564.〝賢人〟たちの進む道
第二位錬金術師たちに意思を確認した翌日、ハービーには僕の書いた霊力水の教本を見ていただきながらまずは自習とさせていただきました。
もうひとつ、意思を確認しなければいけない方々がいらっしゃいますからね。
「スヴェイン殿、我らを一堂に会しての相談とは珍しい。いえ、今までにありませんでしたな」
「そうだな。各ギルドとも俺たちは今日休みだっていうし……なんだってんだ?」
「まあまあ、そう焦らずに。これからゆっくり説明しますから」
この場に集めたのはアトモさんとそのお仲間の一門全員、それからマーガレット共和国から引き抜いてきた『聖』の皆さんにウィル君です。
全員、一昨年の秋、僕が集めてきたというつながりしかありません。
さすがに人数が多くなってしまったので空きアトリエというわけにいかず、講堂を利用して車座になって座っていただいていますが……。
「さて、皆さんの共通点ですが、僕が二年前の秋にアトモさんのお知り合い、またはマーガレット共和国から集めて来た方々ばかりです。それを認識しておいてください」
「ああ、そいつは腑抜けの『聖』ども以外知ってるぜ。俺とアルフレッドはアトモのおっさんのお仲間たちに呼ばれて宴に何回も出席しているからな」
「おや、そうでしたか。なら話が早い。僕が皆さんを集めたのにはある目的がありました」
「目的……でございますか?」
「はい。ビクトリアさん、目的です。皆さんはこの地域一帯をシュベルトマン侯爵から僕がいただいていることはご存じですか?」
「街で暮らしているアタイらは知ってるな」
「すまぬ、スヴェイン殿。私たちは初耳だ」
「マーガレット共和国の皆さんは知らなくても仕方がありませんか。あまり街へも出してもらえないでしょうし」
「……その通りだから反論できねえ」
「まあ、ともかく。この地域一帯は旧国家の時点からシュベルトマン侯爵の直轄領でした。それを僕は薬草栽培の知識を売ることで分割割譲していただいたのですよ。あちらが高く買い取ってくれたため、ものすごい面積になりましたけどね」
「壮大な話ですわ」
「元々の要求はもっと狭い範囲だったんですよ。それをあちらのご厚意で高く買い取ってくださっただけです」
「なるほど。それと儂らが一堂に会したこと、どのようなつながりが?」
「本来要求していた土地はコンソールの第一街壁内、つまり交易都市コンソールと同規模の都市を造れる規模の土地。そこに僕は新たな都市を造る野望を持っています。まあ、もう既に開始まで秒読み段階なのですが」
「スヴェイン様の野望。新たな都市造り。一体どんな都市をお作りになるんだい?」
「僕の造る都市。それは学園都市です。そこでは職業の上位下位関係なく学びたいことを学びたいだけ学べるそんな都市を目指しています」
「……そりゃすごい。そんなのができたら『職業優位論』なんてすべて吹き飛んじまう」
「そうだな。そんな都市造り、シュベルトマン侯爵はともかく、それ以外の国家群が見過ごさないのでは?」
そう考えるでしょうね。
そこは僕の秘密と一緒に明かしてしまいましょう。
「この竜宝国家コンソールの守りについている竜たち、ほとんどが僕の契約聖獣であることはご存じですか?」
「そいつも知ってる。コンソールに暮らしている以上は常識だ」
「僕は『聖獣の主』であると同時に『竜の帝』であるんです。『竜の帝』とは竜の一種族すべてを従える王のこと。僕が従えるのはホーリードラゴン。コンソールを守っているのは聖竜たちの自発的行為ですが、僕の都市では聖竜たちに命じて守らせる予定です」
「……一気に話が大きくなりましたね」
「まあ、都市……いや、この状況ですから国になってしまうのかな? ともかく、その守りは盤石です。ここまでが僕の野望の話、皆さんついてこられてますか?」
「ああ、もちろん。それで、俺たちに望むことは?」
「皆さんへのお願い。それは僕の野望、学園都市が動き始めた時、その講師になることを考えてもらいたいんです」
「お願い……ですか?」
「それも考えるだけ?」
「はい。強制はいたしません。僕の野望に加わっていただく方々は自発的に集まっていただく方々のみと決めています。強制的に集めては意味がないんですよ」
「だがそれだと俺たちをコンソールに連れてきた理由が……」
「はい、なくなります。ですが、そんな些細なことはどうでもいい。加わっていただければ嬉しいですが、事情を説明せずに集めたのです。断られればそれまでですからね」
さて、ここまでが僕の説明。
あとは、どこまで賛同していただけるか。
「皆を代表して私、アトモから質問が」
「はい、なんでしょう?」
「本当にこの話、乗らなくてもよろしいのか?」
「構いません。先ほども言いましたが、強制はしません。自発的に集まっていただく事が重要なんです」
「……そこで教えることは自由なんでしょうな?」
「もちろん。それぞれの流儀でそれぞれの技を教えてください。そして、教えていく中で皆さんにもさらなる技術発展を望みます。教える側が立ち止まってはすぐに過去の栄光へと成り下がりますからね」
「……聞いたな、皆の衆」
「おう」
「もちろん」
「しっかり聞きとどけました」
「儂も聞いた」
「アタイもだ」
「私も、しかと」
「俺も耳にした」
「私だって」
「私もだよ」
「では異存ないな」
「「「もちろん」」」
「スヴェイン殿。我ら全員、その野望に加わります。この街に来て見せていただいた希望とご恩を返せる機会、そして自分たちの技を後世まで残せる機会。それを示されて否という者はおりませぬ」
アトモさんとそのお仲間は全員賛同してくださいましたか。
嬉しいですね、これで生産系部門は大体の範囲が揃います。
あとは戦闘系部門、つまりマーガレット共和国の皆さんの返答待ちですね。
「お前たち。まさか異存はあるまいな?」
「無論です。……その、私たちでは教える側になるのはまだ早すぎますが」
「腐ってた時間がもったいない……」
「ジェレミには感謝しています。ただ、あと五年早く……」
「ああ、ようやく錆が落ち始めたところなんだ」
「せめて『聖』の輝きを見せられないと……」
「私たち、まだようやく個別スキルを始めたばかりだものね」
「そういうこったな。お前ら、これまで以上にハードじゃねえと間に合わねえぞ? 俺もハードにしてもらうがよ」
「では決まりだな。スヴェイン殿、我らマーガレット共和国一堂もその話に加わります。そして、ウィルを呼んだ理由は?」
「ウィル君には別の道を歩んでほしいからです。ウィル君、今の話を聞いてどう感じましたか?」
「俺も爺ちゃんと一緒に教える側に加わりたい!」
「でしょうね。でも、ウィル君にはまだまだ早すぎます」
「そんな……」
「だな。わしの目から見てもウィルはまだまだ早すぎる」
「ウィル君、あなたがいいというのであれば『杖聖』になり、アルフレッドさんの技を引き継いだあとはシュミット公国へ渡ってほしいんですよ」
「シュミット公国へ? なんで?」
「一種の武者修行です。あちらに行けば講師資格のない冒険者がたくさんいます。彼らと戦い、彼らの技を感じ、彼らの技を盗み取り、アルフレッドさんの技を更に進化させてください」
「爺ちゃんの技を進化させる……爺ちゃんの技をもっと強くするっていうこと!?」
「そうなります。それが終わったあとはウィル君の望むままにしてください。そのまま世界各地で武者修行を続けるもよし、学園都市に舞い戻って講師になるもよしです」
「そっか……爺ちゃんの技を強くする。考えたこともなかった」
「あなたが立派に成長すればアルフレッドさんも喜びますよ。そして、その技でアルフレッドさんに勝てればなおのこと喜ぶでしょう」
「わかった! でも、爺ちゃんってその頃にはもう……」
「というわけでアルフレッドさんには奥の手です。アルフレッドさん、アンブロシアってご存じですか?」
「話にだけは。確か寿命を延ばす秘薬だとか」
「はい。正確には成長を止め老化を防止する薬です。というわけで、アルフレッドさん、これを」
僕はマジックバッグから粉薬を、大量の粉薬を取り出しました。
「スヴェイン殿、これはまさか……」
「はい、すべてアンブロシアです。これだけ飲めばおそらく二十五年から三十年は長生きできます。僕の拠点ではある程度のアンブロシアが手に入るのでこの程度の量でしたらお渡しできますからね。いかがでしょう? 無理強いはしませんが」
「……いえ、飲ませていただきます。ウィル、必ず強くなって帰ってこい。儂もそれ以上に強くなって待っている。老いぼれとて負けてやる気は一切ないぞ」
「うん!」
アルフレッドさんは僕が手渡したアンブロシアを一気に飲み干し、体の具合を確かめます。
そして異変がないことに気が付くと早速とばかりにマーガレット共和国の皆さんを急かし始めました。
「スヴェイン殿、話はこれで終わりだろうか? 儂はすぐにでも戻り公太女様にお願いして儂用の杖術講師もつけていただかねばならん」
「まあ、逸らずに。皆さんにはお渡しする本が残っています」
僕はストレージの中から大量の写本を……師匠の本を写本したものを取り出しました。
それを個人個人に配って歩きます。
「スヴェイン殿、これは?」
「〝シュミットの賢者〟がまとめた戦士用の教本です。近接戦闘学、集団戦闘学、対魔術師戦闘学、対魔物戦闘学、対魔物対策各段階などなど。これを読み、取り込むことができれば確実にステップアップできるはずですよ」
「〝シュミットの賢者〟の教本……シュミットでもなかなか手に入らないと聞くが?」
「〝シュミットの賢者〟って僕の師匠のことなんです。前に僕が渡した資料の返礼として師匠が書いた本を一式プレゼントされました。【写本不可】のエンチャントも施されていなかったので好きに扱えという意味でしょう。なので好きに扱います」
「わかった。これに見合った結果、必ず出してみせる」
「スヴェイン、俺には?」
「テオさんにはこちらを。師匠の書いた時空魔法以外の属性魔法教本全冊に魔力運用効率上昇や魔力密度向上に関する本です」
「時空魔法の本はねえのか?」
「ありません。あえて言うなら、僕の弟子たちが二年前に師匠からねだり取ったものがあります。ですが、それは厳重な封印がされているため僕でも読めません。なので時空魔法だけは諦めてください」
「わかった。俺も結果を出してみせるぜ!」
「スヴェイン殿、我々にはないのか?」
「アトモさんには……申し訳ありませんがありません。アトモさんの扱いそうな本はすべて自由閲覧の書架にしまってあるので」
「なるほど。そう言われてみればその通りだ」
「それ以外の皆さんには各分野の生産学が入門編から上級編まで、あとは付随する鉱石学、植物学、宝石学、木材学、食材学などがあります。ご自由にお持ち帰りください」
「スヴェイン様、大盤振る舞いですが……よろしいのですか? 〝シュミットの賢者〟の本はシュミットでも入荷しないのでしょう? それを私たちが全冊揃えていると知られたら」
「出所が僕だとすぐにばれますね。その時はこう言っておいてください。『僕が認めるだけの結果を出せば本を渡す』と」
「意地悪ですわね」
「師匠の本、そう簡単には渡しませんよ」
「それで、野望の結実はいつになるんだい、スヴェイン様?」
「これから箱の準備を始めます。本格的に動き出せるのは……五年以上先でしょう」
「じゃあ、それまでは各ギルドでより一層の腕磨きだね!」
ともかく、それぞれの職人、戦士たちが全員賛同し師匠の本を持って帰り各自の腕を更に磨くことに。
ここまでは順調、次は……どこから手を付けましょうか?
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