350.ウサギのお姉ちゃん、内弟子体験入門

 弟子たちがエレオノーラさんを僕の家に誘った翌日、ギルドの就業時間が終わってから帰ると家の前にリリスとエレオノーラさん、それから会ったことのない女性がいらっしゃいました。


 顔立ちがエレオノーラさんに似ていますし、エレオノーラさんのお母様でしょう。


「スヴェイン様。エレオノーラ様とそのお母様がお待ちです」


「そのようですね。よっと。申し訳ありません、お待たせしたみたいで」


「い、いえ! 私の方こそ就業時間を知っているのにそれぎりぎりに来てしまったので」


「は、はい! 私どもの不手際です! ギルドマスター様はお気になさらず」


「そういえば、エレオノーラさんは今日は休日でしたね。それで、今日は何用で?」


「あの、昨日の話って本当に受けてしまって構わないんでしょうか?」


「昨日の話……ああ、内弟子の件」


「はい。昨日、帰ったあとに家族会議を開いて話をしたんですが、『受け入れてもらえるなら受け入れてもらえ』と家族全員から背中を押されました」


「それはそれは……」


 なんだか大事にしてしまいました。


 弟子たちには少し注意をすべきでしょうか?


「あの、ギルドマスター様……」


「ああ、スヴェインで結構です。次の冬で錬金術師ギルドのギルドマスターに就任して……ああいや、二年になってしまいますが、ギルド以外、お仕事の場以外ではギルドマスター呼びはいまだに慣れなくって」


「は、はい。それでは、スヴェイン様と。昨年は娘を錬金術師ギルドに入門させていただいただけではなく、今回は内弟子にまでとっていただけるとは……」


「まあ、お試しですけどね。それで、エレオノーラさんが気に入るならこのまま内弟子に収まるもよし。きつかったらやめるもよしです」


「そんな! 錬金術師ギルドからはあんなたくさんのお給金までいただいているのに」


「現在の錬金術師ギルドで給金はすべて歩合制。それだけの働きをエレオノーラさんがしているだけです」


「ですが、エレオノーラは子供たちの講師になってからポーションを作っていないと聞きます。なのに、給金がまた上がったと……」


「それもまた正当な評価です。こう言ってしまうとエレオノーラさんの前からいる諸先輩に申し訳ないのですが、今の錬金術師ギルドにおいてギルドマスターである僕やサブマスターのミライさんを除けば、いなくなって一番困るのはエレオノーラさんなんですよ。なので今着てもらっている錬金術師ギルドのローブも、錬金術師ギルドのエンブレムは入っていますが実際にはエレオノーラさんの私物。それだけの価値が今のエレオノーラさんにはあります」


「そんな、娘が恐れ多い……」


「事実を語っているまでです。エレオノーラさんには将来の錬金術師ギルド員候補になりうる子供たちを育成してもらっています。それは今のところエレオノーラさんしかできないし真似事ができるのは僕くらい。未来を考えればエレオノーラさんに支払っている賃金だってまだ少ないくらいなんです」


「さすがに多すぎます! ギルドマスター、じゃなかった、スヴェイン様!」


「そう言われているからこれ以上あげていないんですよ。……内緒にしてほしいのですが、ほかのギルドでは最近講習会の定員割れを起こしているところもあるんですよ?」


「え? 錬金術師ギルドは相変わらず順番待ちですよね?」


「はい。。ウサギのお姉ちゃんの話が子供たちのネットワークに流れ、ほかの生産系統の子供たちから申込者が増えているんですよ」


「エレオノーラがそんなに……」


「はい。それだけ頑張っていることをギルド本部のものは皆さん知っています。なので、時間の許す限りエレオノーラさんのお役に立てるよう、彼らは彼らなりに努力をしているのですよ」


「そこまで……」


「はい。……ああ、お礼を述べていませんでした。去年はエレオノーラさんを錬金術師ギルドまで送り出していただき、そして預けていただき感謝しています。試験の時からきらめいていた原石でしたが、ここまで輝く宝石になるとは考えもしなかった。本当にありがとうございます」


「そんな! スヴェイン様が評議会での臨時講習を開いてくださるまでは、特に夢も希望も抱かずにいた娘です! すべてスヴェイン様のお与えくださったもの、娘を輝かせてくれたのはひとえにスヴェイン様のおかげです!」


「……まあ、そうしておきましょう。それで、あなた方の大切な娘さんです。本当にお預かりしても?」


「はい。それに私どもとしましてもいい機会なのです」


 いい機会?


 それはどういう意味なのか。


「スヴェイン様。実は私、成人したら家を出ることが決まっていたんです」


「はい。娘も稼ぎで言えば一家で一番になってしまいました。まだまだ子供ですが、早いうちに親離れさせるのも悪くはないかと」


「それで……本当に申し訳ないのですが、今回の話は一人暮らしの練習も兼ねさせていただきたいんです。ダメでしょうか?」


 なるほど、そういうことですか。


 後ろにいるリリスも頷いていますし問題ないでしょう。


「構いません。ただ、家事はすべてリリスが行います。そちらの練習は……休日にでも時間をみてリリスに学んでください」


「ご厚意感謝いたします」


「本当に申し訳ありません。何から何まで……」


「先ほども言いましたが、エレオノーラさんは錬金術師ギルドでも大切な存在。この程度のことでしたら苦労とも感じませんよ」


「……本当にいい御方だね、今の錬金術師ギルドのギルドマスターは」


「私たちの誇りだもん。あとは安心してもいいよ、お母さん」


「本当にご迷惑をおかけすると思います。私はこれで失礼いたします」


「はい。お気をつけてお帰りください」


 エレオノーラさんのお母さんはこちらに何度もお辞儀をしながら帰お帰りになりました。


 さて、エレオノーラさんを家に招かねば。


「リリス、部屋の用意は……」


「昨日、ニーベ様とエリナ様から話を聞いたときに使用人室の一室を念入りに掃除してあります。いつでも使用可能になっております」


「ゲストルームの方でも構わなかったのですが」


「ダメです、スヴェイン様! 私が構います!」


「恐れながら、スヴェイン様。私も反対です。候補止まりとは言えど内弟子は内弟子。それならばニーベ様とエリナ様が上位ですし、待遇差があってもいけません」


「……それもそうですね。僕の方が浅はかでした。ありがとう、リリス」


「いえ、差し出がましい口を」


「うわぁ。ユイやニーベ様、エリナ様から伺っていましたがリリス様も厳しい方ですね」


「昔は優しいお姉さんだったんですよ?」


「主が相応の年齢になった以上対応を変えただけです。……それとも、今でも甘えたいですか? スヴェイン様?」


「……今のままの方がいいです」


「かしこまりました。エレオノーラ様はまず私と一緒に三階へ。お部屋へとご案内いたします。家具一式は揃っていますが、何かほしいものがありましたらお申し付けください」


「い、いえ。ほしいものがあったら自分で買ってきます!」


「……少しはお姉ちゃん顔もしたいのに」


「リリス?」


「いえ、なにも。それが終わったら……アトリエに案内しましょう。今はニーベ様とエリナ様が錬金術の練習中ですが、おふたりとも集中していますし邪魔にはならないはずです」


「ええと、初日からよろしいのでしょうか?」


「むしろ初日だからこそです。明日以降はニーベ様とエリナ様ほどではないとはいえ、少々早めに起きていただきます。スヴェイン様も起きていらっしゃいますので朝食までの時間は朝の練習を」


「わかりました。甘えた口をきいてしまいすみません」


「いえ。エレオノーラ様、内弟子になる以上は少々厳しい指導内容になりますが頑張ってください。可能な限りのサポートは私もいたします」


「はい!」


「それではスヴェイン様、先にアトリエでお待ちを」


「わかりました。エレオノーラさんも急がなくていいですからね?」


「そういうわけには……」


「エレオノーラ様、急いては事をし損じます。何事も一歩一歩着実にです」


「……はい。肝に銘じます」


「ではこちらに」


 エレオノーラさんもリリスに案内されて家へと入っていきました。


 僕も家に入って着替えたら、アトリエに行き弟子たちの様子を見守りましょう。

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