563.錬金術師ギルドマスターの後継者問題

 さて、僕の野望が始動するにあたってどうしても外せなくなってしまう問題がいくつかあります。


 一番大きいのは……錬金術師ギルドのギルドマスターに誰がなるか、でしょうね。


 現体制下の『新生コンソール錬金術師ギルド』では錬金術師ギルドマスターのお仕事など最終決裁の確認くらい。


 ただ、今後もそれが続くのかどうかは保証できません。


 実際、最終決裁のみといいつつ『猫の額』の研究レポートのとりまとめや試験栽培場のマニュアル確認は僕の仕事ですし。


 とはいえ、今から育てないことには今後の不安……ギルド評議会の一員としての不安が出ます。


 仕方がありません、第二位錬金術師全員に集まっていただき誰がいいか話をまとめていただきましょう。


「珍しいっすね、ギルドマスター。第二位錬金術師が全員集合。ああ、いや。エレオノーラとヴィルジニーはいませんが」


「彼女たちは別系統ですからね。あのふたりには関係ない話です、今のところは」


「今のところですか。つまり今後は関係してくると」


「少なくとも今日これからする話をエレオノーラさんは知っています。ヴィルジニーさんは……エレオノーラさんから伝えていただくか別タイミングで僕から伝えます。あのふたり、今日はお休みですし」


「アトモさんたちは?」


「彼らは関係ないでしょう。多分この話を持っていっても一門全員が断るはずです。それに彼らはです」


「ギルドマスターがそこまでもったいぶる話……一体なんでしょう?」


「そうですね。まず大前提として僕はこの地域一帯をシュベルトマン侯爵からいただいているのはご存じですよね?」


「それはもちろん」


「聖獣の森だの聖獣の泉だのを造ったのはシュベルトマン侯爵のご厚意で土地を広くいただいたためです。本命は別にありました」


「本命……それが今回集められた理由ですか?」


「はい。僕はひとつの野望を持って土地をいただきました。僕の野望はを造ること。かつての交易都市コンソールと同じ規模の都市を予定していました。現状を考えると更に巨大な街にして国にしなければいけなくなりましたが」


「それがギルドマスターの野望。


「コンソールがシュベルトマン領にある各街へ支援として新規ギルド部隊を送っていることはご存じですよね?」


「それも知っています。支部の腑抜けどもがついていっていることも」


「あなた方に話を振っても誰も行かないでしょう?」


「もちろんでしょう?」


「そんなことで研究が止まるのはごめんです」


 本当にギルド本部の錬金術師たちは……。


 好ましいといえば好ましいのですが、本当に頑固者です。


「それで、新規ギルド部隊とギルドマスターの野望に何のつながりが?」


「はい。僕の野望を計画し実行し始めようとしたのは一昨年の秋でした。ですが、その年からコンソールは大きく変わり始めてしまい僕の野望は止めざるを終えなくなった。理由はわかりますか?」


「理由……ああ、新市街の建設」


「はい。僕が造る都市はいただいた土地からもわかるようにコンソールのすぐ側に造る予定です。ですが、コンソールも新市街の建設や新規人口流入によって新しい都市を造るために力を割く余力を失ってしまった。そのため、僕の計画もこの二年間ずっと止まっていたんです」


「それで、新市街の建設と新規ギルド部隊に何の関係があるのでしょうか?」


「新規ギルド部隊がシュベルトマン領各地の街を改革し始めた、というかほとんどの街でほぼ下位職の皆さんの協力により旧ギルドを制圧しています。このままのペースでいけば新規ギルドが各地のギルドをそのまま乗っ取ることになるでしょう」


「……大胆な真似に出ましたね」


「そうでもしないとコンソールも領都シュベルトマンもパンクしましたからね。ともかく、その結果として新規の人口流入は確実に減りつつあります。それどころか新市街に移り住んでいた若者たちは改革が進んでいる街へと移住し始めました」


「……それって評議会情報ですよね? 私たちに話してもよかったんですか?」


「皆さん。この情報を外に漏らしますか?」


「「「いいえ、もちろん漏らしません」」」


「それを信じただけです。それに次の話題の前提知識になります」


 ここまでは一気に喋らせていただきました。


 問題はここから先です。


「新規の人口流入が減少傾向にあり新市街の人口も流出傾向にある。その結果、なにが起きていると考えられますか?」


「新規の人口流入と人口流出……ああ、新しい建物を増やさないですむ!」


「正解です。新しい建物は念のため増やしておかねばなりません。ですが、今までのような急ピッチで、ぎりぎりの作業で行う必要もなくなりました」


「そうなってくると……建築ギルドに余裕が生まれ始めますね」


「はい。まだしばらくはあまり余裕がないでしょう。新市街の建築が終われば、旧市街、つまり第一街壁内での建て替え需要に着手できますから」


「それとギルドマスターの野望に……ああ! 新しい街の建物建設!」


「はい。僕とアリアの魔法で作れるんですよ。ですが家や宿屋のような細かい建物は難しい、というか不可能。そこを建築ギルドにお願いしなければなりません。なので、建築ギルドに余裕が生まれたら僕の野望の第一段階、を始めていただきます」


「つまり、ギルドマスターの野望も遂に動き始めると」


「そうなりますね。結実するのは五年以上先を見据えていますが」


「私たちが呼ばれた理由もはっきりしました。ですね」


「そうなります。ミライサブマスターは……ちょっと不安が出てきましたが、経理部門として引き抜く予定でアシャリさんを補佐に付けてもらいました。ですが、僕の野望が進み始めた以上、僕の補佐、つまりを育てるのも急務です」


 はい、次のギルドマスター候補、これを早急に決めなければ。


 そして、ギルド評議会の空気に一刻も早く慣れさせなければなりません。


「以前ティショウさんから伺ったときは一年交替だと聞きました。ですが、今のコンソールは『国』となっています。席次の低い一ギルドだけとはいえ、一年交替は許されない。僕のあと長年にわたりこの椅子に座り続ける覚悟がある者、それを選出しなければなりません。なにも今すぐ決めろとは……」


「ああ、すみません、ギルドマスター。それならもう決まってます」


「え?」


「俺が次のギルドマスター〝〟です」


「ハービー、あなたが次のギルドマスター? しかも〝〟」


「はい、ギルドマスターには申し訳ありませんが『新生コンソール錬金術師ギルド』の〝〟は全員が認められる凄腕が現れるまで、ずっと〝代理〟で回します。もちろん、ギルド評議会にも出席しますし舐められるなんて無様は晒しません」


「ちなみにあなたがギルドマスター代理になるのっていつから決まってましたか?」


「新本部に移る前から決まっていました。そう遠くない未来にギルドマスターも『カーバンクル』様方もいなくなる、その予感はあったんで」


 この子たち、本当に立派に成長していますね。


 僕の予想なんて遙かに超えている。


「ちなみにどうやって決めました?」


「第二期第二位錬金術師には話を断られていたので、第一期第二位錬金術師全員によるくじ引きです。誰がなっても恨みっこなし。絶対従うし、絶対にそれ以降の新人ギルド員も従えてみせると誓って」


「……本当に立派になりましたね。三年前に僕がここに来たときは見習いだったのに」


「今は在籍最年長組ですから。年期が浅いとかそんな甘えたことは言えません」


「よろしい。第一期も第二期も異存はありませんね?」


「「「はい」」」


「では、ハービー。あなたが次のギルドマスター代理です。申し訳ありませんがあなたは第二位錬金術師から外れていただきます。その代わり、僕が徹底指導し、可能な範囲であなたに技術を残していくとしましょう。その覚悟はありますか?」


「もちろん。皆と研究できなくなることは寂しいです。ですが、次のギルドマスター代理になる以上、相応の腕前がないとギルドを従えられませんからね。ちなみにどこまで教えてくださるおつもりですか?」


「僕が記した資料にはハイポーションの作り方まで残してあります。時間が間に合えば、つまりスキルレベルが間に合えばそこまで教えましょう。最低目標は高品質ミドルマジックポーション。それでも五年で駆け抜けるには苦難の道程ですよ?」


「五年……ギルドマスターの個人指導です。必ずハイポーションまでたどり着きます!」


「結構。あなたが身につけた技術は公開しますか? 秘匿しますか?」


「もちろん秘匿します。ギルドマスターから習った技術で『コンソールブランド』は回しません」


「わかりました。あなたは今日から五階の個人部屋に移動です。僕の時間が許す限り指導を行います。まずは……霊力水の作り方を再指導ですね」


「……つまり俺たちの霊力水じゃまだ甘いと」


「高品質までならいけますよ。最高品質には届かないだけで」


「ちなみにギルドマスター、最高品質の霊力水を作る理由は?」


「聖霊水の素材が〝最高品質の霊力水〟だからです。ヒントを与えてしまいますが、聖霊水にはほかにも素材がいります」


「まじか……」


「『コンソールブランド』の最終到達目標はそんなに甘くないということです。ハービーへの指導は明日から開始。遅れずについてきなさい」


「はい!」


「では、解散。各自、各々の研究に戻るように」


 それぞれが自分のアトリエに散っていく第二位錬金術師たち。


 この場に残されたのは僕と後継者候補であるハービーのみです。


「ハービー、本当に後悔はありませんね?」


「後悔はありません。未練はありますが……誰がなっても残ることです。それよりも〝ギルドマスターの系譜〟、それの一端だけでも引き継げるなら引き継がないと」


「わかりました。明日から頑張りましょう」


「はい!」

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