1023. 魔術師ギルドに向けた私塾

「正直、僕は賛同しかねます。魔術師ギルドを目指させるなら、もっと生活に余裕ができてからの方がよいでしょう」


 正直、そこまでして魔術師ギルドに入る理由がないんですよね。

 あそこは最先端の技術を研究しているギルドではありますが、それだけなんです。

 そのような環境に、生活面で余裕がない人を入れるのはちょっと。


「珍しく慎重だな。なにか理由でもあるのかね?」


「はい。まず、魔術師ギルドに入るための膨大な知識と技術は、それを習得するために多大な時間を費やします。私塾でカバーできる範囲ではなく、帰ったあとも働く暇なく自主訓練をする必要があるでしょう」


「まあ、それはそうだな」


「それから、魔術師ギルドに所属したあとも、知識と技術を磨き続ける必要があります。僕も魔術師ギルドの何人かからしか聞いていませんが、魔術師ギルドの構成員は家事をする時間もないとか」


「な、なるほど」


「そのために、家事を代行で行ってくれる人を雇わなければなりません。それでいて、魔術師ギルドの収入は評議会のギルド内でいえば平均以上ですが、飛び抜けているわけではありません。魔術師ギルドマスターからは、研究の内容と成果を基準に年俸を出していると聞きました。つまり、最初の一年は最低ランクの金額だと思います」


「む、むう。確かに、魔術師ギルドが極端に高給取りだとは聞いたことがないな」


「いまのコンソールで一番成果を出せるのは僕の錬金術士ギルドでしょう。どちらにせよ、生活が困窮している者を生活に余裕があることが前提の人間が所属するギルドに送り込むのは反対です」


 僕も魔術師ギルドとはあまり縁が深くないのですが、その薄い繋がりからでも食事と睡眠以外の時間はほとんど研究に使っているギルド員がほとんどだと聞きます。

 それくらいの知識欲と研究に対する熱心さがないとやっていけないところらしいんですよ。

 なので、結婚などを理由にギルドを辞めるギルド員も多いのだとか。

 家庭とギルドの両立が難しいことは自分が一番理解しているということですね。

 ちなみに、魔術師ギルドを辞めたギルド員の多くは魔道具工房の主になるんだとか。

 研究していた内容によって得意な魔道具も変わってくるので、工房の数が増えても内容までは重ならないそうですね。

 ともかく、いまの新市街住人にはそこまでの生活基盤がない以上、魔術師ギルドを目指させることは反対です。


「ふぅむ。なるほど。魔術師ギルドとはそこまで熱心だったのだな」


「そうらしいですよ。僕が教えたこともなんとかついてきていますし、誇張表現ではないでしょう」


「わかった。しかし、ギルド評議会として新市街活性化の策の一環で私塾は行いたい。どのような内容がいいと思う?」


「そうですね。子ども向けの読み書き算数教室はもうやっていますし、大人向けにも似たようなことをやりましょうか。新市街は農村出身で文字が読めない人も多いみたいですし」


「それだけでよいのか?」


「日替わりでもっと高度な教育も行いましょう。医療ギルドでしたら救命措置、冒険者ギルドでしたら簡単な護身術、商業ギルドでしたら適切なお金の取扱など」


「そのあたりからはじめるのが一番か」


「急に難しいことを始めても仕方がありません。簡単なことから少しずつ手を取り合って進んでいきましょう」


 まだ、旧市街と新市街の間でわだかまりは残っています。

 こちらをなんとかしないと、その先にある高度な支援は受け入れていただけないでしょう。

 本当に簡単なところから、ですね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る