349.エレオノーラと『カーバンクル』
「ええっと、ここでこうひねって……こうして仕上げです!」
「うわぁ。すごい」
私、エレオノーラですが今日はギルドマスターのもとをおとずれる前に『カーバンクル』様方に魔法研磨の実演をしていただいています。
最初にエリナ様のものを拝見せていただき、次にニーベ様のものを拝見しましたが……さすがはギルドマスターのお弟子様です、魔法研磨もお上手でした。
「ボクたちの魔法研磨でお役になってましたか? エレオノーラさん」
「はい。私たちの技ってサンディ先生の技術だけじゃなくて自分なりのアレンジも多いのです」
「うわぁ……」
すごい、もう自分なりのアレンジ、つまり自分の技を使えるんだ。
確かにニーベ様が最後に見せてくださった宝石をひねる技術はギルドマスターも教えてくれなかったけど、ニーベ様のオリジナルだなんて!
「すっごい勉強になりました! やっぱりおふたりはすごいですよ!」
「照れるのです。まだまだ未熟なのに」
「そうです。それにエレオノーラさんの方が年上ですし……」
「『新生コンソール錬金術師ギルド』において歳の上下は関係ありません。技術の上下のみが序列です」
「ではそういうことにしておくのです」
「はい。若輩者で構わないのでしたら」
普段のおふたりは決して自分の技を誇ったりはしません。
ただ、それは卑屈になっているのではなく『まだまだ上があるんだ』っていう強い決意のもと、『研鑽の途中なんだ』と言う意味合いです。
このおふたりの言葉を聞くたび、ギルドマスターとの距離感というものの差を感じさせられてしまいます。
ギルド錬金術師全員が胸に抱く思いは『うらやましい』の一言ですよ……。
「今度はエレオノーラさんの魔法研磨も見せてください!」
「ボクたちでよければ指導させていただきます」
「え、でも、おふたりも研究が」
「他人を教えることも学びだって言われています!」
「自分の技術を再確認する事もできますから」
かなわないなあ。
私のような未熟者にも指導をしていただいてもらえるし、私からも技を盗む気なんだ。
ここでは当たり前の風習だけど、自分よりも未熟な人間からでさえ学ぼうとするなんて……なんて貪欲なんだろう。
「ええと、少しだけ指導していただけますか?」
「少しだけじゃなく、終業時間まででもいいのですよ?」
「はい。今日は特別予定もなかったので、このあとは高品質ミドルマジックポーションの練習をするつもりでしたから」
「それってとても大切なことでは?」
「先生のお家に帰ってからでもできます!」
「夕食後でもできる環境が整いましたから。身だしなみを整える時間や睡眠時間はリリスさんがしっかり管理してくれますし」
「今は甘えちゃっていますが、それも直していかないとですね」
「うん。先生たちもだけどボクたちも熱中すると夜遅くどころか朝まで研究しちゃうから……」
やっぱりすごい。
私なんて子供たちの授業計画を立てていても、途中で睡魔には勝てないよ。
「という訳なので、これからはエレオノーラさんの指導時間です」
「先生の方が指導も上手でしょうから、先生の元でも構いませんが……」
「いえ。おふたりのお時間をいただいてしまいますが、教えていただきたいです。それにギルドマスタールームにはユイもいますし……」
「ユイさんなら絶対に気にしませんよ?」
「職人モードのユイさんは絶対に先生に甘えませんし、リリスさんですら寝る時間を確保させるのに苦労するらしいですから」
やっぱりユイも本当にすごい職人なんだ。
私はまだまだ未熟者で半端物、スヴェイン様の野望に乗るためにはもっともっとがんばらないと。
「申し訳ありません。やっぱり、おふたりのご指導の方が嬉しいです」
「わかったのです!」
「できる範囲であればなんなりと」
「はい! 頑張らせていただきます!」
********************
「ノーラ、結局スヴェインのアトリエから帰ってこなかったね」
「はい。弟子たちから指導を受けていたのでしょうが……弟子たちはまだ手加減を知らないので大丈夫でしょうか?」
「それをスヴェインが言っちゃう?」
「止めても聞かなかったのが今のあなたですよ、ユイ」
「そうでした」
午後、エレオノーラさんがギルドマスタールームにやってきたあと、弟子たちも魔法研磨を修行していると聞きギルドマスター用のアトリエへと向かいました。
帰ってこなかったということは、ずっとそちらで練習していたのでしょうが心配です。
アトリエ前までやってきて軽くドアをノックしたら入室許可を求めます。
「スヴェインです。入ってもいいですか?」
「もうちょっとだけ待ってください!」
「エレオノーラさん、早く起きて!」
「起きる? ノーラどうしたんだろう?」
ドアの向こうでは少しドタバタとした音が聞こえ、ちょっと待たされてから内鍵が開けられました。
アトリエの中にいたのは想像通りの三人ですが……エレオノーラさんが弟子たちのベッドに腰掛けています。
一体どうしたのでしょうか?
「エレオノーラさん、どうしたのですか? なにか具合でも?」
「ああ、えっと……申し訳ありません、魔法研磨を練習しすぎて魔力枯渇を起こしてしまい、気持ち悪くなったところをおふたりからベッドで寝るように促されて、今まで熟睡を……」
「ああ、なるほど」
そういえば、エレオノーラさんはまだ僕よりも年下。
魔力枯渇を起こして自然回復させれば十分に最大魔力量が伸びるはずです。
「本当に申し訳ありませんでした。就業時間中に寝る、それもベッドで熟睡だなんて」
「ふたりが許可したのでしょう? なら問題ありません。気分はすっきりしましたか?」
「はい。それはもう。魔法研磨もおふたりのご指導で上達しましたし」
「……僕の指導はやはり下手でしょうか?」
「い、いえ! ギルドマスターの指導は、その……恐れ多くて、細かいところまで聞けないというか」
「恐れ多いなら細かいところまで聞くべきです。時間を使っていただいているのですから」
「……申し訳ありません」
「まあ、指導はこれくらいにしましょう。終業時間になっています。エレオノーラさんも帰り支度を始めてください」
「はい」
そそくさとアトリエを出て行こうとしたエレオノーラさんでしたが、なぜか弟子ふたりが彼女の腕をつかんで待ったをかけました。
今度はなにを始めたのか。
「ニーベちゃん、エリナちゃん。まずはエレオノーラさんの帰り支度を……」
「先生にお願いがあるのです!」
「少しの間で構いません。エレオノーラさんも先生のお宅に泊めてはいただけないでしょうか?」
「ふぁ!? ギルドマスターのご自宅!?」
エレオノーラさんの慌てぶりからして弟子たちは彼女に相談していませんね。
なにを考え始めたのか。
「とりあえず理由を聞きましょう。結論はそれからです」
「はい! エレオノーラさんの魔法研磨はまだまだです!」
「それは同時にまだまだ伸びることを意味します」
「でも私たちもいつもギルドにいるわけではないですし、エレオノーラさんも忙しいのです」
「それで、比較的時間の空いている夜寝る前と朝の時間帯なら先生も含め指導してあげられるのではないかと」
「ふむ……」
理屈は通りますね。
弟子たちもエレオノーラさんのことは相当気に入ったみたいですし、ニーベちゃんやエリナちゃんとも一歳差です。
歳の近い同性の友人は増えた方がいいでしょう。
コウさんに聞いてもこのふたりは僕がいない間さえ研究くらいしかしていなかったそうですし。
貴族家の僕はともかく、ニーベちゃんやエリナちゃんは年相応にもう少し遊んでほしいのですが。
「そうですね。あなた方の願いはわかりました。理屈も通ります。エレオノーラさんがいいのであればしばらくの間、うちで預かりましょう」
「え!?」
「心配しなくても部屋はたくさんできてしまいました。その一室を使ってください。あと、部屋の鍵も僕ではなくアリアの管理になりますので万が一もありません。ギルド員に関係を迫るギルドマスターなど前代未聞、言語道断ですが」
「そちらの心配はしていませんが……え? ギルドマスターのお宅にってことは私も内弟子に?」
「あなたが望むのなら内弟子にしてもいいでしょう。ウサギのお姉ちゃんはそれだけ頑張っています」
「すごいよ、ノーラ! スヴェインに認められてるんだから!」
「あ、えっと。答えは急がなければいけませんか?」
「ゆっくり落ち着いてからで構いません。あなたもお年頃ですし、いくら僕以外は全員女性とは言えど余所様の家にすぐ来る決心はつかないでしょう。ご家族とも話し合って決めなさい」
「は、はい! 帰ったらすぐに家族会議を開きます! それでは、失礼いたします!」
「……家族会議って。それほどですか?」
「ノーラにとってはそれほどだよ、スヴェイン?」
「エレオノーラさん、とっても先生に憧れていたのです」
「出会った頃のボクたちよりもずっと憧れているかもしれませんよ」
弟子たちの思いつきがとんでもないことにならなければいいのですが……。
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