683.滞在十日目:シュミット最後の夜

「ふむ。シュミットの流れ、そこまで気に入ってもらえたか」


 公王邸に戻り夕食前、今日の観光内容を報告していたところお父様が食いついたのはサリナさんの話でした。


 弟子が師匠に誓ったことを破るとまで言い出したのですから無理もないですか。


「はい。どうしても姉のドレスを作りたくなりました」


「私からも魔法布程度援助したいが……ユイが許さないだろうな」


「公王様といえども認められません。これは師匠と弟子の問題。弟子が最初の誓いを破ると言い出したのです。私が出した条件を満たせなければ問答無用で破門、これは譲りません」


「だろうな。なので手出ししない。頑張ってもらいたい」


「無論でございます。お気持ち感謝いたします」


「よろしい。さて、最後の夕食、少々豪華にさせてもらった。存分に味わって帰ってくれ」


 お父様も今日は大盤振る舞いですね。


 お母様の仕込みかもしれませんが。


 それにしても本当においしいです。


 懐かしい味なのに初めて食べる気もしますが、これは一体?


「今日の夕食どうだったかな? シュミット各地から取り寄せた食材だけではなくエヴァンソンやコンソール、シュベルトマンなどから取り寄せた食材と技法も使ったのだが」


「なるほど、それで懐かしいのに初めて食べる味」


「スヴェインたちにはそうだろう。シュミットもまた進化しているのだ。それを知らしめたくてな」


「恐れ入りました。シュミット公国との会談に臨んでくれる国も現れるようになってくれたと聞きますし、この国もまだまだ安泰でしょう」


「当然だ。私が知らない程昔から独立できるように備えていたのがシュミットだぞ? グッドリッジ王国が健在でまともだったからこそ独立しないでいただけ。多少のことで国の基盤が揺らいでたまるか」


「それでしたら早々に『総合学習』をどうするか決めてください。あれでは不安が募ります」


「う、うむ」


 僕からの言葉で黙り込んでしまったお父様の代わりに話しかけてきたのはお母様です。


「アンドレイ様には私から言い聞かせます。スヴェインこそ『学園国家』の実質的な王になるのでしょう? あなたには帝王学や治政、貴族教育、経済学などを学ばせていません。大丈夫なのでしょうね?」


「大丈夫ですよ、お母様。僕ひとりではどうにもなりませんが皆がいます。一応、僕も勉強を始めていますから安心してください」


「あなたの一応は安心できません。なんでしたら一年間だけでもシュミットに戻ってそういった勉強を行っていっても構いませんよ。あなたでしたら一年で十分に学びきれるでしょう」


「最終手段として考えておきます。ただ、それを頼るつもりはありません。僕も最初は不本意だったとは言えいまは城をひとつ任されている身、やることは全体の舵取りくらいしか残っていませんがそれでもまだ放り出せませんからね」


「そうですか。では、最終手段として頭の片隅にとどめておきなさい。なるべく頼らないですむように」


「ありがとうございます、お母様」


 お母様からの話が終わったあとはディーンから話しかけられました。


 あと、ディーンの元に嫁ぐことが決まったフランカからも。


「兄上、帰ってからも修行の手は抜くんじゃないぞ。来年帰ってきたときはがしたいからな」


「それ、魔法ありですよね? 剣だけならともかく魔法ありでディーンに負けるのは……あまり悔しくないかも。僕は神級職と言えど生産系職業ですから」


「よく言う。対軍魔法を平然と使うくせに」


「その程度が出来ないと『魔境』は出入りできませんよ。聖獣の護衛を伴ってなお」


「そうか。ともかく来年は初日から俺もいる予定だ。本気の手合わせ、七年……いや、来年だから八年ぶりか。やってみようぜ」


「わかりました。ただ無理はしませんよ? 僕だっていろいろあるんですから」


「わかってるよ」


「……あの、スヴェインお義兄様ともうお呼びしてよろしいでしょうか?」


「構いませんよ、フランカ。なにかありますか?」


「お義兄様から見て私はシュミット公王家の人間にふさわしくなれるでしょうか? 今更ながらそれが心配で」


「心配ならお母様に相談してください。きっちり指導してくれますから。僕に言わせればもう既にふさわしい人間です。でも、『剣聖』にまで上り詰めたあなたです、言葉だけでは満足できないでしょう? 鍛えられていく中で自信をつけなさい。それがもっともわかりやすいでしょう」


「はい! 来年の夏には結婚式も行います! お義兄様も祝福してください!!」


「楽しみにしています。今後は無理しないように。義兄からの忠告です」


「はい……身にしみて理解しております」


「よろしい。結婚も決まっているのですからお転婆が過ぎないように」


 フランカには釘も刺しましたしお母様の監督下なら無理もさせないでしょう。


 最後は……またコンソールで会うことになりますがシャルでしょうか。


「シャル、僕の方が一足先にコンソールへと戻りますが確認しておくことはありますか?」


「出来の悪い補佐の仕事状況を確認しておいてください。少しなら指導も認めます」


「シャル、あなたもう少しオルドに優しくしてあげなさい」


「オルドの出来が悪いからいけないんです。まったく、半年以上経っても書類仕事が苦手なんですから」


「まあ、そこは否めませんが……とりあえず様子を確認して少し指導もしておきますよ」


「それでもダメなら指輪を叩きつけます。それも入念に告げておいてください」


「わかりました。ちなみにシャルがコンソールに戻るのはいつ頃ですか?」


「月が変わって少し経ったくらいでしょう。お兄様が帰ったあとでも十日くらいは余裕があるのです。それくらいはこなしておいていただかねば」


「厳しいですね」


「当然」


「そう言えば、今年は各講師陣からの不満は出ていませんか?」


「出ていると言えば出ていますし出ていないと言えば出ていません」


「どういう意味です?」


「お兄様がばらまいたセティ様の本、あれを読む権利を早く手に入れたいそうです。各ギルドマスターからは『読んでも構わない』と許可が出ているそうですが講師の誇りがそれを許さないと。お兄様が認める〝結果〟、それに全員が頭を悩ませていますよ」


「セティ師匠の本が揃っているのです。それくらいしていただかないと。それでシャル、相談なのですが」


「〝結果〟を出した講師を『学園国家』の講師に招きたいのでしょう? 私は認めます。あとはコンソールの各ギルドと調整してください」


「話が早くて助かります。帰ったら各講師に気合いを入れに行きましょうか。おみやげを持って」


「そうしてあげてください。まったく、やはりお兄様がシュミットを継ぐべきでした。そうすれば、私もこんなに頭を悩ませることもなく魔法や錬金術の研究が出来たのに……」


「シャルもやっていたんじゃないですか、研究」


「コンソールに渡って忙しくなったあとは停滞していますけどね? お兄様、ハイマジックポーションのヒントをいただけませんか? コンソールに戻ったら」


「……アリアから魔法の研究を教えてもらうべきでしょう? 『賢者』なんですから」


「シュミットでは『職業』など指標です」


「まったくこの妹は口が減らない」


「お兄様に似ただけですよ」


「……そう言えば口調もそっくりですね」


「そっくりです」


 意外なところ……今更なところに気が付いてしまいました。


 お父様やお母様、ディーンにアリアやリリスはクスクス笑うだけですし……。


 僕たち兄妹ってそこまで似ていますか。


 ともかくシュミット公国滞在最後の夜もこうして更けて行きました。


 明日はコンソールに帰国、短かった帰省です。

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