320.アリアという風
「今日も暇です……」
おふたりの買い物に振り回された翌日、やはり指導は拒まれたままで今日はアトリエの工事計画を決めるのみ。
昨日は元気だった『カーバンクル』のおふたりも、今日はスヴェイン様の秘伝を研究するらしくアトリエに閉じこもり……話し相手すらいません。
事務員の方々からすら熱意を感じる環境で私だけ置いてけぼりというのは嫌なので思い切ってスヴェイン様に相談してみたところ。
「僕の家に行ってみますか? 多分、今日はアリアも暇を持て余しているはずなので」
などと言われ、結局錬金術師ギルドからは出ていくことになりました。
教えてもらった住所通りの場所には確かにユニコーンが一匹寝そべっている家が一カ所、ここが目的地ですね。
早速、玄関の呼び鈴を鳴らすと出てきたのはメイド様。
それもシュミット講師陣にとっては恐怖の代名詞の御方です。
「ユキエ様でしたね。今日は一体なにを?」
「は、はい! 先日付で私は錬金術師ギルド本部付けに異動になったのですが……」
「あのギルド本部のことです。一日指導すればしばらくは指導を断られているのでしょう」
「あの、なぜ、それを?」
「私が自分の目で確かめました。彼らは合格。間違いなく本物です」
リリスさん基準で合格かつ本物だなんて……。
私の指導も一回受ければしばらくは受ける必要はないはずですよ。
「スヴェイン様のことです。あなたがあまりにも暇そうにしているのでアリア様のお話相手にでもなってほしいとお願いしたのでしょう。まったく、公私混同も甚だしい」
「いや、暇をしていてギルド本部にいても邪魔だったのは事実ですから……」
「……まあ、なにもせずに宿に戻すと言うのも外聞が悪いでしょう。どうぞ上がって行ってくださいな。アリア様は本当に暇をしておいでです」
「はい。……失礼ですが、アリア様は普段なにを?」
「週に一度だけは街中に出て食べ歩きを許可しています。それ以上許可すると、せっかくのお美しい体系が崩れてしまうので……」
「大変なんですね」
「大変です」
アリア様の意外な一面を知ってしまった。
これはどうすればいいのだろう。
「……あら、リリス。お客様ですか?」
「はい。スヴェイン様の城にきたはいいものの一日で指導する相手を失った講師のユキエさんです」
リリス様ー!
事実ですけど、いい方ー!?
「なるほど。スヴェイン様のお城にいる精鋭の相手は気難しいでしょう」
「え? ええ、まあ。意気込んで乗り込んだものの、初日に少しだけ指導してそれで十分だと」
「それで、ご自分のアトリエもまだ完成せず居場所がない、と」
「う……それは」
「わかります、その気持ち。私も似たようなものでしたから」
「アリア様も?」
「弟子たちふたりは最初の間、錬金術指導に専念させたせいか魔法指導に慣れさせるのが大変で……それじゃなくてもご厄介になっていたお屋敷では、自分の知識をまとめたり、ふたりの指導計画案をまとめたりするくらいしかしばらくやることがありませんでしたもの」
「それは……」
うーん、私と一緒だ。
やることがない、と言う一点でのみ。
「昔のコンソールでは料理もあまりおいしくありませんでしたし、やることなど本当に少なくて……気が滅入りそうでした」
「あの……そのときはなにを?」
「人目に付かない山奥にまで移動して精霊たちに頑強な的を用意していただき魔法訓練をしていました」
それってただのストレス発散ですから!
訓練の名目を借りたストレス発散です!
「最近はコンソールの料理もおいしくなったので食べ歩きも楽しくなったきたのですがリリスが……」
「失礼ながらアリア様? スヴェイン様にみっともない姿は見せられないでしょう? いざ初夜という場面で興ざめされるなど女の恥などというレベルの失態ではありませんよ?」
「わ、わかっています。ただ、最近はスヴェイン様もなかなか一緒にお風呂に入ってくれないですし……」
「子供の間はともかく、まもなく成人なのです。立場をお考えくださいませ」
「う……このメイド、ああ言えばこう言う」
「アリア様はスヴェイン様との間で大きな野望を抱いておられますよね? その実現のためにはお子様を育てる時間すら惜しいはず。私とて本音を言えばスヴェイン様とアリア様のお子様を早くこの手で抱いて差し上げたいのです」
「わかっています。ああ、なぜこのような野望を抱いてしまったのか。そうでなければ今頃はスヴェイン様と幸せな家族生活を……」
「野望と女の幸せ、どちらを取るかです」
「ひとまずは野望です。女の幸せは……五年十年遅れても差し障りはないでしょう。二十年遅れては問題ですが」
「そうなりそうなときはアムリタで不老になられては?」
「考慮いたします。はあ、子供にまで影響が出なければいいのですが……」
なんだかすごい会話をしてる!
不老不死の神薬『アムリタ』がまるでそこらに生えている薬草みたいな扱いに!?
「あら、そういえば今日はお客様もおりましたわね」
「ちょうどいいです。アリア様、意見を伺っては?」
「そうですね。ユキエ様、あなたでしたら講師の職と女の幸せ、どちらを選びますか?」
「……すみません。私はこの歳になるまで研究一筋だったので殿方とは一切無縁で」
「ですわよね。人間種でその若さにして講師職。すべてを注ぎ込まなければなしえませんもの」
「お役に立てず、申し訳ありません……」
「いえ、お気になさらずに……ああでも、このような話をしているとスヴェイン様の子供がほしくなってしまいます」
「アリア様、ご自制を」
「わかっています。わかっているからこそ、お風呂や添い寝で我慢しているんです。それくらいは大目に見てください。
「……ミライ様もうらやましそうな目で見ているのですよ?」
「……じゃあ、添い寝だけはミライ様も許可します。お風呂は譲りません」
「ミライ様だと、スヴェイン様も殿方としての反応をなさるから、ですか」
「はい。私相手では滅多にそのような反応は示さないのに……」
生々しい!
初心な私じゃついていけないよ!?
「アリア様。ユキエ様には野望の存在を知らせてしまいましたし、こちら側へ引き込んでは?」
「……錬金術分野の最終決定権はスヴェイン様ですよ、リリス。それにシュミットの流れを多く引き込むのはあまり好ましくありません」
「そうでございました。差し出がましい真似を」
「野望? シュミットの流れは好ましくない?」
「やはり、シュミット出身者。そこには食いつきますわよね」
「サンディ様がいい例かと。この街にはない独自の『魔法研磨』を根付かせようとしているのです。彼女は例外でしょう」
「宝飾講師も教えてはいますが、サンディ様が専門ですものね。仕方がありません。それに彼女の技術も少しずつコンソールの色に染まりつつあります」
「あの、それで、その野望とは?」
「ああ、そうでした。あなた、シュミットの流れを変える覚悟はおありでしょうか?」
シュミットの流れを変える覚悟?
それと何のつながりが……?
「私とスヴェイン様は学園都市を建設する構想を立てています。そしてその夢を叶えるまであと一歩の段階まで迫りました」
「学園都市構想!?」
「はい。学園都市ですゆくゆくは国内外から優秀な指導者を集め、様々な技術を教え高める場にしたいと考えております」
「あ、あの。それってシュミットでしたら簡単に……」
「実現できます。スヴェイン様と私がシュミットに残れば簡単に実現したでしょう。ですが、すべてシュミット一色というのは面白くないですし発展性がない」
「あ……」
「だからこそ、シュミットから離れたこの地を選びました。幸い、この地域一帯はすでにスヴェイン様の直轄地。資金も十分過ぎるほどに貯まっています。それにお金など、数日秘境や魔境に挑めば貯まりますからね」
どうしよう、途方もない話を聞いてしまった。
これじゃあ、もう止まらない。
「あの! 私も錬金術の講師に……」
「ですからシュミットの講師はあまり好ましくありません。どうしても名乗りを上げたいのでしたら、まずシュミットを捨てなさい。その上でコンソールに独自の技術体系を組むのです。話を聞くのはそれからです」
シュミットを捨てる……独自の技術体系を組む。
どちらも難しいけど、やってやる!
「お話ありがとうございました! これで失礼いたします!」
まずはこの街の……錬金術はスヴェイン様のものだからダメか。
もっとこの街を調べて文化や風習を知り、この街に最適化した錬金術を考えないと!
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「私でもスヴェイン様のお役に立てたでしょうか?」
「十分かと」
「……できれば殿方を誘惑するあれこれも教えていただきたかったのですが」
「私でもお教え出来ますよ?」
「リリスに頼むのは恥ずかしいです……」
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