397.『三人目』と後継者問題

 ギルド評議会の開催時刻が近づいてくると次々ギルドマスターたちが入ってきます。


 今回は僕の方が大分早めに来ましたが……また、僕のいないところでなにか決められていないでしょうね?


「スヴェイン、どうした? 急に険しい顔になって」


「いえ、また僕をのけ者にしていないかと」


「ああ。それなあ……」


「申し訳ありません、ひとつだけ先に決まっていることがあります。今回の議題説明の前にそれについての説明がありますのでしばしお待ちを」


「まったく、若僧はまたのけ者ですか」


「ああ、いや。前々から裏で話し合ってはいたんだよ、ただ最初に動いちまったのが錬金術師ギルドだったってだけで」


「その通りです。おかげでいくつかのギルドでは、まだ内々にしか決まっていない状態だった者たちを連れてくることとなりました」


「内々でしか決まっていなかった者たち?」


「よく見てみろ。今回の出席者、?」


 ティショウさんに言われて確認してみれば、僕たち錬金術師ギルド以外でもいくつかのギルドが三人います。


 三人目はサブマスターの制服、または見慣れない制服を着ていますが……これは?


「定刻となった。これよりギルド評議会を開催する」


 僕が気を取られている間に定刻となったようで、ギルド評議会議長、医療ギルドマスター、ジェラルドさんが開会の宣言を行いました。


 それと同時に場は一気に静まりかえり、各ギルドマスター、サブマスターは姿勢を正します。


 ですが、見慣れない顔の面々はついていけずにオロオロしていますね。


 気配だけ感じ取っているのですがアシャリさんも似たような状況でしょう。


「さて、本日の議題に入る前に錬金術師ギルドマスターには一言詫びよう。またお主たち抜きでひとつ決め事をしてしまった」


「それは僕のギルドのサブマスター候補が今回出席を認められたこと、見慣れない顔の三人目がいるギルドがあることに関係しているんですね?」


「そうなる。この場にいる、この者たちはそれぞれのギルドが選んだギルドマスター候補、またはサブマスター候補だ」


「ギルドマスター候補にサブマスター候補?」


「ああ。今回、サブマスター候補の制服を用意するのは間に合わなかったためサブマスターの制服を着てもらっている。だが、近々サブマスター候補用の制服を用意して送り届けるので交換してもらいたい」


「構いませんが……なぜ急に?」


「いや、お前がそれを言うか?」


「そうですな。今回大慌てで準備したのは錬金術師ギルドからサブマスター候補を臨席させたいと申し出があったためです」


「そうなる。私たちの間でも世代交代の準備は着々と進められていたのだ。いくつかのギルドでは候補者の選定が終わり、研修を始めている最中だった」


「そこに飛び込んできたのがお前たち錬金術師ギルドの申し出だ。驚いたなんてもんじゃねえぞ? 一番若いふたり組のギルドが一番最初に候補者を選定し終えて評議会に出席させたいなんて言い出したんだからよ」


「まったくです。我が商業ギルドではいまだ次のギルドマスター候補を選定中。ここに連れてくることなど到底不可能です。それなのにまだ十五歳のギルドマスターと二十一歳のサブマスターが後継者を指名してくるなど、慌てるなと言うのが無理と言うもの」


「そこで急遽決めたのがだ。もちろん、この場で決まったことはきつく口止めする。錬金術師ギルドもその点は抜かりないな?」


「はい。それはもちろん」


「よろしい。……実際のところ私も慌てた。まさか錬金術師ギルドマスターはともかく、サブマスターが後継者候補を連れてこようとは」


「ああ。冒険者ギルドでも次の選定を大急ぎで進めている。だが、冒険者ギルドマスターになるには人格も腕っ節も一流である必要がある。ミストが今日来てないのはその人選作業を少しでも進めるためだ」


 ミストさん、滅多なことでは不参加にならないのに来ていなかったのはそういう理由でしたか。


 なんだか申し訳ないことを……ん?


「皆さん、つまり、まだ後継者を指名していなかったと?」


「……すまん」


「わりい」


「本業が忙しく疎かにしておりました」


「まったくですな。今年成人したばかりのものにここでも後れを取っているとは恥などではすみません」


「技術系ギルドは一番の技術者がなればいい。それくらいしか考えてなかったんだがよお……」


「よくよく考えれば今のコンソールは国家。その最高決定機関であるギルド評議会が素人の集まりでは早晩崩壊することにようやく気が付き……」


「技術や知識、人格、経験などの評価だけではなく運営も学ばせなくてはならないことを思い知った。それもギルドだけではなく国の運営をな」


「今まではそれぞれのギルドで新しいポストの者が座ったとき、数回は話を振らず慣れさせることができた。だが今後はその余力もない」


「『国』の運営方針を角付き合わせて決めるのです。根回しも重要だがこの場の空気に飲まれないことも重要となりました」


「今までは各ギルド旧国の後ろ盾もありました。独立を決めてからも互いに手を組んで商売を成り立たせればよかった。ですが、『国』の運営がそれだけで成り立つかどうか……」


 ……困りました。


 なんといえばいいのか。


「申し訳ありません。一番の若輩者が言うのもなんですが……国家運営を舐めすぎです」


「いや、本当にすまない」


「さすがお貴族様だ。言葉の重みが違う」


「今後は各種税金などの見直しも必要となるでしょう。頭のいたい話です」


「我々も浮かれすぎていたようです。今後はあらためなければなりますまい」


「そういうわけだ。今はとりあえず三人目の臨席を許している。各ギルドでそれぞれギルドマスター候補、サブマスター候補が確定すればそれぞれの候補を臨席させる。すべてに慣れさせ、すべてを学ばせるためにな」


「そういうわけだ。錬金術師ギルドもギルドマスター候補を指名した方がいいぞ?」


 ギルドマスター候補、ギルドマスター候補ですか……。


「誰かなってくれませんかね、ギルドマスター候補」


「……ああ、あいつらじゃ無理だわ。そんなのになるくらいなら研究の時間を選ぶ」


「いまのコンソール錬金術師ギルドは無欲なのか強欲なのかわかりませんからな」


「まったくだ。革命の象徴であるのにいまだ末席に近いのもそうだ。席次を変えぬか?」


「まだいいますか、狸爺ども。そんなことしたら本当に椅子を投げ出しますよ?」


「冗談です。忘れてください」


「ともかく各ギルドで後継者選びを行っている。しばらくは不慣れな者が臨席するが……手は抜かぬように」


「当たり前さ。なんのために連れてきてるんだかわかりゃしないよ」


「ですね。この場はお遊びではありません。本気の空気、それに慣れていただかなくては」


「冒険者上がりの俺でさえ最初は飲まれたんだからな。よほど肝が据わってないと無理ってもんだろう」


「……そういう意味では錬金術師ギルドマスターはよく大丈夫でしたな?」


「僕は一応貴族でしたので。父上たちの軍議にも臨席したことがあります。八歳から」


「容赦ないな、シュミット家」


「貴族なんて差こそあれど覚悟を叩き込まれなければいけないものですよ。それがわかっていない者どもが多すぎて困ります」


「上に立つ者の責任か。我々もそれを継承せねばな」


「それも私たちは貴族のような一家相続ではありません。大人になったあとに覚悟を叩き込むのです。厳しくいかなくては」


「それもそうだな。これからしばらくの間は毎週一度、定期報告を兼ねてギルド評議会を開催しよう」


「それがいいですな。我が商業ギルドも後継者選びを加速せねば」


「俺もミストを手助けできればなあ。邪魔だから訓練でもしてろって追い出されるんだよ」


 それぞれ大変そうですが……各ギルドの状況は把握できました。


 頑張っていただきましょう。


「さて、そろそろ本日の議題に移ってよろしいでしょうか?」


「うむ、そうしよう」


 これだけで場の緊張感が増す。


 初参加の者たちはたじろぎましたが構っていられません。


 これもまたコンソールの風、候補者指名を受けたならば受け入れてもらわねば困りますよ?


「では、錬金術師ギルドより全ギルドへ提案ではなく通達です。僕たちは来週から薬草栽培を開始します。予定地は事前配布した資料の場所。最初は皆を慣れさせるために小規模から始めて行きますが来年の冬までには大規模農園にします。意見や異議のある方は挙手を」


 僕の言葉を皮切りに張り詰めていた空気が一気に熱を帯びました。


 さあ、ついてきなさい、新人ども。


 これが『国』を運営する者たちの覚悟と決意の決戦場ですよ?

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