110.再び冒険者ギルドへ

「というわけで、それがあなたたちのローブです」


 ローブを作った翌日、僕は弟子ふたりそれぞれにローブを渡しました。


 それぞれのローブにちょっとした細工も込めて。


「あの、先生。背中の部分にカーバンクルの模様が描かれているのは?」


「あなたたちの身分証みたいなものですよ。まあ、あまり意味はありませんが」


「でも、こんな刺繍みたいな飾りを入れて怒られないでしょうか」


「コウさんにも確認済みです。金細工は問題だが銀色などの細工はしても問題ないとのことです」


「ですが、これだと、一発でボクたちがカーバンクル印のポーションを作っているとばれますよね……」


「エリナちゃんは心配しすぎです! この紋章に負けないよう、しっかりとお仕事をこなせばいいんです!」


「ニーベちゃん……うん、そうだね!」


 ふむ、ふたりとも前向きになれたようで結構結構。


 自分の背負った看板に押しつぶされないか少し不安だったのですが、杞憂でしたね。


 さて、それでは今日の作業を指示しておきますか。


「今日ですが、僕はティショウさんに呼ばれているので、アリアと一緒に出かけてきます。なので、今日行う作業は先に指示しておきます」


「はい! なんでも任せてください!」


「ニーベちゃん、なんでもはちょっと」


「そんなに難しい課題は出しません。最高品質の魔力水を安定して作れるようになってください。そのあとは付与術の練習をするなり、マジックポーションなどを作るなりお任せします」


「あれ、それだけですか?」


「最高品質の魔力水が安定して作れれば、ほかの作業もはかどります。なので、まずはそれを最優先課題とします」


「はい!」


「わかりました」


「結構。服作りもありますし、無理をしない範囲でポーションも作らなければダメですよ。収入と支出のバランスを考えるのも錬金術師の仕事です」


「わかりました!」


「任せてください」


「よろしい。では、僕たちはそろそろ冒険者ギルドに向かいます。無理をして倒れないように注意するのですよ」


 ふたりに軽く釘を刺し、僕たちは冒険者ギルドへ出発です。


 途中、ネイジー商会の前を通り抜けましたが、僕が来た当日のような大混乱はありませんでした。


 ですが、やはり風治薬をを求めてたくさんの人が詰めかけています。


 これは予想よりも早く次の一手を打つべきでしょうか。


 風邪の対処法を考えながら歩いていると、すぐにギルド前へとたどり着いていました。


 思った以上に距離は短かったようです。


「スヴェイン様? 早くギルドに入りましょう?」


「はい。そうしましょう」


 難しい考えは一度リフレッシュしてティショウさんとの会談に臨みましょう。


 ギルドの入り口を越えると、今日も何人かの冒険者さんたちが中にいました。


 その中に、僕たちの姿を見かけるとこちらにやってくる方がいます。


 確かあの方は……この前に冒険者ギルドに来たとき弟子たちのポーションを真っ先に飲んでくれた方ですね。


「よう、あのときは世話になった」


「いえいえ。こちらこそ、弟子のポーションを飲んでいただきありがとうございます」


「今、冒険者ギルドで話題になっている〝カーバンクル印のポーション〟はお前の弟子たちのものだろう?」


「はい。ほかの勉強もあるので少量生産となっていますが、細々と売らせていただいています」


「いや。あれには皆助かっている。今まで味は我慢して飲んでいたポーションだったが、その常識を覆してくれたからな」


「それほどでもないですよ。むしろ、ポーションに雑味が残るのは魔力水がうまく作れていない証拠です。そこをなんとかしていただきたいものですね」


「俺にはどうにもならないな。それで、今後もマジックポーションがメインになるのか?」


「うーん、ミストさんからはそういうオーダーなんですよ。現場としては普通のポーションも欲しいですよね」


「まあな。だが、上からの指示を無視もできないだろう。それにマジックポーションの供給量が増えたおかげで魔術師系の連中は本当に助かっているからな」


「それは良かった。ですが、ポーションが少ないというのも心許ないでしょう。帰ったらそちらも増産できないか相談してみます」


「助かる。ちなみに、品質は高品質がメインなのか?」


「今の腕前ですと高品質ポーションがメインですね。最高品質にはもう少し時間がかかります」


「いや、そうじゃなく。一般品質のポーションももっと卸してほしいんだ」


「高品質でなくて、ですか?」


「ああ。高品質ポーションはやはり売値が高い。駆け出し連中には数を揃えにくいんだ。一般品ポーションなら多少高くても数を買えるからな」


「ふむ……」


 困りましたね、一般品ポーションですか。


 弟子たちに今必要なのは高品質を目指すことです。


 それに加えて、一定品質での安定生産ともなるとちょっと難しいです。


 ここはあまり色よい返事が出来ないですね。


「申し訳ありません。今の教育状況は、一般品を生産するよりも高品質を安定させることを優先させているのです。作れる範囲で最高品質のポーションを量産となればある程度できるでしょうが、一定品質で量産となるとまだそこまでの技術を仕込むことは……」


「そうか、できないなら仕方がないな。無理を言ってすまなかった」


「いえ。こちらでも対策を考えますのでしばしお待ちを」


「そうしてもらえるなら気長に待つよ。それじゃあ、弟子ふたりに頑張ってくれと伝えてもらいたい」


「わかりました。あのふたりも喜ぶでしょう」


 うーむ、一般品の大量生産ですか。


 よくよく考えてみれば、需要が一番多いのは一般品ポーションですよね。


 かと言って、弟子たちに大量生産させるのはあまり良くないですし。


 ちょっとティショウさんとお話です。


 さて、途中で立ち話をしてしまいましたが、ギルドの受付で名前と用件を告げるとすぐにギルドマスタールームに通してくれました。


 来るのがちょっと遅かったかもしれませんね。


「おう、待ってたぜ。スヴェイン、アリア」


「お待たせしました。ティショウさん、ミストさん」


「申し訳ありません」


「いえいえ。時間を特に決めていなかったので仕方がありませんわ」


「それじゃあ、いろいろ話をしたいんだが。まずは【ブレイブオーダー】に武器を作ったのはお前らだよな?」


「はい。僕が武具錬成で作りました」


「やっぱりか。この間、一パーティでビッグフットなんて大物を仕留めてきて話題になっていたぞ」


「そうですか。無理をしなければ良いのですが」


「無理はしてないみたいだから安心しろ。むしろ、今は武器に振り回されているようで怖いそうだ」


「まあ、要求仕様が高かったですからね。知り合い価格で安く売りましたが本来ならひとりあたり白金貨六十枚くらいほしいところです」


「そんなにぼるのかよ」


「主な材料が純オリハルコンですからねぇ。僕は自力で採掘してますからお安くできますけど、【ブレイブオーダー】の皆さんに作った武器はどれもインゴット五本以上使っています。普通なら素材代だけで赤字ですよ?」


「たまんないな。それで、あれに準拠した武器を俺たちにも作ってもらいたい。出来れば【ブレイブオーダー】よりも派手で強い武器が望ましい」


「ギルドマスターというのも大変ですね。僕のほうは構いません。素材は基本的にオリハルコンとメテオライト、ミスリル、ガルヴォルンです。必要ならば添加物を加えて更に強度やエンチャント枠、魔法容量を増します」


「強度とエンチャント枠はわかる。魔法容量というのは?」


「組み込む魔宝石の性能です。【ブレイブオーダー】の皆さんは『フェアリーキュア』と『シルフィードステップ』になにかひとつを加えただけでした。なので、添加物は加えていません。ですが、それ以上のものを求めるとなると添加物が必要です。そして、その添加物がお高いです」


「魔宝石って言うのはこの前に返したあれだよな。添加物は例えばなんになる?」


「最低線がカラードラゴンの心臓ですね。でも、これを加えてもあまり容量は増えないのでおすすめしません。なお、添加物代は白金貨二枚です」


「……普通にカラードラゴンの心臓を買い取るより安いんだが?」


「僕たちは魔石集めで数十匹倒してますからね。素材もだぶついているんですよ」


「そうか。それじゃあ、実効性のある添加物になるとなんになる?」


「うーん。わかりやすく差が出るのはエンシェントドラゴン素材あたりからですね。エンチャント枠が五つ以上増えますし、魔法容量も普通の二倍以上になります」


「……エンシェントドラゴンの名前が簡単に出てくることにめまいを覚えた。それで、素材を入れるならいくらだ?」


「一番安い皮で白金貨十五枚ほどでしょうか。皮でもエンチャント枠六個追加、魔法容量二倍のお買い得品になります」


「白金貨が飛び交う取引って時点で更にめまいがするぜ。ちなみに付けられるエンチャントと魔法の一覧のようなものはあるか?」


「エンチャントの一覧はあります。魔法は……レベル五十以下で指定していただければ可能不可能をお教えします。ただ、強力な魔法ほど魔宝石代がうなぎ登りになるのでご注意を」


「とにかく、物騒なものだってのはわかった。エンチャントの一覧をみせてくれ」


「はい。これになります」


「……初っぱなから【金剛力】だの【斬影剣】だのが並んでいるあたり、本気でやべぇな」


「そのあたりが序の口と言うことです。後ろのページになるとエンチャント枠を複数使ったり、高価な触媒を必要とするものになります」


「……【金剛力】も【斬影剣】もこの国では上級エンチャントに分類されるのはご存じで?」


「はい、ミストさん。この前、聞きました」


「それを『序の口』というのは、本当に恐ろしいレベルですのね」


「ええ、まあ。こういう具合なので、うかつに国や組織に属することが出来ないのですよ」


「だろうな。仕様を固めるためにいろいろ考えたい。エンチャント一覧は預かってもいいか?」


「ええ、どうぞ。ただ、他人には見せないでくださいね?」


「他人が見て信じるかよ」


「スヴェイン様、もう一冊エンチャント一覧はありますか?」


「ありますよ。念のため写本魔法で何冊か作りましたから」


「それを私もお預かりしてよろしいでしょうか?」


「構いません。どうぞ」


「ありがとうございます。私もティショウも蓄えは十二分にありますので、そちらのご心配はなさらずに」


「はい。では、この件はこれくらいでしょうか」


「ああ、そろそろ本題に入るとしよう」


 ここからが本命の打ち合わせです。


 気合いを入れて臨みましょう。

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