322.シャルロットという風
その後、片付けが終わり、大使館に顔を出した私を待っていたのは門衛の冷たい目線だった。
「ユキエ。貴様、あの体たらくを見せてすぐここに顔を見せるなど、よほどの覚悟があるのだろうな?」
「……申し訳ありません。返す言葉もない」
「あの、ユキエさんは私が誘ったんです。ダメでしょうか?」
「エレオノーラ様が? シャルロット様に確認を取って参りますのでしばしお待ちを」
数分後、門衛は帰ってきてやはり硬い言葉で私に告げてきた。
「シャルロット様から面会許可が出た。エレオノーラ様には不快な思いをさせるかもしれませんが、まずはこの不心得者に対するお叱りから始まります。何卒ご容赦を」
「はあ。私は構いません」
「……申し訳ありません、エレオノーラさん」
私の不始末は大使館内でも皆に広まっているのだろう。
エレオノーラさんには気がつかれないよう細心の注意を払いながらも、私に向けられる目線は非常に冷ややかだった。
そして、たどり着いた先、シャルロット公太女様の態度は氷点下などという生やさしいものではなく、噂に聞く水属性最上位魔法のひとつ『コキュートスパレス』にも匹敵するものでしょう。
「エレオノーラさん。あなたには不快な思いをさせますが、私は公太女としてその恥さらしに厳罰を下さねばなりません。ユキエ、あなたも覚悟の上でここに来ていますよね?」
「もちろんでございます、シャルロット公太女様」
「お兄様が本当に、本当にやむを得ず募集した錬金術講師の募集。あなたは自ら名乗りを上げましたね? わざわざお父様が割って入らねばならないレベルの殴り合いまでして」
「はい。その通りです」
「そして、最終的にくじ引きになったそうですが……あなた、シュミットからきた錬金術講師の中での順位は?」
「第五位、本国で待機している錬金術講師を含めても第十四位でございます」
「本来ならば熱意を失った時点で本国へ強制送還。それは重々承知していますね?」
「おっしゃるとおりです」
「それを第一位錬金術講師ウエルナからの嘆願でお兄様の本部付きに変えて差し上げた。そして、熱量を取り戻した。まあ、それはよかったでしょう。ですが、ウエルナたち講師陣が許してもシュミット公国としてとても許せることではありません」
「……本当に申し訳なく存じます」
「まあ、針のむしろに自分から飛び込んだ勇気だけは認めましょう。しかし、このような不始末が連鎖すればシュミット全体の威信が傷つきました。お兄様なら『仕方がない』ですませるでしょうが、私はそうも参りません。覚悟はおありでしょうね?」
「はい。なんなりと処分を」
「よろしい。それでは今後一年以内にお兄様の錬金術師ギルド本部にて成果を上げなさい。あなた自身の成果ではなく、あなたの手によってギルドの評価を高めるのです。それができなければ、お兄様がなんと言おうとも強制送還です」
「寛大なご処置、まことに感謝いたします」
「ふう。今日はこれくらいにして差し上げます。エレオノーラさんをあまり待たせても怖がらせてもいけません。正式な処分は今後大使館から通達を出します。それまではお兄様のお役に立ちなさい」
「はい」
うう、この程度で済んだ。
本来なら、この場で気絶させられて強制送還の目にあってもおかしくないのに。
「さて、エレオノーラさん。怖がらせてしまった?」
「ああ、いえ。シャルさんって公太女様なんだなって。人の上に立つって大変なんだなと感じました」
「これ、本当はお兄様の役目でした。お兄様はお兄様で城を構えていますし大変でしょうが、私も大変なんです」
「私にはまだわかりません。私にできることは子供たちに錬金術を教えるくらいです」
「……それが難しいってこと、わかってないですよね?」
「難しいのはわかってますけど、それ以上に楽しいですし少しでも夢を見せてあげられるならがんばれます」
「……うう、このまま本国へ連れ去りたい。でも、そんな事をしたらお兄様に軽蔑されるし、エレオノーラさんの輝きまで奪ってしまう」
「シャルさん、まだ諦めてないんですね……」
「当然です! 本国でもマスターしたと呼べるのは指で数えるくらいしかいない〝スヴェイン流〟の使い手、しかも職業系統変更技術までマスターしつつあるなんて本国でも片手の指で足りるんです!? 技術者としても喉から手が出るほどほしい人材ですし、お友達としてもこれ以上ないくらい嬉しい頑張り屋さんです!!」
え、今なんて?
「あの、お話中すみません。今、〝スヴェイン流〟と〝職業系統変更技術〟とおっしゃいませんでしたでしょうか?」
「言いました。エレオノーラさんはリリスさんから直接指導を受けた〝スヴェイン流〟の講師。更に、錬金術系統以外の子供たちにも錬金術を楽しく遊んでほしいという願いを聞きとどけたので〝職業系統変更技術〟すべてが載っている秘伝書を渡しました。そうしたら別系統生産職だけではなく、魔術士系統の子供たちにまで魔力水を教えられるなど……本当にお兄様がうらやましい」
「ええと、やっぱり講習に来てくれる子供たちには少しでも楽しい時間を過ごしてもらいたいですし、魔力が足りているならできるかなと考えて試したら時間ぎりぎりでなんとかできるようになったのですが……まずかったでしょうか?」
「時間ぎりぎりと言ってもたった二時間でしょう!? 一番作りやすい蒸留水の使用とお兄様の開発した専用の錬金台が揃っているとはいえ、二時間で魔力水ができているなんて本国の講師が知ったら本気で泣きますよ!?」
「ええと、すみません?」
「謝らないでください。すべてはウサギのお姉ちゃんの頑張りが実を結んだ結果。あなたはそれを誇ればいいのです」
「いや、でも……まだ物理系戦闘職には教えてあげられないし……」
「それができたら、本当に、本当に本国の〝スヴェイン流〟講師があなたの元に押しかけますよ? 技術を盗み……いえ教えを請いに」
「盗みに来るんじゃないんですね。シュミットって技術は初歩以外は盗むものだと考えていました」
「あなたの技は盗める次元じゃないと言うことです。お兄様もそうですが無自覚というのが本当に恐ろしい」
「そうですか? あ、そういえば。前にギルドマスターが言っていた聖獣様ですが私の元にやってきてくれたんです! 呼んでもいいですか?」
「呼ばなくてもこの話題をふった時点でそばまで来ていますよ。どうぞお呼びください」
「おいで、ぴぃちゃん」
「ぴぃ!」
「まあ」
「なっ!」
かわいらしい外見をしていますが、あれは間違いなく聖獣フレアスパロウ様!?
見た目に反するそれなりの高位聖獣様ですよ!?
「可愛いですよね。ピンク色の羽とか特に」
「まあ、かわいらしいですね。ちなみにあなたに目をつけている聖獣はほかにもいるはずですよ?」
「そうなんですか?」
「あなたの魔力回復待ちです。その子は聖獣同士にしかわからない力比べに勝って最初の契約権利を得ただけのはずです」
「そうなんだ……私、そんなにたくさんの聖獣様と契約できるのかなあ」
「心配しなくても聖獣側でどうとでもして契約を望むはずです。あなたは受け入れるかお断りするかを決めるだけでいいですよ」
「うーん、せっかくなのであまりお断りはしたくありません。私を慕って集まってくれるみたいですし、それなりの大きさの聖獣様なら子供たちの面倒を見てもらえるかもしれませんから」
「……今の一言で序列がかなり変わったみたいです」
「へ?」
「あなたはあなたのままでいれば大丈夫ですよ。ともかく、お茶にしましょう。ユキエ、あなたも座りなさい」
「よろしいのですか?」
「ひとりだけ立たせておいてはお茶を楽しめません。……それで、今日はどんなことをして子供たちと遊んだんでしょう?」
「はい! ええとですね……」
そこから先、ふたりは年相応の少女として話を始めました。
私の話題が出たときのシャルロット公太女様の瞳は鋭かったですが……。
甘んじて受け入れるしかありません。
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