10.最初の聖獣との出会い
王都を出てから今日で12日目。
すでに僕たち一行は辺境伯領に入っています。
ですが、アリアの体調を考えてなるべく宿場町をたどるようにして旅を続けているため、全体の旅程としては3分の2といったところでしょうか?
辺境伯家のある領都にたどり着くのは順調にいっても、あと5日ほど先ですね。
「今日はここを野営地とする! 皆のもの、準備に取りかかれ!」
宿場町をたどるようにしても野営が避けられない場面はあります。
それが今日だったようですね。
護衛についていた兵士たちは最小限の人数を残し、テキパキと野営の準備を進めます。
それを興味深げに見つめているのはアリアでした。
「すごいですね、皆様。あんなにたくさんのテントやかまどをすぐに準備するだなんて」
「領軍の皆様は慣れていますからね。もし気になるのでしたら、あとで声をかけてあげてください。きっと喜びますよ」
「……私なんかが話しかけても大丈夫なのでしょうか?」
「手が空いたものにでしたら大丈夫でしょう。一緒にあいさつ回りにいきましょうか」
「はい! スヴェイン様が一緒なら心強いです!」
僕はアリアと一緒に兵士や騎士たちにねぎらいの言葉をかけに行きます。
手の空いたタイミングで話しかけるので邪険にされないか心配ではありましたが、杞憂だったようですね。
みんな僕たちがあいさつに来てくれたことを喜んでくれていたようですし、なによりアリアがたどたどしくではありますが感謝の言葉を述べたことに驚いているようでした。
アリアが人間関係を作るのがへたで、特に大人の男性には恐怖を抱いていることは護衛たちに周知されていたらしいです。
その彼女が自分からお礼の言葉をかけに来てくれたことに騎士や兵士は感動しているようでした。
アリアが声をかけられたのは十数人程度でしたが、このことは全兵士や騎士に伝わったらしく、士気が一気に高まったとお父様はおしゃっていましたね。
「あの、野営だというのに私たちだけこんなにきちんとした食事をいただいていいのでしょうか?」
「兵士や騎士たちも普段の野営に比べて豪華な食事ができていると満足しております。なのでご心配なく」
「リリス様、野営の食事というのはそんなに大変なのですか?」
「騎士や兵士だけという場合、干し肉や薄いスープ、あるいは焼き固められたパンのみということも多いです。それに比べれば、ある程度きちんとした食事のでる辺境伯家の護衛隊は楽な仕事なのですよ」
「……そうなのですね。私はまた知りませんでした。もっと知識をつけないとなりません」
「その意気です、アリア様。お答えできることはリリスがお答えいたしますので頑張りましょう」
最近のリリスは、どちらかというとアリアの専属メイドに近い立ち位置になっています。
僕の専属メイドの任を解かれたわけではないですが、近いうちにそうなるでしょう。
……昔からリリスはそばにいましたので、ちょっと寂しいです。
「兵士たちの食事事情を改善することも課題なのだが……なかなかよい手が浮かばなくてな。なにかいい手段はないものだろうか?」
「よい手段ですか……そういえば母が健康だった頃、お湯の中になにかを溶かしてスープにしていたような」
「ほう、それは興味深い。もし思い出したらスヴェイン経由で構わないので教えてもらえるかな?」
「はい。お役に立てるなら喜んで」
アリアも喜ぶでしょうし、僕も頑張ってお手伝いしましょう。
その後、食事が終わると周囲も薄暗くなり寝る時間なのですが……森の奥から小さな声が聞こえてきます。
弱々しい声で『タスケテ……イタイ……』と繰り返し呼びかけられていますね。
なぜでしょうか、夜の森など近づいては行けない場所なのですがとても気になります。
「どうしたのだ、スヴェイン。先ほどから森の方ばかりを見て」
「はい。……その、森の奥から助けを求める声が聞こえてくるのです」
「なに? ジュエル、アリア、お前たちは聞こえるか?」
「いいえ、特になにも」
「申し訳ありません。私もです」
「スヴェインよ、聞き間違いではないのか?」
「いえ、いまもなお聞こえてきております」
「……ふうむ。この森か、それだと無碍にはできぬな」
「お父様、なにかご存じなのですか?」
「この森には聖獣様が住んでいると言い伝えられている。それ故にモンスター達もこの森には棲み着かない。もしかすると聖獣様になにかあったのかも知れぬ」
「それは一大事ではないですか!」
「うむ……だが、夜の森をいかせるのは」
「あなた。早く決断した方がいいのでは?」
「そうだな。腕利きの騎士を数名護衛につけよう。声の正体を探ってこい」
「はい、ありがとうございます!」
「……あの、スヴェイン様。私も……」
「アリアはだめよ。夜の森は歩きにくいわ。訓練をしていないあなたじゃ足手まといになって仕方がないもの」
「……わかりました。その代わり、必ず無事に帰ってきてくださいね」
「はい、もちろんですよ。それではお父様、護衛の手配をお願いします」
「うむ。いくぞ」
こうしてお父様に護衛を数人つけてもらい、森の中に入っていきます。
森は無気味なまでに静まりかえり、まるで別世界のようでした。
「あの、聖獣様の森とはこのような感じなのでしょうか?」
「いえ、普段はもっと活気づいているのですが……」
「これは聖獣様になにかあったと考えるべきでしょうな。スヴェイン様、失礼ですが抱きかかえてもよろしいですか?」
「はい、構いません。方角だけ指示すればいいのですね?」
「そうしてください。一気に森の奥まで進みます」
護衛のひとりに抱きかかえられた僕は、先ほどまでよりも速いペースで森の奥へと進んでいきます。
そして、たどりついた森の中にある泉、その近くに一頭の子馬が倒れていました。
ただ、その背中にはまだ小さな翼が生えていますが。
「……こいつは珍しい。ペガサスの子供ですね」
「しかし、怪我をしているようだ。……だがこの怪我は」
「矢傷ですな。ということは聖獣様を狙った密猟団がこの近くにいることになります」
「密猟団、ですか?」
「聖獣様は裏の世界では高値で取引されているのですよ。まったく、嘆かわしい」
「それよりもスヴェイン様。その子を癒やしてあげることはできますか?」
「……できる限りはやってみます」
ペガサスの子供に近づこうとすると、何かの衝撃波のようなものが体をすり抜けました。
ですが体が少しよろめいただけで吹き飛ばされることはなく、そのままゆっくりと近づいていけます。
そんな僕の姿を見て驚いているのはペガサスの子供ですね。
何度も衝撃波を出していますが、僕を吹き飛ばすことはできません。
「ペガサスさん。どうか大人しくしてもらえませんか? 僕は危害を加えるつもりはありません。ただ、あなたの治療をしたいだけなのです」
「ぶるぅ……」
僕の言葉が通じたのか、それとも衝撃波を放つ体力もなくなったのか。
ペガサスの子供は大人しくなり、僕がそばに近づくことを許してくれました。
目立った外傷は……翼を突き抜けた矢傷だけのようですね。
ですが、少し血が多く流れています。
早めに治してあげないと。
「ペガサスさん、これは僕が作ったポーションです。飲むことはできますか?」
「……ぶるぅ!」
「よかった。少し花の蜜で甘めにしてありますのでこぼさないように飲んでください」
僕が持ってきたポーションは、たったひとつだけ作成に成功した自家製ポーションです。
ポーションを作るには魔力水と薬草のほかにもうひとつの素材を混ぜ合わせる必要があったのですが、このバランスが難しくなかなか成功できませんでした。
王都を出る前日になってひとつだけ完成したのは、天の采配でしょうか。
ポーションの効果で流れ出ていた血も止まりましたし、ひとまずは安全でしょう。
「ペガサスさん、念のためにこちらも飲んでおいてください。毒消し薬です。……少し苦いですが我慢してくださいね」
「……ぶるぅ」
『嫌だけど、仕方がない』という声が聞こえた気がしましたが、ペガサスの子供は毒消し薬も一気に飲み干しました。
これで万が一、矢に毒が塗られていたとしても大丈夫でしょう。
「ペガサスさん、念のため傷口に傷薬を塗っておきたいのですが大丈夫ですか?」
「ぶるぅ」
一鳴きすると、僕が傷薬を塗りやすいように翼を差し出してくれました。
水筒の水でハンカチを濡らし、血を拭き取ってから傷薬を丁寧に塗り込んでいきます。
なんとなくペガサスの子供はくすぐったそうにしていましたが、傷薬の効果で傷跡がみるみるうちに塞がっていきました。
さすがは錬金術で生み出した魔法のアイテムですね。
「ペガサスさん、あなたの親御さんはどこにいますか?」
「ぶるぅ、ぶるぅ」
ええと、『自分の怪我を治してくれる聖獣を呼ぶため、ここに自分を隠して別の場所に行った』ですか。
……あれ、これって僕たちが来たのはまずいのでは?
そう思っていると、木の陰から何本もの矢が僕たちめがけて飛んできました!
「ぶるぅ!」
ペガサスの子供が立ち上がりいままでで一番大きな声で一鳴きすると、先ほどと同じように衝撃波がほとばしり、飛んできた矢だけを撃ち落としました。
「ちっ! せっかくの獲物が回復してやがる!」
「親が離れたいまがチャンスだってのに……何者だ、あいつら!」
森の中から現れたのは、顔を隠した十数名の怪しい集団。
全員が見慣れない武装をしていますね。
「スヴェイン様、お下がりください。こやつらが聖獣様の密猟団のようです」
「……わかりました。無理はしないでください」
「はっ」
どうやら戦いは避けられないようです。
起き上がったペガサスの子供も戦う気のようですし、覚悟を決めるしかないですね。
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