348.子供たちでも飲めるポーション

「失礼いたします、ギルドマスター」


 今日もまたギルド業務です。


 最近はなんだかんだとギルド業務が忙しく、内弟子になったふたりを……結局、ギルドまでついてきているので大差ないですか。


 ただ、今日はちょっと様子が変わっています。


 エレオノーラさんの出勤日なのに彼女はギルドマスタールームにいません。


「どうぞ、開いてますよ」


「失礼します。あの、ギルドマスター。エレオノーラが泣いてましたが、なにかありましたか?」


 やってきたのは第二位錬金術師のひとりですね。


 エレオノーラさんの様子を見かけたのでしょう。


「ちょっと本気で危険な真似をしていたので本気で怒りました。ユイも慰めてくれていますし、今日中には調子を取り戻してくれるでしょう」


「ギルドマスターが本気で怒る……一体なにをしでかしたんですか? エレオノーラらしくない」


「いえ。講習会のとき、深刻な魔力枯渇を起こした子供がいるらしく、その子がマジックポーションを飲みたがらないからと果汁を少量混ぜて飲ませたそうです」


「は? それがギルドマスターの怒った理由ですか?」


「はい。とても危険な行為なので厳重に注意しました」


「……ええと、俺にはよくわからないんですが?」


「そうですね。そういえば、医療ギルドには教えましたがあなた方には『配合薬』の知識を与えていませんでしたか」


「『配合薬』? ですか」


「はい。『配合薬』です。わかりやすく言うと、状態異常ポーション同士を組み合わせて治療に使えるポーションを作り出せる技術ですね」


「すみません。それと今回の話がどう繋がるのか……」


 ああ、そういえばそうでした。


 彼らにもアトリエはさせていますからね。


「あなた方にとってはもう当たり前すぎて前提知識ですらないでしょうが、アトリエはきっちり清掃させていますよね?」


「はい。それはもう、全員で手分けして毎朝と帰る前に」


「その理由はなんですか?」


「ええと、薬に万が一でもゴミが入ると品質が……あ」


「はい。エレオノーラさんは薬品に不純物を混ぜました。今回はごく微量だったため影響なかったようですが、場合によっては毒物に変わっていた可能性すらあります。なので、本気で怒りました。彼女が泣いているのは……自分の浅はかさを悔いているのでしょう」


「それは……きついっすね」


「きつかろうとなんだろうと、結果は変わりません。万が一があってからは遅いのです。特に子供の場合は」


「それ、エレオノーラを慰めた方が……」


「返って逆効果でしょうから今は泣かせておきなさい。ユイもついているようですし、反省が終われば次の道を模索するでしょう」


「次の道……ですか?」


「はい。です」


「え? そんなものができるんですか!?」


「先ほど言いましたよね、『配合薬』の知識を教えていないと。もちろん、僕の開発したレシピの中には子供向けに調整した苦みなどを抑えている各種ポーションがありますよ」


「……それって、エレオノーラには?」


「まだ教えてません。まずは、自分の浅はかさを反省させるところからです」


「それじゃあ、俺たちが代わりにそのレシピを受け取っても問題ないですよね?」


「ええ。隠し立てするほどのものでもありませんから。ただ、結構難しいですよ?」


「いえ、大丈夫です。まずは自分らで試してみます」


「わかりました……これが、子供向けのポーションとマジックポーションのレシピです。使うポーションは高品質以上を使用してくださいね」


「わかりました。では、失礼いたします」


「ええ。がんばってください」


 一礼して部屋を出て行く第二位錬金術師ですが……あのレシピ、医療ギルドに提供したものより難しいですよ?


 大丈夫でしょうかね。



********************



「で、これがギルドマスターから譲っていただいた『配合薬』の『子供向けのポーション』レシピだ」


「うへぇ……めちゃくちゃ比率が細かいぞ?」


「ポーションの中に果汁だけじゃなくディスポイズンまで混ぜてる」


「おそらくは果汁だけだと毒物に変わっちまうんだろう。……そう言われれば、果汁って腐りやすいしな」


「配合比率も数パーセント刻みだ。これってなんとかできるのか?」


「とりあえずやってみるしかないだろう。エレオノーラは講習で手一杯だ。こんな複雑なポーションまで手をつけ始めたら本気でパンクするぞ」


「だよな。ミドルポーションの研究よりもこっちを優先するか……」


「ああ、がんばってみるぞ」


「「「おう!」」」



********************



「失礼いたします。エレオノーラです」


 どうやらエレオノーラさんが戻ってきたみたいです。


 さて、どういう結論に至ったのか。


「どうぞ、エレオノーラさん。開いてますよ」


「はい。失礼いたします。先ほどは失礼いたしました」


「いえいえ。ですが、あなたがやったことの危険性はわかっていただけましたよね?」


「はい、骨身にしみて。それで、『カーバンクル』様方にも聞いてみたんですが、ニーベ様が快癒薬を飲んだ経験があるとか」


「ええ、彼女の治療に使いました。よく覚えていたものです」


「ギルドマスター。子供向けに苦みを抑えたポーションはありませんか?」


「もちろんあります。そのレシピはあなたがいない間に第二位錬金術が受け取っていきました。今頃はいろいろ試しているんじゃないでしょうか?」


「え?」


「あなたの頑張りはギルド全体の認めていることです。少しでも手助けがしたかったのでしょう」


「そうなんでしょうか……」


「気になるなら彼らのアトリエに行ってきなさい。まあ、失敗しているでしょうが」


「はあ」


「あとそれから。どうしても『配合薬』の知識がほしければ医療ギルドのサブマスター、アイーダさんを訪ねてみるといいとも伝えてあげてください。新しい『配合薬』のレシピと僕の紹介だと言えば少しは時間を作ってもらえるかもしれません」


「わかりました。では、失礼いたします」


「ええ。伝言、頼みましたよ」



********************



 ギルドマスターから教えられて先輩方……第二位錬金術師たちのアトリエにやってきたんだけど、ドアの外でも既に異臭がする。


 どうしたんだろう?


「失礼します……」


「おう……エレオノーラか。ちょっと部屋の外で待ってろ。換気中だ」


「あ、はい」


 部屋の外で待つように指示されてしまったので待つことしばし、ドアが中から開けられて私はようやく先輩方のアトリエに入れました。


 ……まだちょっと臭うけど。


「悪いな、エレオノーラ。こんな臭い場所で」


「ああ、いえ。それでギルドマスターから子供向けにアレンジしたポーションがあると伺って来たのですが」


「悪い。絶賛大失敗中だ」


「さっきの異臭もそれが原因なんだよ……」


「ギルドマスター、よくこんなポーションを研究できたな」


「……そんなに難しいんですか?」


「ほれ、レシピだ」


「……うわぁ」


 レシピには混ぜ合わせる薬や果汁の量が事細かに書いてあります。


 って言うか、こんな微妙な配合比率なの?


「俺たち、さっきから何度も試しているんだが、悪臭を放つ失敗品ばっかりできてな……」


「『コンソールブランド』以前のポーションより酷い。って言うか間違いなく毒物だ、あれ」


「きちんと手順を守って廃棄したけど……怒られない、よな?」


 そこまでなんだ……。


 私もこんな細かい配合比率だとは考えてなかったけど。


「でも、どうして先輩方が?」


「あ? そりゃ、エレオノーラの手助けのためだろうが」


「そうそう。こんなのエレオノーラに任せたらパンクするだろ」


「それじゃなくても、お前がんばりすぎなんだからよ。今でもときどきギルドマスターやサブマスターに休みを一日返上して週三回の講習にできないか相談しているんだろう? 断られているらしいけど」


 全部ばれてる……。


 ギルドマスターの結婚事情もすぐにばれたけど、私のこともバレバレだった……。


「そういうわけだ。講習の手伝いくらい先輩に任せろ」


「それじゃなくても、子供向け講習はお前しかできなくて立つ瀬がないんだ。少しはいい格好をさせてくれ」


「お前は講習のことだけ考えてりゃあいい。サポートは俺たちがなんとかする」


 ……先輩方、ありがとうございます。


 こんなに思われていただなんて。


「……ただなあ。この調子じゃ、いつになったら子供向けのポーションが出来上がるか」


「それなんだよな。ミドルポーションの研究程度いくらでも止めるが、この配合も厳しい」


「ギルドマスターにヒント……をもらっても配合比率だから自力でなんとかするしかないのか」


 先輩方もいろいろ工夫してくれているんだ。


 あ、ギルドマスターからの伝言も伝えなくちゃ。


「どうしても『配合薬』の知識がほしかったら医療ギルドサブマスターのアイーダを訪ねてみるといいそうです。新しい『配合薬』のレシピとギルドマスターの紹介なら時間もとってもらえるかもって」


「ああ、なるほど。医療ギルドには『配合薬』を教えたって言っていたもんな」


「でも、別のギルドのサブマスターだろ? 取り次いでもらえるか?」


「しかも医療ギルドって言ったら一番忙しいギルドだぜ? 会ってもらえるかどうか……」


「……まあ、ギルドマスターが言うんだ。ダメで元々、行くしかないか」


「代表はくじ引きな」


「おう」


「あ、私も……」


「エレオノーラはアトリエで休むか次の講習の準備だ」


「あとのことが俺たちに任せろって」


「……お言葉に甘えます」


「じゃあ、自分のアトリエに戻った戻った」


「はい。よろしくお願いしますね」


「おうよ」


「結果が出たらすぐに伝えに行くからな」


 私は自分のアトリエに戻り、待っていてくれたユイと一緒に次の講習会計画を練り始めました。


 それで、結果も帰る前に伝えてもらえたんだけど……『医療ギルドから卸してもらえることになった。あくまで少数だから最終手段な』と言うことです。


 ……そんなに医療ギルドでは『配合薬』の研究をしたかったのでしょうか?

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