523.ヴィルジニーの悩み事

聖獣とともに歩む隠者書籍版第2巻の発売を記念して一日二話更新をしばらくの間行います!

これは二話目です。

明日の一話目はいつも通り朝7時10分。

よろしくお願いいたします!


――――――――――――――――――――


「……寝過ごしてしまった」


 ギルドマスターの家に泊めていただき、ギルドマスターの奥様であるアリア様と使用人であるリリス様に今まで胸の中で抱えていたことをすべて話してしまったあと、私はどうやら眠ってしまったみたいです。


 気が付けばもうお昼近く。


 ギルドへは遅刻なんてレベルではありません。


 うう、先輩方にもギルドマスターにもあわせる顔がない……。


「ともかく、一階に降りてリリス様にだけでも謝ろう……」


 さすがに昨日と同じ服はまずいので着替え、一階へと下りるとそこにはリリス様とアリア様、そして第二夫人のユイ様もいらっしゃいました。


 更にあわせる顔がない……。


「ああ、ヴィルジニー様。もう起きてきて大丈夫でしたか?」


「私はアリアたちからの伝聞でしかないけれど……相当つらかったんでしょう? もっと寝てても大丈夫だよ?」


「その、そういうわけには。ギルドのお仕事もありますし」


「それについてはスヴェイン様より伝言があります」


「リリス様?」


「あなたは心の整理がつくまで数日ギルドを休んで構わないと。今まで心細かったのでしょう? 私どもでよければいくらでも相談に乗りますよ」


「でも……そこまで甘えていいのですか?」


「スヴェイン様がお許しになったことです。構いません」


「それに昨日のご様子ではまだまだ心の整理がついていないでしょう。スヴェイン様のご厚意に甘え、ご自身と向き合いなさいな」


「そうそう。私たちもスヴェインの講習会がある日は一日家を空けちゃうけれど、そうじゃない日は誰か彼かいるから相談に乗るよ? 私やアリアはまだ十六歳だけど」


「いえ、相談に乗っていただけるだけでもありたいです。その、家庭がこんなに温かいだなんて想像もしなかったから」


 本当に昨日の夕食は温かかった。


 皆で食べるご飯があんなにおいしいだなんて思ってもみなかったです。


 実家でも一緒に食べていたはずなんだけどな……。


「そう感じると言うことはまだまだ心の整理はついていないのでしょう。今は休むときと考えゆっくり休みなさい。お昼までもう少し時間がありますがどうしますか?」


「あ、ええと。じゃあ、少しだけ話を聞いてもらっていいですか? 昨日の夜もたくさん話した……ような気がするのですが」


「構いませんよ。私も昔はつらい思いをしていましたから」


「アリア様も?」


「幼い頃の話ですわ。それで、なんのお話を伺いましょう」


「それでは、その……ギルド本部に移れてからの話を」


「よろしいですよ。時間の許す限り聞きましょう」


「私も聞きたいな。スヴェインの城に招かれた新人がどんな人か気になるの」


「それでは、あまり面白くないかも知れませんが……」


 私はここでもいろいろと話してしまいました。


 ギルド本部行きを命じられて戸惑ったことやギルド本部前に聖獣様たちがいてその格式の違いに驚かされたこと。


 ギルドマスターに少し指導されただけでそれまでずっと成長していなかったスキルが格段に成長したことなど。


 皆さん、黙ってそれを聞いてくださるだけで……こんな時間も穏やかです。


「……以上です。あの、やっぱり私程度では本部付きは務まらないでしょうか?」


「いえ、十分にスヴェイン様の城にふさわしい人材です」


「そうですわね。常に高みを目指し、上に上に行けるんだという誇りを胸に宿せる者。それこそが『新生コンソール錬金術師ギルド』のギルド本部にはふさわしい」


「それにもう三カ月以上ギルド本部にいるんでしょう? あのギルド本部にいる皆がそれだけいることを認めてくれているんだもの、間違いなくヴィルジニーさんはギルド本部の人間だよ」


「……ありがとうございます。先輩方に何度そう言われても本当にそうなのか不安で堪らなかったものですから」


「ギルド本部の皆さんはお世辞など言いませんよ。スヴェイン様に対してすら平気で接するのです。今はまだ難しいでしょうが、あなたもそれくらいの心構えでないとやっていけませんわ」


「そうでしょうか? 確かに先輩方はギルドマスターにも気軽に接していらっしゃいますが」


「付き合いが長いというのもありますが、スヴェイン様はギルドの風通しが悪くなることをなにより嫌っているのです。あなたは地方出身なので知らないでしょうが、スヴェイン様が改革する前のコンソール錬金術師ギルドは本当に酷いものでしたから」


「そうなんですか?」


「はい。そうなんです」


 アリア様の説明では今の第一期第二位錬金術師の皆さんが見習いだった頃にギルドマスターが一気に改革を行い、腐った錬金術師どもを根こそぎ追い出したそうです。


 そして、立て直したのが今の『新生コンソール錬金術師ギルド』だそうで……現在しか知らない私には想像もできません。


「ただいまなのです」


「ただいま戻りました」


 その後も改革前の錬金術師ギルドの話をしているとニーベ様とエリナ様が家に戻られたようです。


 そういえば錬金術師ギルドに来る時間も不定期ですし、普段はどうなさっているのでしょうか?


「あ、ヴィルジニーさんが起きているのです!」


「大丈夫ですか? 昨日は相当苦しかったようですが」


「はい。おかげさまで胸のつかえもかなり取れてきました。……まだ残っていると言われていますが」


「無理はするものでないのです」


「うん。まあ、ボクたちが言えた義理じゃないんだけど」


「本当ですわ。それで、今日の状況は?」


「まだ三十分もたないのです」


「はい。これではいつになったら本格的な指導に入れるかわかりません」


 指導……ニーベ様とエリナ様はギルド本部以外でも錬金術の指導をしているのでしょうか?


「あの、ニーベ様、エリナ様。指導とはなんのことでしょう?」


「先生から押しつけられた出来の悪い弟子です」


「賢者を目指してこの春にコンソールへ乗り込んできたんですが……いまだに基本五属性をなんとか習得できた程度で」


「え? 賢者? それって魔法職では?」


「ああ、ヴィルジニーさんは知らないのですね」


「ボクたち魔法も鍛えているんです。今なら……どれくらいの魔法まで使えるんでしょうか?」


「火属性なら『フレアキャノン』まで使えますよ。普段は使わせていませんでしたが、下位竜を相手にすることを想定してそろそろ鍛え始めましょうか」


「下位竜相手とか想定が怖すぎるのです、アリア先生」


「そうです。それ、ワイバーンとかの比じゃないですよね?」


「今のあなた方なら下位竜ごとき目じゃないということですよ。さすがに上位竜になると危険度が跳ね上がるので無理ですが」


「アリア先生、いつも想定が怖すぎるのです」


「ボクたちもっと穏やかな相手を想定してほしいです」


「あなた方が育ちすぎたのが問題なのですわ。まったく、『道歩む者』になって以降今まで以上に歯止めが効かない」


「自分が成長するのが楽しいのです」


「そればっかりは止まれません」


「だからこそ想定する相手が物騒になっていくのを自覚なさいな。……そして、ヴィルジニー様。話についてこられているでしょうか?」


 はっ!


 いけない、目の前の会話が信じられなくて!?


「あ、あの。おふたりは錬金術師ではなかったのですか?」


「ボクは『錬金術師』でした」


「私は『魔術士』だったのです」


「え、『魔術士』なのに錬金術?」


「頑張ればどうとでもなったのですよ」


「ボクも魔法の修行を頑張りました。そのおかげでニーベちゃんに遅れることなくついていけました」


 すごい……。


 適正職業じゃないのにあんな高みまでたどり着けるだなんて!


「ヴィルジニーさん、職業がどうのなんて頑張ればどうとでもなるのです」


「はい。ボクとニーベちゃんはある程度適性があっていたので多少の努力同士で埋まりました。でも、それがなかったとしても先生みたいに霊薬や神薬を目指さない限りはなんです」


「……そうですよね。おふたりのこと、見くびっていたのかも知れません。お許しください」


「構わないのですよ」


「多分、錬金術師ギルドでもボクたちがどの程度の魔法が使えるかなんて知っている人はほとんどいないはずですし」


「さて、ニーベ様とエリナ様もお戻りになりましたし昼食です。ヴィルジニー様も無理のない範囲で召し上がってください」


「はい。ありがとうございます」


 このあと食べさせていただいた昼食もとても温かかったです。


 お父さんが来るって知ってから私の心は冷えきってしまっていたのかも。

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