79.それぞれの旅立ち
「スヴェインさん、アリアさん。昨日は錬金台探しまで手伝っていただきありがとうございました」
「いえいえ、たいした手間じゃありませんよ」
「はい。いい散歩になりました」
森の調査が終わった――正確には5日目である昨日もなにもやってないのですが――翌日の早朝、日が昇りきらないうちから僕とアリアは、リノさんと【アイシクルブロウ】の皆さんを見送りに街門までやってきました。
リノさんの言うとおり、時間の空いた昨日は彼女が村に帰る際に持ち帰る荷物を買いに行きました。
その中で一番探すのに困ったのは錬金台です。
この街の錬金術師ギルドは……なんというか、すごく閉鎖的でして、ギルドの構成員ではないリノさんには錬金台を売ってもらえませんでした。
最悪、僕が普段使っている低位の錬金台を譲ってもよかったのですが、コウさんのネイジー商会に初心者向けの錬金台があったのでことなきを得ましたよ。
本当は不要な容量10倍程度のマジックバッグも差し上げようとしたのですが、さすがにもらいすぎだと断られました。
この程度のマジックバッグであっても金貨数十枚程度はするらしく、貴重品なんだとか。
仕方がないので、時間経過の停止機能のみ付与したバックパックを差し上げることにします。
これはこれで貴重だと【アイシクルブロウ】の皆さんには言われましたが、空間拡張がされてないのならたいした問題でもないそうですね。
ちなみに、こちらは大銀貨数枚で買えるそうです。
「薬草はたっぷりバックパックに入れておきましたし、簡単な治療に関する教本も手書きの写本で悪いのですが入れておきました。あと、これも持っていってください」
「これは……ワンドですか?」
「はい。回復魔法の効果を高めるのと回復魔法に限り消費魔力を軽減する効果があります」
「ぴぇ」
リノさんの口から変な声が漏れました。
大丈夫ですかね?
「そんな大それた杖、いただけません!」
「気にしなくてもいいですよ。その程度の装備でしたらすぐに作れますから。実際、そのワンドも昨日の夜に1時間程度で作ったものです」
「ですが……」
「リノ様、諦めて受け取ってください。スヴェイン様の親切の押し売りは、今に始まったことではありません。おそらくそれ以外の機能もあると思いますが、リノ様の身を守るためだと思いお持ちください」
「アリアさん……わかりました。大事に使わせていただきます」
「ええ、これから大変でしょうが頑張ってください」
「はい、本当にいろいろとありがとうございました」
「ええ。では、リノさんの旅路に幸いがあらんことを」
「リノ様の旅路に導きの星が輝くことを祈っています」
「ありがとうございます。おふたりも、お元気で」
この言葉を最後にリノさんは【アイシクルブロウ】の皆さんが用意した幌馬車に乗り込み、街門を出て行きました。
僕たちふたりも馬車が見えなくなるまで見送ると、きびすを返して『潮彩の歌声』へ戻ります。
最後に朝食を食べたら、イナさんの様子を確認して僕たちも出発です。
**********
「うん、体力的にも声の調子的にも不安はなさそうです」
「はい。今日も素敵な歌声でした」
「ありがとうございます。これもおふたりのおかげですわ」
イナさんの調子はもう心配ないでしょう。
念のため薬は残していきますが、それを使う必要もないと思います。
「おふたりは本当に今日旅立つのですよね……寂しくなります」
「またいずれ泊まりに来ます。……そういえば、この街では風邪は流行らないのですか?」
「風邪……ですか。まれに流行りはしますが、錬金術師ギルドが薬を販売しますので大事にはなりにくいです。少々高いですが」
少々高い、ですか。
こちらでも材料不足でしょうかね?
「それでは、また1カ月後くらいに泊まりに来ます。そのときに風治薬もある程度持って参りますので、お使いください」
「えっ、そこまでしていただかなくても……」
「風邪は喉に悪いですよ。状態保存の容器に入れておきますから、数年は保ちます。備えとして持っていてください」
「わかりましたわ。ありがとうございます」
「いえ。それでは、エルドゥアンさんにあいさつをしてきます」
「あまり無理をなさらずに、イナ様」
「はい。また会える日をお待ちしています」
イナさんへのあいさつが終わったら、今度はエルドゥアンさんにあいさつです。
エルドゥアンさんには冒険者ギルドの動向も調べてもらっていましたのでそれも聞いておきます。
ウリドとかいう手配者と面識があったのは【ハンティングエッジ】を含め、いくつかのパーティだったようです。
彼らを使ってウリドはヴィンドの街の情報を集めようとしていたそうですね。
情報を集めようとし始めた矢先に僕たちを襲うことになり、返り討ちにされたようですが。
マルグリットさんも責任を取って辞職することにはならず、綱紀粛正に努めることになったようです。
エルドゥアンさんには改めてお礼を言われましたが、できることをできる範囲でやっただけなので、と伝えておきます。
部屋の鍵を返却した僕とアリアは街門を出ると、しばらく歩いたところで森の中に入りウィングとユニに合流、そのままラベンダーハウスに帰還します。
さて、ニーベちゃんやエリナちゃんに会うことになる1カ月半後までに付与板は作れますかね?
久しぶりにわくわくしてきましたよ!
**********
「いや、それにしても不思議な連中だったな」
私を故郷の村まで送り届けてくれる【アイシクルブロウ】の皆さんが話し始めました。
「そうね。とてもじゃないけど、年下とは思えなかったわ」
「強さだけで言えばBランク相当かそれ以上だった。魔法や自然に対する知識も深い。特殊採取者とはあれほどでなければなれないのだろう」
「そうだろうよ。話に聞けば、特殊採取者って連中は霊薬の素材を取りに行ったりもするらしい。だから自然環境に関する知識なんてあって当たり前、魔法も効率的に使えなければ魔力枯渇を起こすんだろう」
やっぱりすごい人たちなんですね、スヴェインさんとアリアさん。
錬金術に関する知識なんて、ただの村娘になる私に披露するものでもないですし、ましてや、実際に最低限の傷薬やポーションだけとはいえ作り方を教えてくれるなんて。
あのふたりにとって、私に教えた範疇の知識は見せびらかすものではなく、伝え広めるものだということでしょう。
「ねえ、リノちゃん。最後にあのふたりから杖をもらってたけど、効果はどんなものなの?」
「スヴェインさんから教えてもらった効果は、回復魔法に限った効果上昇と魔力消費減少です。ただ、アリアさんからは、ほかにもなにか機能があるだろうと言われました」
「……その杖、やべえ」
「リノちゃん。その話、今後は一切しちゃだめよ? 私たちも聞かなかったことにするから」
「属性限定とはいえ、効果上昇と魔力消費減少の杖なんて金貨数枚なんて話じゃないからな……」
「いや、回復魔法に効果のある杖だ。ほしい人間にとっては金貨数十枚を積んででもほしがるだろう」
ええぇぇ!?
なんてもの渡してくれるんですか、スヴェインさん!?
絶対に他人に知られちゃいけないものですよ!!
「しかし、魔法効果のある杖にしてはまったくなにも感じないな?」
「そうね。ただの珍しい色をした木製の杖、そうとしか思えないわ」
「色だって、仕上げのニスの色だって言われたらそれまでだしな。使わなきゃただの杖だ」
「使っているところも確認せねばな」
「はい……そうですね」
実際に使った際、どうなるのかを検証すべく馬車を人気のないところに止めて杖を使ってみます。
回復魔法を使うときはとくに問題ありませんでした。
使ったときに体から抜けていく魔力が妙に少なく感じること以外は、ですが。
問題は、単純に杖へと魔力を通したときです。
「めっちゃ光ってるな」
「光っちゃってますね。あと、聖属性の魔力と水属性、土属性の魔力も使える感じがします」
「聖属性は穢れの除去、水と土は耕作用かしら? とことんリノちゃん向けにカスタマイズした杖ね」
「そうなると、バックパックに詰められている品も確認した方がいいのではないか? うかつに宿営地で他人に見せられないものが詰まっている可能性があるぞ?」
「……そうですね。怖いですがそうします」
私はスヴェインさんからいただいた魔物革製のバックパックを開き、中身を確認してます。
中身のほとんどはスヴェインさんが言っていたとおり薬草ですね。
きちんと束にして分けられているあたり、性格が出ています。
薬草をかき分けると、錬金台がありました。
これは事前に購入していたものなので驚きはありません。
ただ、更に奥には本が2冊と小さな革袋があります。
これは一体……?
「どうしたんだ?」
「バックパックの中に本が2冊と小袋が入っていたので……」
「袋の中は金じゃないよな?」
「振っても金属音はしません。ただ、軽いものがぶつかり合う音は聞こえます」
「……先に本を読みましょう。小袋はあとの方がいいと思うわ」
「そうですね。1冊目は……【応急治療と適切な回復魔法の判別】?」
1冊目の内容ですが、タイトル通り怪我をした場合、どのような応急処置が必要か、どんな回復魔法が必要かを事細かに書いています。
私ではまだ使えないレベルの魔法まで書いてありますし、かなり上級者向けの本なのでは……?
「すごいな。軽い毒だけじゃなく、猛毒や石化毒に対する対処法まで書いてある」
「ああ。これだけの本、医療ギルドでも見つかるかどうか……」
「えぇ……」
「申し訳ないけど、旅の途中で写本させてもらえる? これは私たちも知識としてほしいわ」
「はい、どうぞ……」
「ありがとう。医療ギルドに売ったりしないから安心して」
「そうだな。スヴェインたちがこの知識を医療ギルドに渡してないってことは、きっとなにかあるんだろう」
「次、2冊目だな」
「はい。こちらのタイトルは【錬金術を用いた治療法と回復薬の作成方法】です」
こちらの本は、初歩的な錬金術で必要な知識がびっしり書かれていました。
傷薬やポ-ション、毒消し薬、風治薬の作り方、それを使った適切な治療方法などです。
こちらの本も地味に大切な内容のような……。
「こっちの本も大切だよな」
「傷薬や毒消し薬って冒険者はあまり使わないけど、一般人には便利だものね」
「風治薬はどちらにも便利だ。風治草を煎じて飲めばある程度は効くが、やはり錬金術で風治薬にしたほうが効果が高い」
「……あら、後ろの方のページは真っ白ね?」
「そうだな。余ったのか?」
「えっ?」
皆さんが見ているペ-ジには、魔力水の純度を上げる方法が書いてあります。
……私にしか読めていない?
「リノちゃん、ここに何か書いてあるのね?」
「はい。ここには……」
「ストップだ。おそらくこの本にはなにか封印がしてある。リノちゃんにしか読めないのか、それとも別の条件があるのか……」
「どちらにしても、我々が読めない内容は教えない方がいいだろう。村に帰っても秘匿しておけ」
「は、はい!」
そのあとのページも軽く読み進めますが、魔力水のページ以降は私にも真っ白です。
そして、最後のページにその理由が書かれていました。
【この本は必要な錬金術スキルがなければ読むことはできない。また、付属する小袋も必要な錬金術スキルまで到達しなければ開けることができない。興味があるなら精進するように】
「意地悪ねぇ。スヴェインって」
「だが、これだけの薬草と傷薬にポーションの作り方を持ち帰るんだ。リノちゃんは英雄だぜ」
「スヴェインさん、私になにを目指してほしいのでしょうか……」
「治癒士だろう。重傷者には回復魔法では間に合わず、回復薬だけでは基本的に回復量が足りない。それぞれの長短を理解して立派な治癒士になれ」
「……そうですね。ここまでお膳立てされたら、そうするしかないですよね」
数日後には私の故郷の村へと帰り着きました。
お父さんとお母さんには思い切り怒られたけど、無事に帰ってきたことを喜んでくれたみたいです。
更にその数日後、村で空き家になっていた家を整理して治癒院を開設しました。
最初は都会帰りの娘が気まぐれで始めただけと思われていたみたいです。
でも、農作業の途中で怪我をした方や、猟師や自警団の方々を治療するうちに受け入れられました。
数年経った今では、治癒院に薬草を持ってくると傷薬と交換してあげることになっているため、村の子供たちが遊びにいくついでに薬草を探してきてくれています。
……本当は私の家になった治癒院の裏庭に、スヴェインさんの小袋に入っていた薬草の種から育てた薬草が生い茂っているのですけどね?
領主様も薬草の栽培方法を公表して数年経ちますし、いくつかの村では薬草栽培に成功していると聞きます。
私が細々と薬草栽培をしているのを知っているのは家族だけ、村に公表するかどうかはまだ決まってません。
今の目標は、私と同じ【治癒士】系統の職業を手に入れた子供たち数人に私の技術を伝えることです。
いつかは私も所帯を持って子供を産みたいし、その子が治癒院を継いでくれれば一番うれしいですよ。
ですが、子供の将来はその子に決めてもらいたいですし、今育てている子供たちが私の知識をほかの村に持っていってくれても構いません。
今はただ、少しずつ大きくなり始めた村で、治癒士の仕事をこなすだけですね。
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