149.王宮へ

 シュミット辺境伯領襲撃軍撃退から一カ月近くが過ぎ、ようやくカイザーが持ち運べて遠くからでも視認できるサイズのシュミット辺境伯領旗ができました。


 その間に僕の専属メイドだったリリスや家宰のデビスたちとも親交を深めましたし、なにより国境警備から戻ってきたディーンとオルドとも再会を果たせました。


「しっかし、兄上が戻ってきたかと思えばシュミットの聖獣は増えてるし、驚くことばかりだぜ。なあ、オルド」


「スヴェイン殿に失礼であろう。……いや、私も聖獣、それもエンシェントドラゴンが増えているのには驚きましたが」


「仕方がありません。僕たちも普段は連れ歩くことのない聖獣ですから」


「普段は、ねぇ。どういったときに連れ出すんだ?」


「人里離れた秘境へと探索に向かう場合でしょうか。こう言ってしまってはウィングたちに失礼ですが、僕たちの拠点でもっとも速く飛べるのはカイザーです。ウィングだと数日かかる距離でもカイザーなら数時間ですからね」


「……まず、そのような秘境に出向く理由をお聞かせいただけますか?」


「たいした理由ではありませんよ。そういった秘境にしか生息していない魔物素材、昆虫、希少生物の素材などを採取に行くだけです」


「兄上、そんなものをなにに使うんだ?」


「霊薬や神薬の材料になるんですよ。ある程度ストックしておかねば必要となったときに困りますから」


「……霊薬や神薬が必要」


「兄上、この三年間で常識ってもんをどっかに置いてきたな」


「そうですか? 僕でもそういった薬のうち難易度が高いものは成功率一割未満ですし、まだまだ精進せねばなりません」


「いや、それが常識外れだと……」


「諦めようぜ、オルド。完全に浮世離れしちまってる」


「うん? そうですか? 師匠なら設備さえ手に入れればこれ以上のことができると考えているのですが」


「セティ殿も浮世離れしているからな……」


「まったく、あの師匠にしてこの弟子あり、だぜ」


「うん?」


 そんなに変わったことを言っていますかね?


 錬金術を極めていこうとすれば、誰でも立ちはだかる壁なのですが。


 ともかく、このようなこともありましたが、領旗は完成しました。


 そうなると、誰が王都、正式には王宮へ乗り込むかが重要になってきます。


「王都行きだが、カイザー殿を従える以上スヴェインは外せない。構わないな、スヴェイン」


「はい、もちろんです」


「それから、私ももちろん出向こう。あとは……」


「僕も参りましょう。さすがにギゥナ王には一言二言申すことがあります」


「ではセティ殿も。あと誰かいるか?」


「スヴェイン様が行くのでしたら私も行きます」


「アリアか……前回のような戦場に行くわけではないが、場合によっては戦闘になるぞ?」


「非殺傷系の魔法も多数覚えております。それでよろしいですか?」


「うむ。むしろ、あちらに戦死者を出さない方がありがたい。スヴェインも可能か?」


「いくらでも。僕は聖属性が得意ですからね。白い炎であぶってあげれば魔力枯渇で勝手に気絶するでしょう」


「そ、そうか。心強い。ほかに行くものは?」


「俺とオルドは残って残党が攻めてこないか確認だな」


「申し訳ありません、シュミット辺境伯。私たちは残らせていただきます」


「わかった、そうしてくれ。あとは、シャルだが……」


「お邪魔でなければついていきます。私も聖属性魔法で行動不能に追い込む程度はできますので、邪魔にはなりません」


「そうか。では私とセティ殿、スヴェイン、アリア、シャル。この五名で出発するとする。出発は明朝でよいな?」


「はい。構いません」


「……明朝、ですか」


「スヴェイン、不満でも?」


「いえ、カイザーの速さでは。そのような朝早い時間にお邪魔しても大丈夫なものかと」


「そこまで速いのか?」


「はい。一カ月ほど前にグッドリッジ王国を横断するのに数時間と言いましたが、あれはです。ただ、横断するだけなら一時間かからないかと」


「む、むぅ。確かにそんな朝早くに押しかけては警戒されるか」


「では、朝食を食べたあとしばらく待って出発いたしましょう。ある程度日が昇っていればこちらを発見することも容易いでしょうし」


「スヴェイン、いきなり王宮の前に出ないようにな」


「わかっております。王宮から視認できる距離でスピードを落とすよう命じましょう。せっかくの領旗が意味をなしませんからね」


「わかってもらえていればよいのだ。それでは、明日王宮へ向かう者は準備を怠らないように」


「シュミット辺境伯。失礼ですがシュミットの『剣聖』や『賢者』、もしくはそれ以上の人間ばかりが押しかけるのです。準備を怠っても気を抜かなければ何事も起きませんよ」


「……それもそうか」


 なんともしまらない形になりましたが、会議はこれで終了しました。


 あとは翌朝……ではなくある程度時間が経ってから出発ですね。



********************



「はぁ。王宮も静かになっちまったな……」


「仕方がないさ。それが嫌だったらどっちかの陣営につけばよかっただろう?」


「どっちについても命をかけるほどの意味がねぇんじゃ仕方がないよ。まったく、お偉いさん方はなにを……」


「どうし……ドラゴン! それもエンシェントクラス!」


「至急警報を!」


「ちょっと待て! あのドラゴンが垂らしているのは……シュミット辺境伯領旗じゃなかったか?」


「確かにそうだな。と言うことは、遂にシュミット辺境伯が動いたのか?」


「どちらにしても、エンシェントドラゴンを動かせるだなんて今のシュミット辺境伯領は只者じゃないぞ」


「俺は至急、軍部に伝えてくる。お前は……」


「シュミット辺境伯に今回の来訪理由を尋ねよう。ただの衛兵でしかない俺でも、話を伺うくらいの権利はあるはずだ」


「無茶はするなよ。そして、刺激するような馬鹿げた真似はするなよ」


「俺だって命は惜しい。そんなこと言われなくてもわかっている」



********************



 王宮にたどり着き、衛兵さんに今回の来訪理由を告げて国王陛下たちに取り次ぎを望みます。


 急な来訪で申し訳ないのですが、こちらもあまり悠長にしていられないんですよね。


 待つことしばし、やってきたのは軍務卿でした。


「シュミット辺境伯。ずいぶん派手な登場だな」


「申し訳ないな、軍務卿。我々は我々で時間がないのだ」


「それはどういう意味だ?」


「シュミット辺境伯領に集まっている聖獣様や精霊様、それに妖精などがグッドリッジ王国を滅ぼしかねない状況だ」


「……それはまずいな」


「そうであろう。すまないが、至急ギゥナ王に取り次いでもらえるか?」


「構わない。だが、あのお方にはすでに権力など残っておらぬぞ?」


「それでも軍務卿は従っているのであろう?」


「当然だ。国を荒らし回るような輩どもに味方するはずがない」


「結構。それが聞ければ十分だ。ギゥナ王に取り次ぎを」


「承知した。ともについて参れ」


「わかった。念のため、このエンシェントドラゴンはここに残しておくが構わないか?」


「エンシェントドラゴンなどという化け物、どこにいてもさして変わらぬ。好きな場所に残しておいてくれ」


「了解した」


 さて、このあとは軍務卿についていくだけですね。


 ですが、軍務卿も昔見たときのような覇気が失われています。


 非常にお労しい。


「謁見の間を使うことはできない。今は王の執務室でご容赦願いたい」


「構わぬ。だが、謁見の間を使えない理由は?」


「……荒れ果てているのだよ。見るも無惨に」


「国の中枢がこれか。嘆かわしい」


「言うてくれるな。国王陛下、シュミット辺境伯がご到着です」


「入ってもらえ」


「許可は出た。はいりたまえ」


「では遠慮せぬ」


「よくきたな。シュミット辺境伯。それにセティ。それから……」


 ギゥナ王も完全に覇気がなくやつれています。


 僕が最後に会ったときはもっと威厳に満ちていたのですが。


「お久しぶりです、ギゥナ王。シュミット辺境伯が長子スヴェイン、一時帰還いたしました」

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