29.穢れた泉とウンディーネ

『おはよう。よく眠れたようじゃのう』


「おはようございます、ワイズ。おかげでぐっすり眠れました」


 ワイズと契約した翌日、眠りから覚めると体がすごく楽になっています。


 これはなにか理由があるんでしょうね。


『昨日食べさせた果物の中に、魔力の質が上がる果物も混ぜておいた。それのおかげじゃろう』


「……それ、とんでもない代物ですよ?」


『どうせこの森でしか採れん。お土産にそれなりの数を用意させたので持っていくといい』


「用意させた?」


『まあ、儂の部下だったワイズマンたちじゃ。儂の恩人たちにお礼をということで、この森でしか採れない魔法植物を大量に持ってきおったわ』


「それって、持ち帰っても大丈夫なのでしょうか?」


『売りに出したりしなければ問題なかろう。儂の魔力で保存してある。あとでマジックバッグに詰め直すとよい』


 そのあとアリアも起きたので、話にあった果物を置いてある場所を見に行きましたが……小さな山になっていました。


 ワイズにはそのうち数個ずつを僕たちに食べるよう指示され、残りはしまいます。


 ……うん、果物を食べたあとから心も体も冴えている感じがしますね。


『ご主人たちは、それ以上魔法の果実を食べても成長しないだろう。ご家族にでも配るといい』


「ありがとう、ワイズ」


『礼には及ばん。さて、ウィングとユニからあとは帰るだけと聞いているが、少し寄り道をしてもらってもよいか?』


「かまいませんが、なにかあるのですか?」


『少し浄化してもらいたい泉がある。そこに向かうぞ』


 朝食の後始末も終えてウィングとユニで飛ぶこと3時間あまり、ワイズの言っていた泉に到着したようです。


 ですが、この泉は……。


「かなり濁っていますね……」


『ヒュドラのやつが一時期棲み着いていてな。ヒュドラ自体は追い出せたのだが、泉の浄化が追いついていないのじゃ』


「あの、浄化ということは聖魔法ですよね? 私もスヴェイン様も聖魔法は苦手なのですが……」


『その練習も込めて浄化を依頼している。実際に使うに勝る修行はなかろう』


「それもそうですが……大丈夫でしょうか?」


『泉からの悪影響は僕たちが遮断するよ』


『スヴェインとアリアは浄化だけに集中してちょうだい』


「わかりました。お願いしますね、2匹とも」


「キュキュ」


「プレーリーも手伝ってくれるのですか?」


『それはいい。カーバンクルの助けもあれば少しは早く終わるじゃろう。さあ、始めるのじゃ』


「はい。始めましょう、アリア」


「はい!」


 僕たちは聖属性で一番基本となる、浄化魔法を泉に放ちます。


 カーバンクルや指輪による増幅効果もあり、一瞬だけ湖がきれいになりますが、すぐにまた濁ってしまいました。


 そう簡単にはいかないようです。


「これはかなりタフなようですね……!」


「はい、頑張りましょう、スヴェイン様!」


『ほっほっほ。頑張れ、ふたりとも』


 浄化魔法を何度も使い、途中魔力切れで倒れそうになったら休みを取るを何度も繰り返します。


 結局、一日ではきれいにならず、2日目、3日目と作業が続きました。


 段々きれいになっているのですが、完全にきれいになるにはあと一歩足りない感じです。


 ……これはひょっとして、なにか原因がある?


 4日目の朝、それをワイズに告げると楽しそうに返答をしてくれました。


『確かに。おそらくはヒュドラの鱗かなにかが湖に取り残されているのじゃろう。それも含めて一気に浄化できなければ、この泉は復活しないのう』


「わかっていたんですね、ワイズ」


『答えをいきなり教えても面白くなかろう?』


「あの、どうすればいいでしょうか?」


『浄化魔法を薄くのばすように膜を展開し、違和感がある場所を見つけるのじゃ。そこにヒュドラの残留物が残っているはずなので、それを聖魔法で撃ち抜けばよい』


「わかりました。スヴェイン様、私が膜を展開しますので残留物の破壊はお願いいたします」


「はい。アリア、無理はしないでくださいね」


「もちろんです! 頑張ります!」


 アリアは水面に軽く触れると、聖属性の浄化魔法で泉全体を包んでいきます。


 ゆっくり、じわじわと範囲が広がっていっているため、全体を包み込むには30分近くかかりました。


 ですが、その甲斐あって泉の底で黒く光っているものがいくつか見えます。


 あれがヒュドラの残留物でしょう。


「あとは僕の出番ですね。行きますよ!」


 黒い光に向かって聖属性の攻撃魔法をぶつけます。


 この4日間の修行でホーリージャベリンという、そこそこ高等な魔法を扱えるようになっていたのですよ。


 浄化の槍を受けた黒い光は、ひとつまたひとつと消えてなくなり、やがて泉全体から消えてなくなりました。


「……これで浄化完了ですか?」


『うむ、ふたりともご苦労様じゃわい』


「結構疲れました……」


『それでは、ご褒美でももらうとするかの。ウンディーネ、出てくるのじゃ』


 ワイズが泉の方に向かって呼びかけると、水の中から青く透き通った女性が姿を現しました。


 その手には輝く二振りの長剣が抱えられています。


 なんでしょうか、あれは。


『お久しぶりです、ワイズマン。そして、人の子よ。私の泉を浄化してくれてありがとう』


「いえ、ワイズに頼まれただけですから」


『それでもお礼はしなければなりません。この剣を受け取ってください』


「……この剣は?」


『名もなき名剣です。使い方はワイズマンの方が詳しいでしょう』


「もらっていいのでしょうか、ワイズ?」


『労力を考えればもらって当然じゃ。ありがたく頂戴せい』


「では、その剣は受け取らせていただきます」


『ええ、どうぞ。ただ、これだけでは私の気持ちが収まりませんね。そちらの少女にはスプライトが契約しているようですが?』


「はい。スヴェイン様からいただいた指輪の中にすんでいたのです。それがなにか?」


『……ふむ、私とも契約してみませんか? 私は水の精霊です。人の生活にはいろいろと役立つ場面が多いと思いますよ』


「ええと、ワイズ様?」


『いいのではないか? 本人の希望じゃ、反発されることもあるまい』


「わかりました。お名前はなにがいいでしょう?」


『わかりやすく、ウォーターと』


「それでは、ウォーター。私と契約を」


 アリアが契約の言葉を口にすると、彼女とウンディーネの間で契約の光が放たれました。


 どうやら、無事契約できたみたいですね。


『よろしくお願いいたします、アリア。ご用がありましたらいつでもお呼びください』


「はい。こちらこそよろしくお願いいたします、ウォーター」


『どうやら契約は成立したようじゃの』


「ありがとうございます、ワイズ様。おかげで得がたい経験ができました」


『気にするでない。さて、そろそろ帰らねばいけないのではないのか?』


『そうだね。アンドレイたちはもう屋敷に着いているだろうし、あまり遅くなるのもいけないかな』


『まったく。ワイズのおかげでかなり遅れたわ』


『じゃが、そのおかげでふたりとも聖属性の魔法レベルが10を超えたはずじゃ。一気にこれほど鍛えられる経験もなかろうて』


 確認してみると僕の聖魔法はレベル12、アリアの聖魔法はレベル20でこれ以上成長しないところまで伸びていました。


 この4日間ですごい成長率ですね。


『ともかく、急いで帰るよ。スヴェインの魔力がかなり上がったからここから1日半で帰れるようになったし』


『そうね。いまからでれば明日の夕方にはお屋敷に着くわ』


『では急ぐとするかの。ウンディーネ、達者でな』


『はい、皆様もお元気で』


 そのあとは、再びウィングとユニに乗って空の旅です。


 ウィングが言っていたとおり、空を飛ぶスピードがかなり速くなっていますね。


 僕の魔力、そんなに上がっていたんですか……。


 ワイズと知り合えたのは、かなりの幸運かもしれません。

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