22.ディーンの『交霊の儀式』

「アリア、もう朝ですよ。起きてください」


「……はい、スヴェイン様。おはようございます」


「おはようございます、アリア」


 今日もまた、新しい1日が始まります。


 王都に来てからというもの、アリアと僕は同じベッドで寝る日々が続いていました。


 辺境伯領では最初の方こそ同じベッドでなければ毎日うなされていたのですが、最近は落ち着いていたのです。


 でも、やはり王都では恐怖がよみがえるらしく、僕のあとを一緒に歩くようになってしまいました。


 使用人たちに怯えることがないだけでも成長しているのですが。


「おはようございます、お父様。お母様。ディーン」


「おはようございます」


「うむ、おはよう」


「アリアちゃん、きちんと眠れている?」


「はい。スヴェイン様が一緒なら大丈夫なようです」


「ならば結構。さあ、席に着きなさい」


「はい」


 全員が席に着いたあと朝食が運ばれてきて、食事となります。


 食事が終われば今日の予定を確認ですね。


「知っていると思うが今日は『交霊の儀式』の日だ。ディーンの職業を占う大切な一日、ケチはつけたくないものだな」


「そうですわね。……アリア、なにか不安でも?」


「……いえ、シェヴァリエ子爵家の次女様が今年『交霊の儀式』だったはずだと思いまして……」


「そうか。だとしてもやつの家は【神霊神殿】から出入り禁止を言い渡されているはずだ。行ったところで門前払い。田舎の神殿か、さもなくば王都の別の神殿で儀式を受けるしかないな」


「ですが……いえ、アリアはもうシェヴァリエ子爵家とは関係ありませんものね」


「はい。ご心配をおかけいたしました」


「ふむ。私と妻はディーンの儀式を見学に行くがふたりはどうする? 屋敷で過ごしていて構わないぞ?」


「いえ、私もディーンの儀式を見届けたいと思います」


「……よいのか、アリア。お前にとってはつらい経験があった場所でもあるのだぞ」


「構いません。いまはこんなに暖かい家族がいてくださるのですから」


「わかりました。でも、あなたとスヴェインは聖獣様たちに乗って行きなさい。万が一に備えてね」


「お心遣いありがとうございます」


「スヴェインも、危なくなったらきちんと守ってあげるのですよ」


「もちろんです」


「わかっていればよろしい。では、身支度を整えて向かうとするぞ」


 各自自室へ戻り身支度を調えることになります。


 アリアが着てきたのは乗馬用にあつらえた専用のドレスです。


 ドレスというよりは乗馬服に近いのですが、腰の横から後ろにかけてスカートがあることが特徴です。


 開発したのはお母様で、いわく『足の前にスカートなんてあったら乗馬の邪魔でしょう?』だそうですよ。


「似合いますか、スヴェイン様?」


「よく似合っていますよ、アリア。今度その服装でどこかに出かけましょうか」


「はい! 是非に!」


「本当に仲がいいね、兄上たちは」


「ディーン、あなたも決まっていますよ」


「ありがとう。兄上は控えめなんだな?」


「僕はおまけですからね。……ペガサスに乗っていかなければいけない時点で目立つのですが」


「あはは! それは諦めろ、兄上! 兄上とアリア様がウィング様とユニ様に乗って歩くだけで我が家の威信が高まるんだからな」


「そういうものなんでしょうか?」


「聖獣様たちを従えるってそういうことなんだぜ? 下手に聖獣を怒らせれば国が滅ぶという伝説もあるんだからな」


「それは僕も聞いたことがあります。ウィングとユニは温厚ですよ?」


「兄上が命じないからだよ。あの2匹だって片方でも父上より強いって言ってたぞ、父上が」


「そんなにですか……」


「そうそう。だから、聖獣様たちをけしかけるときは状況を考えてな」


「わかりました。忠告をしてくれてありがとう、ディーン」


「おう!」


 やがてお父様たちも合流して【神霊神殿】へと向かいます。


 神殿までの道程は割合空いていました。


 今日は各地から集まってきた貴族が【神霊神殿】で『交霊の儀式』を受ける日です。


 なので、庶民は基本立ち入らないのでしょう。


 そう思っていましたが、神殿前まで行くと騒がしくなっていましたね。


 一体なんでしょうか?


 騎士のひとりが状況を確認に向かいます。


「一体なんの騒ぎだ?」


「は……その……」


「ずいぶん歯切れが悪いな」


「アリア様がいらっしゃいますと……」


「シェヴァリエ子爵家の関係ですか……私は大丈夫ですのでアンドレイ様に報告をお願いいたします」


「では……シェヴァリエ子爵が自分の娘の『交霊の儀式』を【神霊神殿】で受けさせろと騒ぎ立てています。それにより、ほかの貴族たちも神殿には入れずに迷惑しているようです」


「あのものは本当に懲りないな」


「ですわね。あなた、どうしますか?」


「このままでは儀式が始められまい。我らが出て行く」


「公爵家の馬車もお見えになってますわよ?」


「それこそ公爵家が出て行けば子爵家などお取り潰しだ。……私が出て行ったところで降爵は免れないだろうが」


 全員気を取り直して馬車を進め、神殿の前までたどり着きます。


 そこまで来ると、神殿騎士と揉めていたシェヴァリエ子爵もこちらに気がついたようですね。


「おお、シュミット辺境伯、お主からもこの者たちに言ってくだされ! 名誉ある我がシェヴァリエ子爵家を神殿に入れないなどと……」


「勘違いしていないか、ダンカン。私はお前の家に絶縁状を叩きつけた。ここに来たのは神殿への入場を邪魔している不届き者を排除するためだ」


「なにを言いますか、シュミット辺境伯! 私は当然の権利として娘に『交霊の儀式』を受けさせようと……」


「おめでたい頭だな、ダンカン。お前の一族は【神霊神殿】に永年立ち入り禁止となったはずだ。そのとき、『交霊の儀式』も『星霊の儀式』も別の場所で受けるようにと、国王直々に命じられていたではないか」


「あのような命令、ただの政治的なアピールでしょうに!」


「政治的アピールが謁見の間で行われると思うているのか? 神殿騎士たちよ、聞いての通りだ。即刻この者たちを追い払ってよい。責任はシュミット辺境伯家が負う」


「はっ!」


「シュミット辺境伯! また裏切るつもりですか!?」


「裏切るのはどちらだ、ダンカン。まったく、お前みたいな者が、あの立派な方の血を継いでいるとは……」


「アリア! なんであなたがそこにいるの!」


「リーズ様?」


「アリア、は?」


「今年『交霊の儀式』を受ける予定になっていたはずの娘です。……もう私には関係のない方ですが」


『そうね。いまのあなたはスヴェインたちが家族よ』


『そうそう。僕たちも家族に含めてほしいけどね』


「ありがとうございます、ウィング様、ユニ様」


「アリア! 聞いているの、そのきれいな馬をよこしなさい!」


『ねえ、あれはなにを言っているのかしら?』


『人の子供は無知だと聞いているけど……あれはひどすぎるな』


「お引き取りください、リーズ様。いえ、リーズ。ユニ様は私のものではなくスヴェイン様のご家族ですわ」


『だから、あなたの家族でもあるわよ』


「私の話を聞きなさい! この……ファイアボルト!」


 ファイアボルト、火属性レベル3の魔法ですね。


 ですが、発動速度も密度もまったく足りていません。


 はっきり言って、僕やアリアのそれに比べればハリボテ以外のなにものでもないです。


 僕がその魔法を別の魔法でたたき落とそうと手を伸ばしたとき、ウィングに制されました。


 小声で『面白くなるから見ていろ』とも。


 リーズと言う名の少女が放ったファイアボルト……のようなものはユニの結界にあたり炸裂。


 多少の爆炎をまき散らします。


 それを見て青くなっているのは……シェヴァリエ子爵ですね。


「……シェヴァリエ子爵家の人間が聖獣様に手を出したぞ?」


「正気か、あの娘……あの家にはまともな人間はいないのか?」


「そんなことより、聖獣様の怒りを買わないうちにこの愚か者どもを……」


『あら、そんなに怒っていないわよ。私は?』


 ユニは当然のごとく無傷で結界の中から姿を現します。


 ただ、その目はとっても怒っていますよ?


『私を攻撃したことは怒っていないけれど、アリアを攻撃しようとしたことは怒っているわ。だから、この程度で許してあげる』


 ユニが魔力を放つと、その額にある角から雷光がほとばしり、リーズという娘を打ち据えます。


 って、ユニ!?


『大丈夫よ、そっちは気絶する程度の力しか込めていないから』


「そっちは?」


『本命は屋根だもの』


「屋根? ……あ」


 気がつくとシェヴァリエ子爵家の馬車は屋根と扉が焼け落ちていました。


 全体が炎上していないのはユニの仕業ですね。


「皆のもの! 抜剣せよ! シェヴァリエ子爵家は我が家のものたちに攻撃魔法を放った逆賊ぞ!」


「神殿騎士団、構えよ! 街中で攻撃魔法を堂々と使うなど許しがたい行為である!」


 シュミット辺境伯家と神殿騎士団、その双方が抜剣したことによりこのままでは命の危険を感じたのか、シェヴァリエ子爵家は逃げ出していきました。


 半壊した馬車での逃亡はきついでしょうね……。


 その後、『交霊の儀式』は予定よりも遅れてのスタートとなりましたが、無事に全員分終えることができました。


 ディーンも無事に目標であった、剣士系上級職の『剣術師』に就くことができたので万々歳です。


 ただ、お父様は帰り道の廊下で別の貴族の方と話されており、その貴族様が連れている子供がひどく沈んだ表情をしていることが気になりました。


 アリアのような目にあわなければいい、と思ってしまうのは酷い親がいることを知ってしまった影響でしょうか。

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