7.父の行動

 さて、アリアの件で1日遅くなってしまったがシェヴァリエ子爵にはスヴェインとの婚約破棄と両家の絶縁状を送りつけておいた。


 どのように出てくるかが楽しみではあるが、まずはアーロニー伯爵夫妻への礼を考えねばな……。


 夫妻は酒もあまりたしなまないし、宝石や装飾品が好きだといった話も聞かぬ。


 そうなると、なにがいいものなのか……。


 仕方がない、本人たちに聞いてみるか。


「私どもがほしいものですか?」


「うむ。アリアの件では世話になった。そして、これからも世話になる。今のうちに何か礼をと思ってな」


「相変わらず考え方が固いですな、シュミット辺境伯」


「これが私の生き方だからな。せっかくできた娘をかわいがる間もなくもらってしまうのだ。相応の礼をしなければ気が済まん」


「そんなお気遣い無用ですのに……」


「諦めなさい。こういう義理堅いお方なのだ、シュミット辺境伯は」


「うむ、それでなにかほしいものは思いついたか?」


「それでしたらアリアによい家庭教師をおつけください」


「む? 家庭教師をか?」


「はい。アリアの話を聞いてみましたが、去年母親が亡くなってからというもの子爵邸で下働きをさせられていたのです。そのため、貴族として同年代の子供に比べ知力が少々劣っております」


「……そうか。わかった、優秀な家庭教師をつけよう」


「その家庭教師ですが、男性ではだめです。また厳しい女性でもいけません。アリアはかなり重度のトラウマをかかえておりますゆえ」


「なるほど、それは難しいな」


「はい。なので、その要望を満たすような家庭教師をつけていただければ十分でございます」


「わかった。王都にいる間に手配をかけ始めるとしよう。……辺境伯領まで共に来てくれるものがいれば、だが」


「私どもでもお手伝いできればよいのですが……」


「難しいだろうな。まあ、気にするな。なんとかアリアにあう家庭教師を見つけてみせよう」


「よろしくお願いいたします。それから、あの子は職業が『魔法使い』であることにもコンプレックスを抱いているようです。できれば『星霊の儀式』では『魔導師』になれるようお願いしたく」


「なるほど、職業を鍛えるのも我が家の得意分野だ。立派な『魔導師』に育ててみせよう」


「ありがとうございます。これ以上は何も望みません」


「そうか。では、残りは妻と話し合いアリアのためになにかできないかを考えよう」


「よろしくお願いいたします」


「うむ。では、玄関まで送ろう。今日は手間をかけさせて申し訳ない」


「いえ。アリアのこと、くれぐれもよろしくお願いいたします」


 アーロニー伯爵夫妻は本当に子煩悩なものだ。


 夫婦仲がとてもよく、生まれた3人の子供たちもそれぞれ立派に成長した。


 できれば娘がほしかったと聞いていたのだが……本当に申し訳ないことをしてしまったものだ。


 アーロニー伯爵領は我が領地からそれほど遠いわけでもない。


 アリアがそのトラウマを克服できるようになったら、顔を見せに行かねば。


「あ、お父様。こんなところでなにを?」


「お前の方こそなにをしているのだ、スヴェイン?」


 玄関ホールで考え事をしていると、中庭の方からスヴェインが花を片手に抱えてやってきおった。


 あの花は……ラベンダーか?


 しかし、飾るには少し量が多いな。


「スヴェイン、その花をどうするつもりだ?」


「はい。錬金術で花のエキスを抽出し、香水……のようなものを作ろうと思います」


「香水ではないのか?」


「あのようなきつい匂いではなく、ほのかに香るだけですね」


「……錬金術とはそんなこともできたのか」


「はい。ノービスの職を得てから錬金術の精度も上がって参りました。……一説によると初級職未満と呼ばれているらしいですが、本当でしょうか?」


「考え方によっては、な」


 職業『ノービス』はすべての才能をほんのわずかだけ持っている職業だ。


 それ故に一般的な職業に就いた者よりもはるかに研鑽を積まなければならないのだが……スヴェインには大差ないか。


「その花のエキスはアリアに贈るのであろう。早く抽出して持っていってやるといい」


「はい。では、失礼いたします」


 うむ、アリアとスヴェインの仲はとても好ましいもののようだ。


 恋愛感情ではないようだが、少なくとも他人を恐怖するアリアが受け入れる程度にはスヴェインを思っているのだろう。


 大変結構。


 あとは……明日、小煩いハエどもが乗り込んでこないことを祈るばかりか。


**********


「シュミット辺境伯! この手紙はなんの冗談か!」


 やはり小煩いハエどもがやってきたか。


 父と娘両方が。


「そこに書いてある通り、スヴェインとヴィヴィアンの婚約破棄とお主たちの家に対する絶縁状だが?」


「それを冗談かと聞いているのです! 我々の家は父の代、ともにモンスターの群れから国を救った英雄同士。そのつながりからスヴェイン様とヴィヴィアンの婚約も決まっていたのですぞ!」


「そうだな。だが、その話を決めたのは先代当主だったからだ。ダンカン、貴様の娘では息子の嫁にすることなどできぬ」


「あら、どうしてですの? 私はスヴェインを憎からず思っていますのに」


「ヴィヴィアン!」


「その態度が問題だ。ヴィヴィアンと言ったか、お前はたかが令嬢だ。嫡男であるスヴェインを呼び捨てにするなど身の程を知らぬにもほどがある。そのようなものを嫁にとっては我が家の恥以外のなにものでもない」


「なんですって!」


「やめろ、ヴィヴィアン! では、我が家への絶縁状というのは?」


「『交霊の儀式』であのような騒ぎを起こす家と関わりを持っていると思われたくないのでな。今回は事情説明のために招き入れたが、今後は我が屋敷の敷地内に足を踏み入れることは許さぬ」


「くっ……しかし、よろしいのですかな? 聞けばご子息は初級職未満の『ノービス』だったとか? それで嫡子が務まりますかな?」


「それを決めるのは私だ。貴様ではない。……話は以上だ。お帰り願おうか」


「……わかりました。今回は引き下がりましょう。ですが、陛下の覚えもめでたい私たちの助けなしに生き残れますかな?」


「ふぅ……衛兵! この者たちを屋敷の外につまみ出せ!」


「なっ……貴様ら、なにをする!」


「離しなさい!」


 やっとハエどもが片付いたな。


 しかし、あれは陛下の覚えがめでたいと本気で思っているのか?


 今回の一件、爵位を下げられてもおかしくないほどの一件なのだが……。


**********


 あのハエ……シェヴァリエ子爵のその後について調べていたが話が入ってきた。


 あやつは王宮の謁見の間で激しく叱責され、先代から受けていた特例による税の一部軽減を剥奪されたそうだ。


 また、私が絶縁状を叩きつけていることを知った父の戦友たちもシェヴァリエ子爵家を見限り始めたらしい。


 シェヴァリエ子爵夫人は社交界で我が家の醜聞を広めようと必死になっているようだが、絶縁状の件が先に広まっていることもあり単なる意趣返しと思われているようだな。


 むしろ『交霊の儀式』での醜聞が社交界で先に広まっているせいのため、それを隠すために他家を陥れようとしていると噂されているらしい。


 まったくもって滑稽なものだ。



*********************


本日の連続公開はこれで終了となります。

明日以降は朝7時10分頃と夜19時10分頃の2回投稿を第一部終了まで続ける予定です。


よろしくお願いいたします。

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