私たちの先生

80.挿話3-私たちの日常

「エリナちゃん、そこはもう少し魔力を強めに入れるんです!」


 マオお姉様がエリナちゃんという【錬金術師】をヴィンドの街から連れてきて1カ月ほど経ちました。


 最初は先生が新しい弟子を取ったことにモヤモヤしていましたが、マオお姉様から受け取った手紙を読んで考え方は変わります。


 翌日、エリナちゃんに魔力操作をやってもらうと先生の手紙に書いてあったとおり、かなりの下手っぴさんでした。


 先生の手紙には、エリナちゃんの指導方針について【まず、エリナには【魔力操作】をマスターさせること。それと並行して『蒸留水』の作り方を教えて、【魔力操作】ができたら付与術も可能な範囲で教えるように】と書かれています。


 確かに、来たばかりの頃のエリナちゃんでは、まともな魔力水ですら怪しかったですね。


 今は、ある程度できるようになっていますけど。


 もちろん、私の方が上手にできますけど!


「はい、ニーベちゃん! ……ああ、やっぱり低品質の魔力水に」


「エリナちゃんは魔力水を作る時に腰がひけているんです。よほど膨大な魔力を込めないと爆発なんてしません。もっと魔力を込めましょう!」


「はい、ニーベちゃん! ……でも、魔力水が爆発するってどうして知っているんですか?」


「それは……」


「ニーベ様が爆発させたことが数回あるためです。ビーカーのガラスまで破裂しなかったのが幸いでした」


「エアロ、黙っていてください!」


 エアロが恥ずかしい失敗談を暴露してくれました。


 思いつきで『可能な限り魔力を大量に込めた魔力水を作ったらどうなるか』をやってみたのです。


 その結果、魔力水は大爆発を起こし、ビーカーはひび割れ、水は天井まで吹き上がってしたたり落ちてしまいました。


 当然、その音は屋敷の中でも響き渡り、お母様たちにも思い切り叱られたんです。


 ……それを何回か繰り返す私も私ですが、実験は止まりません!


「今度はニーベちゃんが魔力水を作る番です。がんばってくださいね」


「ふふん、姉弟子の実力を見せてあげましょう」


 私は錬金台の前に立ち、慎重に蒸留水を攪拌させ始めます。


 先生は魔力を一気に流し込めとは言いましたが、その下準備までは一気にやれと言ってませんでしたからね。


 実際これに気がついたのは、先生が旅立ってから10日近く経ってからですが……。


「魔力を攪拌した水全体に均等に染み渡らせて……できた!」


 私は透き通るような青色の魔力水を完成させました。


 品質は高品質。


 先生のお手本はもう少し濃い青色ですので、もう一歩なんですよね。


 でも、この色でなら多少時間はかかりますが量産もできます。


 先生の課題は【安定して量産】ですから、まぐれで最高品質ができるだけじゃ意味がないんですよ。


 最高品質も狙いますが、同時に今の品質を忘れないように量産しないとですね!


「はぁ、やっぱりニーベちゃんは2週間程度であっても姉弟子です。ボクはいまだに一般品の魔力水すら安定しないのに」


「慣れですよ、エリナちゃん。エリナちゃんはまだ【魔力操作】が完全じゃないですし、不安定さが残ってても仕方がないです。今はまず、蒸留水を安定して大量に作れることと【魔力操作】を鍛えることに集中してください」


「はい、ニーベちゃん。……今までの先生たちは、誰ひとりとして【魔力操作】や魔力水の重要性なんて教えてくれなかったんですよね」


「そこは師匠に恵まれたことに感謝しましょう。私たちの目の前には、わかりやすいが置いてあって、それを目指せばいいだけです。実際、私は許可された範囲の錬金術なら『高品質な傷薬』が量産できるようになっていますし」


「それもうらやましいです、ニーベちゃん。ボクは材料を譲ってもらっても、ギリギリ一般品にしかならないのに」


「だからこその【魔力操作】なんでしょうね。細かい作業の感覚がまったく異なっているんだと思うのです」


「そうですよね。スキルレベルだけなら、ボクの方がまだ少しだけ高いですし、あとは【魔力操作】と実践経験の差ですよね」


「はい、そうなります。だからこそ、エリナちゃんに対する先生からの指導なんだと思います」


 私と同じように、エリナちゃんも先生から指導に関する手紙をもらっています。


 内容を要約すると、次のような内容でした。


【まずは、とにかく【魔力操作】を鍛えること。それから、姉弟子であるニーベから『蒸留水』を錬金術で作る方法を学ぶこと。『魔力水』と『傷薬』の錬金まではやってもいいが、『ポーション』の錬金は禁止。宝石への付与術は【魔力操作】をマスターしてから学ぶこと。薬草栽培についてはニーベと一緒に考えなさい】


 エリナちゃんはこれを読んだとき、かなり意地悪だと感じたようです。


 逆に私は、この手紙の内容を見てエリナちゃんの実力がだいたい理解できたのですが。


 なので、実際に『蒸留水』の作り方を見せたり、宝石への付与術を見せたりした途端、エリナちゃんも考え方を改めてくれました。

 先生の言うとおり【魔力操作】をマスターしない限り先に進めないと。


「それにしても、先生はずるいです! 薬草の栽培に必要なが、ではなくだったことを隠しているなんて!」


「あはは……。多分、先生たちはそこも含めて気がつくかを課題にしていたんじゃないかな」


「それだって、エリナちゃんが私の説明で気がついてくれたからわかったんです。先生はときどき厳しすぎます!」


「それには同意するけど。それよりも、ニーベちゃんは夕食までに今日の分の傷薬を作らないと。使用人さんたちに配るって約束しているんでしょう?」


「それもそうですね。エリナちゃんは……」


「ボクはもうしばらく【魔力操作】を訓練するね。もう少しでコツがつかめそうなの」


「じゃあ、大丈夫そうですね。【魔力操作】はコツをつかめばスルスル上がっていきますから」


「ニーベちゃんの保証があるなら嬉しいです。じゃあ、ニーベちゃんも頑張って」


「はい、頑張ります!」


 私は最近『魔力水』だけだと【錬金術】スキルが伸び悩んで来たため、『傷薬』も作るようになりました。


 ただ、先生の許可もなしに販売したり外の人に渡すのは怖いので、屋敷の中にいる使用人さんたちにだけ渡しています。


 先生たちが残した『香油』のレシピを使って草花のエキスを取り出せば、いい香りのする傷薬も作れますしね。


 そんな私の傷薬は、なにかと水仕事が多く手荒れのしやすい使用人さんたちに受けがよく、毎日決まった数を渡しています。


 お父様から『原価がほぼかかっていないとはいえ、あまり多く渡しすぎるのも勝手に売られないか監視する必要が出てくる』と言われたので、心苦しいのですが個数制限させてもらいました。


 自分の作ったもので喜んでもらえるのは嬉しいですが、それが売りに出されて知らない人が使うと思うと急に気分が重くなります。


 先生は前にお父様へと千個以上のポーションを納品していましたが、そこはどうしているのでしょう?


「……ニーベちゃん。傷薬、作りすぎてますよ?」


「はっ! つい、考え事をしてしまいました」


「いえ、いいんですけど。……考え事をしながら作ってもボクと違って高品質で安定って」


「作りすぎた分は、私たちが怪我したときのために取っておきましょう」


「そうだね。……ニーベちゃん、宝石付与でちょくちょく怪我をするからね」


「あれはそう言うものらしいので、仕方がないのです」


「ニーベ様、エリナ様、そろそろ夕食の時間でございます。食堂へ移動をお願いいたします」


「もうそんな時間ですか……行きましょう。エリナちゃん」


「はい、ニーベちゃん」


 エリナちゃんもこの家でのお客様扱いに大分慣れてくれました。


 本人は、住み込みで働きながら錬金術を学ぶつもりだったようです。


 ですが、マオお姉様やコウお父様、ハヅキお母様はそれを許しませんでした。


 住み込みで学ぶ程度の時間では私に並ぶことなどできない、と。


 実際に私の腕前を見たエリナちゃんは、片手間の時間では無理だと理解してくれたみたいで、私の助手兼妹弟子の立場に落ち着きました。


 こっそりマオお姉様が教えてくれたところによると、支度金として先生からお金を預かっているそうで、下働きなんてさせられるものじゃないそうなのですが。


 さて、そんなこんなで夕食になりました。


 今日はマオお姉様も一緒なので家族全員で食事となります。


 マオお姉様は、最近なにかと忙しいらしく、夕食の時間にお帰りにならないことが多いのですよ。


 今日はご一緒できて嬉しいです。


 そして最近の日課は夕食後のお茶の時間に、私たちの進捗具合を報告することです。


「ふむ、それではエリナもそろそろ【魔力操作】をマスターできそうか」


「はい。お時間をいただきましたが、あと数日でいけると思います」


「気にしないで頂戴。ニーベの場合、病気で伏せっていた時間が長くて【魔力操作】を鍛える時間が長かったと言うのもあるから」


「お母様!」


「事実でしょう、ニーベ。それに、次にスヴェイン様たちが来るまであと3週間程度ですわ。課題の進捗はどうですの?」


「はい。まず、薬草栽培ですが、エリナちゃんのおかげで高品質の薬草を毎日採取できるようになりました。でも、最高品質にはまだ届いていません」


「課題の内容は【高品質な薬草の栽培】でしょう? もう達成しているわよ、ニーベ」


「お母様……でも、できれば、ここまで出来たんだって先生を驚かせたいんです!」


「……その気持ちは私にもわかります。付与術はどうですの?」


「付与術も頑張っています。『ライト』でしたら8割くらいは成功するようになりました。でも、残っている素材が危険なものばかりなのでこれ以上はちょっと……」


「危険? スヴェイン様が残していった宝石片はすべて、ただの宝石の欠片のはずです。それが危険とは一体どういう意味ですの?」


「マオお姉様。残っている宝石は、ルビーやエメラルドといった宝石ばかりなのです。ルビーは火属性、エメラルドは風属性なので、付与しても間違えて効果が発動すると危険なものができてしまいます」


「……待て、ニーベ。今、宝石の属性を言わなかったか?」


「【鑑定】スキルのレベルが上がったら、アイテムの持っている属性も鑑定できるようになりました。前に先生がおっしゃっていた通り、鑑定レベル30でアイテムの属性がわかります」


「すごいです、ニーベちゃん! もう【鑑定】スキルのレベルが30になっているんですね!」


「エリナちゃんも、もっといろいろ鑑定しないとだめですよ。魔力をケチって自分が作ったアイテムを鑑定しないとかはいけません」


「……すみません、ニーベちゃん」


「ふむ……そうなると、安全な宝石の追加が必要か。ニーベ、なにがいい?」


「一番いいのは水晶です。光属性が付与できるので『ライト』を付与できます。『ライト』なら、使用人さんも使い捨ての安全な照明道具になって便利です」


「水晶か。それならば簡単に集められそうだな。ちなみに、ルビーとエメラルドにはなにが込められるんだい?」


「ルビーには『イグニッション』、エメラルドには『ウィンド』です。それぞれ、便利だとは思いますが……暴発すると危険です」


「確かに、それは量産するわけにいかないな。水晶は私とマオで集めよう。錬金術はどうだ?」


「はい、現在の進捗ですが課題はだいたいクリアできています。私は高品質の魔力水を安定して作れるようになりました。あとは、最高品質が作れればいいのですが……ちょっと難しいです」


「課題の内容は、【最高品質のものに少しでも近い魔力水を安定して量産できるように】、でしたわね。そこまでできているのでしたら先生からも合格点をいただけるでしょう」


「はい!」


「エリナちゃんはどうですか?」


「私は……すみません、蒸留水の量産はできるようになりました。でも、魔力水は一般品も安定してないです」


「エリナちゃんは【魔力操作】が安定しきっていないので仕方がないです。横で見ていて、水に込められていく魔力のブレがわかります」


「……ニーベの練習を見ているときのスヴェイン様も、今のニーベと同じ気持ちだったのでしょうね」


「ですね……」


「ふむ、これでは余計なお世話だったかも知れぬな……」


「お父様?」


「いや。今日、私の店に高名な錬金術師であられるアトモ様がお見えになってな。私の娘が錬金術師志願なので、少しでも勉強を見てほしいとお願いしたのだ」


「あなた、それで受けてもらえたの?」


「一言二言アドバイスするだけなら、ということで受けていただけた。明日、屋敷に招くことになっている」


「お父様、私たちはそんな必要はないのです!」


「そう言うな。スヴェイン殿の知識や技量を疑っているわけではないが、ほかの錬金術師からアドバイスをもらってみるのも悪くないだろう。ともかく、明日はアトモ様が来るので失礼のないようにな」


「……わかりました」


「……はい」


 エリナちゃんは、先生に出会うまでいろいろな錬金術師に師事して全部だめだったので反発が強いようです。

 ……私もあまり変わらない気もしますが。

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