6.母の慈愛
「そう、メイドの声がほとんど聞こえないのね」
スヴェインとアリアちゃんの食事を終わらせて戻ってきたリリスから気になる話を聞きます。
私たちは怯えられていたけど声は届いていた。
でも、メイドの声は届いていない……?
「はい。スヴェイン様のいう限り、アリア様はそのようです」
「メイドの声が届かない、ねぇ。少し調べなければいけないかしら」
「奥様、お手数をおかけしてしまいますがよろしくお願いします」
「気にしなくていいわ。アリアちゃんはスヴェインにもよく懐いているし、しばらく様子を見る必要があるもの」
「かしこまりました。今後はどうなさいますか?」
「基本的な世話はスヴェインに任せましょう。女性にしかできないことだけリリスが手伝ってあげて」
「承知いたしました」
「それでは私は夫の元に行くわ。またなにかわかったら教えて」
「わかりました。私はスヴェイン様たちのお部屋に戻ります」
これは困ったものね。
昨日アーロニー伯爵から聞いた話とあわせれば、かなり複雑なことになりそう。
まずは夫に相談よね。
「あなた、ジュエルです」
「ああ、入れ」
「失礼いたします。……その書状は?」
「シェヴァリエ子爵家に送るスヴェインとヴィヴィアンの婚約破棄と絶縁状だ。『交霊の儀式』をあれだけ乱したものと付き合いがあると思われては家の損だからな」
「それはいい考えだと思います。ですが、その前にアリアちゃんの処遇を決めてしまわないと」
「わかっている。だが、こういったことは早めに動かねば」
「あの厚顔無恥なシェヴァリエ子爵のことですわ。我が家でアリアちゃんをかくまっていることがわかれば、どんな難癖をつけてくるか」
「だが、シェヴァリエ子爵はすでに家名からアリアを抹消したのだぞ? それはすでに親子でもなんでもないという証だ。それでも何か言ってくるなど貴族の恥だ」
「それを知らないからこそ、ヴィヴィアンという娘がスヴェインより偉いと勘違いさせているのですわ。まったく、腹立たしい」
「……わかった。アーロニー伯爵にはすまないが、今日の夜に婦人も伴って来てもらうように伝えよう」
「そうしてくださいな。それとアリアちゃんのことで相談なのですが、彼女がいうにはメイドの声がほとんど聞こえないそうですわ」
「……なに?」
「嘘をついているとは思えません。なにか事情があるものと」
「私も疑ってはいない。ジュエル、様子を確認してもらえるか?」
「もちろんです。うふふ、アーロニー伯爵夫妻が許すのであれば、このままアリアちゃんをスヴェインの婚約者にしてしまうのもいいですわね」
「相手次第だがな。力尽くというのは好まん」
「ええ、もちろん。では、私はアリアちゃんの部屋へ」
「任せた。私はアーロニー伯爵夫妻を招待するとしよう」
アーロニー伯爵夫妻を呼んでくださるという夫は、本当に頼りになりますわ。
さて、次はアリアちゃんの様子を見に行きましょう。
アリアちゃんが使っている客室のドアをノックして入室すると、アリアちゃんはスヴェインとお話をしているところだったわ。
私の姿を見ると慌てて話をやめてしまったし、間が悪かったかしら。
「お母様、アリアの診察ですか?」
「ええ。昨日は頭の怪我しか見てないし、ほかに悪いところがないか確認をね」
「ということは、全身をですよね?」
「そうなるわね。スヴェインは廊下で待っていてもらえるかしら?」
「はい、終わったらよん……」
「待って!」
スヴェインが出て行こうとしたとき、急にアリアちゃんが叫んで息子を呼び止めたわ。
一体なにがあったのかしら?
「お願いします、スヴェイン様、私を見捨てないでください」
「見捨てる……僕はアリアの診察が終わるまで外で待っているだけですよ?」
「それでも怖いんです……」
……これは思ったよりも重症ね。
危険だけど、踏み込んで聞き出さないと。
「私が大人だからかしら?」
「はい……」
「どうして大人が怖いの?」
「大人の人は私をぶつからです……メイドのみんなも私が仕事をしていると邪魔をして……」
思ったよりもあっさり聞けたけど、これは想像以上に重症よね。
なんとかして心を解きほぐしてあげないと、すぐにでも破裂してしまうわ。
「大丈夫ですよ、アリア。この家にはあなたをぶったりいじめたりする人はいませんから」
「スヴェイン様、でも……」
「ふぅ……アリアちゃん、スヴェインに少し裸を見られるけど平気かしら?」
「へ? は、はい。私みたいな貧相な子供の体をお目にかけるのは心苦しいのですが」
「アリアちゃん、女の子はもっと体を大事にしなくちゃだめよ。とりあえず背中を診させてもらうわね」
「は、はい!」
「……スヴェイン、アリアちゃんの手を握っていてあげて?」
「わかりました。アリア、手を」
「はい……」
スヴェインの手を握りしめたら体の震えや緊張もほぐれたわね。
……もっとも、背中はあざだらけでひどいけれど。
「次はおなかを診させてもらうわ。胸は手で隠していていいからね」
「ええと……わかりました?」
おなかの方も確認してみたけど……あざだらけね。
腕や足といった目に見える場所はきれいなのだから、性格の悪さがよくわかるわ。
「ありがとう、アリアちゃん。それでね、今晩アーロニー伯爵夫妻という方々がお見えになるの」
「アーロニー伯爵夫妻様ですか?」
「ええ、そうよ。アーロニー伯爵夫妻にはアリアちゃんの養父母となってもらうこととなっているわ」
「え……」
このとき、アリアちゃんの顔色が真っ青に変わってしまったわ。
もう少し伝え方があったでしょう、私!
「あの、ここにはもういられないのでしょうか?」
「……アリアちゃんはこのお屋敷にいたいの?」
「すみません。わがままを言うようで申し訳ないのですが、知らない人の家は怖いです……」
「そう、わかったわ。ただ、アリアちゃんがアーロニー伯爵夫妻の養子になってもらうことは変えられないの。ちょっと偉い人からのご指示でね」
「偉い人……ですか?」
「誰からかは教えないわ。ただ、アリアちゃんが望むならあなたがこのお屋敷に……私たちと一緒に暮らせるように手配してあげる」
「本当ですか?」
「ええ、本当よ。アーロニー伯爵夫妻は少し申し訳ないのだけれど……」
「あ……そうですよね」
「ううん、大人の話は大人が解決するから気にしないで。それじゃあ、夜に会いましょう」
「ありがとうございます、奥様」
これでアリアちゃんの方は……問題は大きいけど確認できたわ。
あとはアーロニー伯爵夫妻の説得よね。
と思って夜になったのだけど。
「そうですか、そのアリアという娘はシュミット辺境伯様のお屋敷にいたいと」
「そうなる。すまないが、アーロニー伯爵夫妻には養父母にだけなってもらえるか?」
「ええ、構いませんとも。奥方の話を聞けばかなりつらい目にあってきた様子。慣れない環境にいるより、少しでも慣れた場所にいる方が心穏やかに過ごせるでしょう」
「申し訳ありません。あの子の養育は責任を持って私たちが行いますので」
「そこは心配しておりませんよ、ジュエル夫人。あなたの誠実さはよく耳にしますから」
「それならばよかったのですが……」
その夜は一目だけも会いたいという夫妻の要望に応えてアリアちゃんを連れてきました。
アリアちゃんも最初は怯えてほとんど話せなかったけど、伯爵夫妻が優しく話しかけ続けてくれたおかげで最後の方はなんとか会話になったわ。
そして、その翌日に養子縁組の手続きを行い、アリアちゃんは名実ともにアリア = アーロニー伯爵令嬢になったわ。
……夫がこの先の話を夫妻にしていたのは、ちょっとしたお茶目ということで流してあげましょう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます