109.カーバンクル用の服とふたりのローブ

 ふたりがカーバンクルのと契約を終えた日、お風呂から上がり朝食を食べ終わったあと、ふたりとも夜まで起きてきませんでした。


 考えていたとおり、ふたりには厳しい試練でしたね。


 そんなふたりも夜には回復して、カーバンクルと楽しくじゃれあっていますね。


 うんうん、仲よさげで結構。


「しかし、本当に伝説の聖獣とニーベが契約していますのね……」


「ええ。錬金術師ともなれば、いろいろと物騒なことも増えます。守りを固めるのは悪くないでしょう」


「聖獣を護衛扱いか……」


「聖獣たちはあまり気にしませんよ。自分たちの気持ちがいい環境にいれば、それだけで満足してくれます」


「そんなものですのね」


「ええ。基本的に聖獣は契約者の魔力で十分に活動できますが、それとは別に食料を与えると喜びますよ。なにが好みかは聖獣によって異なりますが」


「先生! カーバンクルの好物ってなんですか!?」


「そうですねぇ。基本的には果物系です。細かくなにが好きかは個体差があるので、いろいろ試してあげてください」


「はい!」


「なにが好みなのでしょう、この子は」


「うふふ。いろいろ試してあげてください。基本的に、あまり高価な食べ物であることはありません」


「わかりました。でも、市とかにこの子たちを連れていくわけにはいかないですよね?」


「基本的にはやめておいた方がいいでしょう。僕たちのように、常に服の中に隠しているとかなら別ですが」


「それってこの子たちは窮屈ではないのですか?」


「さぁ……? 普段からどこかに出かけようとすると当たり前のように潜り込んできますし、本当に息苦しかったら結界で服を押し広げるなりなんなりするでしょう。聖獣の中でもカーバンクルは喋ることができない聖獣ですので、難しい質問です」


「なるほど。ガーネット、私の服の中に入れますか?」


「キュイ?」


「……ダメですか」


「ニーベちゃんの服装はドレスなので襟や袖口、腰を絞り上げていますわ。それでは服に潜り込むなんてできませんよ?」


「ああっ! そういえばそうでした! どうしましょう、服はこういう服しかもっていません!」


「先生たちの服って裾や袖、襟が緩いですよね。やっぱりカーバンクルが出入りしやすいようにですか?」


「それもあります。ほかにも理由はありますが、それは今語るべきではないでしょう」


「わかりました。うーん、でも先生たちのような服を作るには仕立屋に頼まなければいけないですよね」


 そういえばそうかもしれません。


 僕たちの服は自家生産なので気にしてませんでした。


 でも、一般的な街では服は古着屋などで購入するものですよね。


「ふむ。ならば、カーバンクルたちが出入りしやすいような服を作れば良いではないか?」


「お父様?」


「コウさん、そんな簡単に言われても……」


「ふたりとも、ポーションの売り上げは金貨十枚以上あるのだろう? 必要と感じるものは揃えるべきだ」


「そうですね。できれば燃えたり溶けたりしにくい素材の方が良いのですが、そこまで求めなくとも今はいいでしょう」


「先生まで。本当に使っちゃってもいいんですか?」


「構いませんよ、ニーベちゃん。これから外を出歩くとき、ガーネットも一緒に連れ歩いてもらわなければ困ります。そのためにもカモフラージュ用の服は用意しましょう」


「そうですわね。エリナちゃんも服を仕立ててもらってください」


「はい、アリア先生」


「そうと決まれば、明日にでも服飾師を呼んでサイズを測ってもらおう。デザインはどうすればよいだろうか?」


「必要でしたら僕とアリアの服を一着ずつ見本として置いていきます。デザインはそれを見て検討してもらうといいでしょう」


「わかった。それと、あとはローブだな」


「ローブですか。この国では錬金術師のローブにルールはありますか?」


「あるにはある。国の、正確には錬金術師ギルド所属の錬金術師は最高位を紫地の金刺繍として、そこから何段階も細かく分けられている」


「そうですか。僕のような旅の錬金術師には関係ないのですがね」


「確かにな。ただ、ニーベとエリナはそうもいかないだろう。錬金術師ギルドがどう絡んでくるかもわからない。ローブの発注は待った方がいいか」


「すみません、ふたりのローブですが僕が作ってもよろしいでしょうか?」


「スヴェイン殿が? 構わないが、色はどうするのだ?」


「ニーベちゃんには澄み切った空の色を、エリナちゃんには深海の色を与えたいと思います」


「……ふむ。どちらも青系か。青は錬金術師ギルドの系統になかったはずだな」


「そうなのですね」


「確か見習いがネズミ色、独り立ちして白、そのあと階級が上がるごとにオレンジから赤に変わっていき、最後は紫になるはずだ」


「ふむ、そのあたりも興味深いです。今は調べるつもりもありませんが」


「そうか。それで、ローブはいつ作るのだ?」


「今晩中には作って明日の朝、ふたりに渡したいと考えています。……その程度の夜更かしは許してもらえますよね、アリア?」


「仕方がありません。ですが、私もそばで見守らせていただきます」


「はっはっは! 形無しだな、スヴェイン殿」


「仕方がないです。いろいろと前科がありますので。作業場所としてふたりのアトリエを使いたいのですが、構わないでしょうか?」


「はい! 大丈夫です!」


「ボクも問題ありません。でも、アトリエで作るんですか?」


「武具錬成で作るんですよ。ふたりはまだ魔力が完全回復していないはずですから、見学禁止です」


「うう、見たかったです」


「ボクもです。どうやって自分のローブができるのか気になります」


「錬金術を極めていけば武具錬成も教えることになりますよ。ともかく、あなたたちはあと三年あまりの時間を使い『魔導錬金術師』になることだけを目指してください」


「はい! 頑張ります!」


「ボクもです!」


「大変結構。では、そろそろ寝ましょうか。寝る前にカーバンクルたちに魔力を分けてあげてください。カーバンクルにとって、契約者の魔力はなによりの成長材料ですからね」


「成長するとどんなことが出来るようになるんですか?」


「出来ることはあまり変わりません。ですが、結界がより繊細に張れるようになったり、強靱になったりします」


「それは楽しみです! ガーネット、早速寝ましょう!」


「アメシストも、一緒に寝よう」


 ふたりはその場を辞すと、すぐに寝室へと向かったようです。


 カーバンクルたちの成長が楽しみで仕方がないようですね。


「……しかし、本当に聖獣カーバンクルと私の娘が契約することになるとはな」


「おふたりはこうなることを見越していらっしゃったのですか?」


「はい、ハヅキさん。少なくとも、今回の訪問中には渡せるだろうと感じていました」


「私も同じ意見です。そろそろ魔法の授業も始めますが、危険性を考えればカーバンクルにはいてもらいたいですね」


「おふたりとも、カーバンクルの卵をどこで?」


「それは秘密ですよ、マオさん。容易に手を出せない場所とは言え、知られていない聖獣たちの住処を教えるわけには参りません」


「そうですわね。不躾な質問、申し訳ありませんわ」


「いえいえ、お気になさらず。カーバンクルはああ見えて敵対者には凶暴です。うかつにテリトリーに侵入すると侵入した人が危ないのですよ」


 いつの間にかプレーリーたちがもってきていた、なんて言えませんからね。


 適当にカバーストーリーを作りごまかしましょう。


「しかし、それをスヴェイン殿とアリア嬢は取ってきてくれたわけだな」


「僕たちのカーバンクルを通じて事情を話してもらいました。そうすると、すぐに卵をふたつ渡してくれましたよ」


「そうか。侵入者には厳しいが、同族やその主人には優しい、ということか?」


「といいますか、悪意の無い人には穏やかな種族です。カーバンクルの卵を盗み去ろうなんて人は基本的に悪意の塊ですからね」


 ふう、大体こんな感じでしょうか。


 カーバンクルの縄張り意識が強いのは本当ですからね。


 嘘はついてませんよ、嘘は。


「それもそうだな。……さて、これから錬金術の作業があるスヴェイン殿たちをあまり引き留めるのも悪い。今日はこれで解散しようか」


「はい。それではおやすみなさいませ」


「皆様、おやすみなさい」


 各々、自分の寝室に戻っていく姿を見送り、僕とアリアはニーベちゃんたちのアトリエへ移動します。


 それでは、武具錬成を始めましょうか。


「ふぅ、やっぱり素材はドラゴンレザーですか」


「アリアのローブに使っているエンシェントホーリードラゴンのものではありませんよ。もっと下位のカラードラゴンのものです」


「どちらだって一緒ですわ。一般冒険者からすれば垂涎の一品ですよ?」


「弟子の安全には変えられません。……本当はエンシェントホーリードラゴンの方が大量にあるのですがね」


「さすがにいきなりエンシェントホーリードラゴンは与えすぎです」


「それがわかっているからカラードラゴンのものなんです。エンシェントホーリードラゴンのものは……ミドルポーションが高品質安定するようになったら贈りましょう」


「それって、一年先くらいですよね?」


「それくらいの間に育ってもらわねば間に合いませんからね」


 そんな物騒な会話も交わしつつ、ふたり用のローブを仕上げます。


 翌朝、なにも知らないふたりは大喜びで受け取ってくれました。


 その純粋さは失ってほしくないですね。

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