321.エレオノーラという風

「皆ー! 今日も元気かなー!」


「「「はーい!」」」


 アリア様から話を聞いて五日目。


 明日には私のアトリエができるというタイミングでスヴェイン様からまた声をかけられた。


『エレオノーラさんがこの街の子供たちに錬金術を教えています。きっと参考になりますよ』


 なんでも、このエレオノーラという錬金術師はセティ様が引き抜いた研究職のひとり……だったのだがいつの間にか街の子供たちに錬金術を教える講師になってしまっていたらしい。


 今ではセティ様からも『ポーション作り子供たちの指導を優先しなさい』と指示されているのだとか。


 本当にこの街のギルド本部はどうなっているのかしら。


「今日は特別ゲストとしてシュミットの錬金術講師、ユキエさんにも来ていただきました! 皆、拍手ー!」


「「「わーい!」」」


 パチパチパチ!


「あ、シュミットから来ている錬金術講師ユキエです。今日はよろしくお願いします」


「ユキエさん、硬いよー。まあ、子供たちに接していればそのうち慣れるかな?」


 どうしよう?


 私、子供に錬金術なんて教えたことがない。


 それなのに私よりも一回り以上年下のエレオノーラさんは落ち着いて子供たちの注目を集め続けている、どうしたら……?


「さて、今日も初参加の子がいると思うけど手を上げてね!」


「「「はーい」」」」


「段々少なくなってきてるかー。でも初めてじゃない子たちも魔力水の復習からだからね! 忘れちゃダメだよ!」


「「「はーい!」」」


「よしよし! それじゃあ、初参加の子たちは私のところに集まってね! 魔力水の作り方を見せてあげる!」


「「「やったー」」」


「他の子たちは自由に魔力水を作っていていいよ! ただし飲んじゃダメだからね! お腹を痛くしちゃうよ!」


「「「はーい!」」」


 ええと、私どうすれば?


 全然、どうすればいいのかわからないんだけど?


「ユキエさん、あの子と……それから、あの子。調子を見てあげていてもらえますか? あの子たち『裁縫士』と『建築士』なので」


「え、エレオノーラさん。子供たちの顔を覚えているんですか?」


「うーん、すべてじゃないですけど、躓く子は全員……かな? 申し訳ありませんがよろしくお願いします」


 え、これってものすごいことでは?


 ともかく、仕事を割り振られたししっかりしないと……。


「うーん、やっぱり簡単にはいかないなあ……」


 エレオノーラさんが指摘した『裁縫士』の子供が早速悩み始めた。


 こんなときどうすればいいの!?


「あ、シュミットのお姉ちゃん。魔力水、作ってみせてよ。なにかわかるかも」


「え、ええ。そのくらいでよければ」


 水は……蒸留水だ。


 この人数の蒸留水を用意するなんて、エレオノーラさんは一体?


「じゃあ、始めるねッ!?」


「うわぁ、早い早い!!」


 なんなのこの錬金台!?


 異常に魔力の回り方がスムーズだし、ほとんど消費もしない!


 よく見れば、安全装置の配備もかなり厳重だし……一体どれだけの準備を?


「魔力水ってこんなに早く作れたんだ! ウサギのお姉ちゃんはゆっくりしかやってくれないから知らなかった!」


「あ、ええと。でも、わかりにくかったでしょう? もう一度やってみせるね?」


「うん、お願い!」


 今度はなんとかゆっくりできた。


 そのあとはこの子も三回ほどで魔力水ができて……そのあとも失敗し始めたけどそれも楽しそうにしている。


 って、もうひとりの子供!!


「うんうん、前に来たときよりも上達しているよ!」


「本当? ありがとう、ウサギのお姉ちゃん!」


「うん、これからもがんばってね!」


 いつの間にか初めての子供たちへの指導を終えたエレオノーラさんが、もうひとりの方の様子を見ていた。


 なに、この手際の良さは?


 そんなことを考えていたら私のローブが軽く引っ張られた。


「ねえねえ。シュミットの先生ってことはやっぱりすごいんでしょう?」


「え、ええ。それなりには」


「じゃあ、俺の代わりに魔力水を作ってみせてよ! エレオノーラお姉ちゃんからは、今日は大変だろうから見学するか最後までがんばるか好きな方を選んでいいって」


 今日は大変?


 なにを言ってるのかしら?


 ほかの子供たちはのびのびやっているのに。


「俺『斧術士』なんだ。だから魔力も少ないし、大変だろうから無理はしないようにって言われたんだ」


「え、『斧術士』?」


「うん。『魔法使い』の子はなんとかできそうって言われてたけど、『斧術士』は特に魔力が少ないから無理しちゃすぐに気持ち悪くなるからって」


 え、え?


 なんで『錬金術』の講習会に『斧術士』や『魔法使い』が?


「わ、わかったわ。お姉ちゃんの錬金術でいいなら見せてあげる」


「やった! 錬金術の講習は職業関係なしに申し込めるけど、戦士系は特に参加できないって言われてるんだ! 帰ったら皆に話してあげなくちゃ!」


「ええと、話すのはいいけど……」


「自慢してケンカしちゃダメなんでしょ? さっきエレオノーラお姉ちゃんからも教えてもらったよ」


「わかってるならいいの。あなたの席は?」


「こっち! さあ、早く!」


 結局、この日この子のお世話で終わった。


 そして、『拳術士』と『槍使い』というふたりの子供たちに実演し続けるだけで終わってしまう。


 私が悪戦苦闘している間もエレオノーラさんは子供たちの間を駆け回って指導して歩いているし、なんなのこの差は?


「お疲れ様でした、ユキエさん。申し訳ありません、特に大変な戦士系の子供たちをお世話いただいて」


「い、いえ。普段はこれをひとりで?」


 私は後片付けを手伝いながら少し探りを入れてみます。


 とてもじゃありませんが、私では対応できません……。


「はい。事務方で調整してくれてるらしいため、なんとかひとりで回せています」


「あの大量の蒸留水も?」


「はい。前は濾過水をなんとかかんとか作っていたんですが、それでは大変すぎるだろうとギルドマスターがこれを」


 エレオノーラさんが広げてくれたのは簡易錬金布。


 特定の錬金術にしか使えない代わり、台を使わなくてもできるという代物です。


 それにしても、その布……。


「エレオノーラさん、その布の素材はわかりますか?」


「ええと……相当高位な魔物素材程度にしかわかりません。ギルドマスターも『エレオノーラさんと子供たちの頑張りに比べれば安いものです』としか答えてくれませんし」


 当然です。


 それ、ドラゴンの翼膜を魔法処理して防汚処理や防水処理などを施したものですから。


 その一枚だけで一財産ですよ……。


「そうだ、このあととお茶をするんです。ユキエさんも一緒にいかがですか?」



「シャルさん? ですか?」


「あ、しまった。シュミットの方の前では……でも、私がシャルさんって呼んでないことがばれるとへそを曲げられてしまわれるし……」


「シャルロット公太女様があなたに〝シャル〟呼びを許可したんですか?」


「はい。あとお友達になることもお断りできず……まずかったでしょうか?」


「い、いえ。シャルロット公太女様が決めたことに口を挟む権利、私などには」


 シャルロット公太女様が〝シャル〟呼びを許しているのは、ご家族と子供たち、緊急事態で呼称を短くする場合を除けばわずか十数名。


 今回シュミットから来ている中にもふたりほどいますが、そのどちらもたゆまぬ研鑽と努力の果てに今の地位をつかみ取ったもの。


 遠く離れた異国の地でまさか〝シャル〟呼びを許された相手、それも同年代の相手がいるだなんて。


「ええと、そのようなお茶会、私などが顔を出すわけには……」


「私からもシャルさんにお願いしてみます。いかがでしょう?」


「……では大使館に付き添うところまでだけ。大使館への入館を許されるかもわかりませんし、入館を許されてもシャルロット公太女様相手ではあなたに不快な思いをさせてしまいかねません」


「私はそのようなこと気にしませんが……」


 私が気にするんです!


 あと、絶対に大使館職員とかシャルロット公太女様が!!

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