもできることなど少ないのではないのでしょうか?」
「……そんなことはありませんよ?」
「スヴェイン様?」
「お父様は『交霊の儀式』で『剣士』の職業だったのに『星霊の儀式』では『剣聖』になりました。お母様もあまり詳しくは教えてくれませんが、『治癒士』から『治癒術師』になったと聞いています」
「……そうなのですか?」
「はい。『交霊の儀式』で与えられる職業はそのときの特性みたいなものだとお父様はおっしゃっています。実際、僕もノービスになってから錬金術の精度が上がってますしね」
「……そんな、ずるいです。私なんてただの『魔法使い』なのに」
「いまはただの『魔法使い』でいいじゃありませんか。5年後にもっと立派な姿を見せればいいのですから」
「……うらやましいです。スヴェイン様の考え方」
「うらやましいのならアリアも頑張りましょう。魔法文字も算数も僕が一から教えてあげますから」
「本当ですか? 私が一緒ではお邪魔じゃないですか?」
「邪魔なんかじゃないですよ? アリアがやる気を出してくれるなら一から学び直すのも悪くないです。復習にもなりますからね」
「……それでは明日からご一緒させてください。少しでも早くスヴェイン様に追いつきたいのです」
「わかりました。あとでお母様にも話をしておきます」
「ありがとうございます。……本当は私も食堂で一緒にご飯を食べられれば済む話だったのですが」
「無理はしなくてよいとお父様もお母様も言っています。慣れるまではそのお言葉に甘えましょう」
「はい。申し訳ありません」
「謝るほどのことではありませんよ。もっとリラックスしてください。ここはあなたの家でもあるのですから」
「ありがとうございます、励ましてくださって。少し気持ちが楽になりました」
「それはよかった。では、夕食が来るまで今日どんなことを学んだのか教えてもらえますか?」
そのあとはアリアと楽しくおしゃべりをし、届いた夕食を食べました。
食事が終わったら、お母様にアリアの話を報告しに行きます。
明日の午前中にアリアも勉強に参加することを告げると、お母様も喜んでいました。
お母様も塞ぎ込みがちなアリアのことが心配だったようですね。
そして寝る時間、僕とアリアは一緒のベッドで寝ることになっています。
お父様もお母様も初めは難色を示していました。
ですが、僕がそばにいないとアリアが夜に何度も起き出してしまうため、特別に認めてくれたようです。
「……これが魔法文字」
翌朝、朝食をいただいたあと剣術の稽古を終えてアリアとともに魔法文字の勉強です。
彼女は初めて見る魔法文字に驚いていますが。
「はい。普段使う文字とはまったく異なりますよね?」
「そうですね。まったく読めません」
「魔法文字は属性を現す文字と強さを表す文字、その組み合わせが一般的らしいです」
「なぜそのようなことを?」
「このようにしないと魔法が安定しないそうです。詳しい理論はまだ僕も教わっていません」
「では、まずは魔法文字を覚えればいいんですね?」
「そうなります。最初は基本属性から始めましょうか」
「はい!」
午前中の勉強は比較的スムーズに進みました。
アリアは昼食のときも心なしか堂々としていましたし、多少は自信がついたのでしょう。
昼食後は約束の庭園散策です。
「うわぁ……窓から見るよりもたくさんのお花が咲いてますね!」
「これも庭師の皆さんが管理してくれているおかげです。感謝しなくては」
「はい! あ、あの花はなんですか?」
庭園の中を好奇心の赴くまま歩き回るアリアは普段よりも笑顔があふれています。
そんな横顔を眺めていると僕まで嬉しくなりますね。
しばらく散策をしていると、彼女は疲れてきたのか少し眠たげになってきました。
これはそろそろ部屋に戻してあげるべきですね。
「アリア、そろそろお部屋に戻りましょう」
「はい、でも、もう少し見ていたいような」
「庭園は逃げませんよ。また今度一緒に見て回りましょう」
「……はい!」
上機嫌なアリアを部屋まで送り届け、ベッドで眠るのを確認したら僕も部屋をあとにします。
……大分疲れているようですし、彼女の午後は勉強なしですかね?
「アリア様は大分はりきって散策なされたみたいですね」
「はい、とても上機嫌でしたよ。そんなにお花が好きだったのでしょうか?」
「庭園そのものよりも、スヴェイン様と一緒にいられる方が大きいんだと思います」
「それだと僕も嬉しいのですが。さて、錬金術の練習に行ってきますね」
「はい。くれぐれも、無茶はなさいませぬよう」
「わかってますよ……昔みたいな失敗はしません」
「わかりました。それではお気をつけていってらっしゃいませ」
「リリスもアリアのことよろしく頼みます」
「はい」
僕と一緒にいられることが楽しかったのでしょうか。
それならば僕としてもよかったと思えます。
早めに次の散策日を決めてあげなくてはいけませんね。
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