199.錬金術師アトモ
「はぁ、まったくもってままなりませんわ」
錬金術師ギルドのギルドマスタールーム。
そこでアリアはぽつんとこぼします。
「あの、ギルドマスター。アリア様ってこの時間帯は弟子の指導をしてらっしゃるお時間だと……」
サブマスターのミライさんもそうつぶやきました。
「弟子たちふたりとも、ここ数日壮絶な魔力枯渇を午前中に引き起こすため、午後は指導ができません」
「壮絶な魔力枯渇……ギルドマスター、なにを教えているのですか?」
「僕が教えているわけではありません。何度止めても弟子たちが止まらないのです」
「なんでまた」
「数日前に新しい錬金台を買ってきたせいですわ。それからというもの錬金術の調子がすこぶるよいらしいのですが、その錬金台が魔力を大量に消費する代物のようで」
「ふたりも調子がいいために止めても止まらず多少の魔力枯渇は無視。気絶するまで錬金術を行使するのです」
「それは……」
さすがのミライさんでも絶句するしかない様子。
そうですよね、普通は気持ち悪くなった時点でやめますから。
「気絶するほどの魔力枯渇となると夜まで休ませねば回復いたしません。マジックポーションで強制回復させる手もありますが、せっかくの魔力量を上げる機会。まだまだ見逃すわけに参りませんもの」
「それで、アリア様はなぜ錬金術師ギルドに?」
「暇つぶしと毎日弟子の指導を妨げている事への抗議ですわ」
「猛省してください、ギルドマスター」
「はい」
さすがに味方はいませんよね。
残念です。
と、そのときギルドマスタールームのドアをノックされました。
いつもより少し荒めといいますか、なにか緊急事態でしょうか?
「どうぞ。開いています」
「失礼いたします! ああ、サブマスターもちょうどよかった!」
「ちょうどよかったとは?」
「この街に『金翼紫』のアトモ様がおいでになりました! なんでも、移住したいとかでして」
「はて、『キンヨクシ』とはなんでしょう?」
「『金翼紫』とはこの国で最高位錬金術師に与えられるローブのことです。つまりアトモ様はこの国で最高位錬金術師のお一方になりますね」
「ミライサブマスターまで! そんな冷静に!?」
「いやぁ。ギルドマスターに比べると『金翼紫』なんて見劣りするなと」
その程度なのでしょうか?
僕としては是非この椅子を譲りたいのですが。
「ああもう! シュベルトマン侯爵もお見えです! 早くお迎えを!」
「わかりました。アリアはどうしますか」
「では、私もともに」
「ミライさん、準備は?」
「できていますよ? はぁ、私、いつの間に『金翼紫』の相手すら平気になっちゃったんだろう」
「じゃあ、参りましょう」
錬金術師ギルドの階段を降りて向かったのは錬金術師ギルドの門前。
これはまた、一大キャラバンですね。
「お待たせして申し訳ありません。錬金術師ギルドマスター、スヴェインともうします」
「……スヴェイン? 君のような少年が本当にスヴェインなのかね?」
「はい。……どこかで僕の名前をご存じで?」
「ニーベとエリナから君の名前を聞いている。優れた師匠だと」
「いえいえ、先日まで弟子の錬金術道具が初心者向けの錬金台だったことすら失念しているような未熟者です」
「……シュベルトマン侯爵、本当に彼があなたの語っていたスヴェインだと?」
「いかにも。まあ、錬金術師ギルドマスターはついでで引き受けてくれているようなものだ。ついでと言うわりにはしっかりと指導されているご様子だが」
「お飾りとはいえ、あとの方に席を譲るまでは可能な範囲で事にあたらせていただきます」
「可能な範囲。新人ギルド員を十日間で高品質ポーションまで仕込むのが可能な範囲か」
「はい。今では高品質マジックポーションも安定しており、ボーション作製の傍ら最高品質の研究も取り組んでくれている様子。実に好ましい」
「シュベルトマン侯爵、彼の言っていることに偽りはないのだな?」
「アトモ殿。あなたも【神眼】持ちだと伺っておりますが」
「嘘がない。誇張もなさそうだ。だからこそおののいている」
「そうでしょうか? ……そうですか?」
「ギルドマスター、いい加減に自覚を持ってください」
「つい先日、入門したばかりの『錬金士』や『錬術師』たちもマジックポーションをある程度作れるようになったと聞きます。そんなにすごいことをしていますか?」
「ギルドマスターといると感覚が狂ってしまいますが、この国での一般水準ではものすごいことなのです。入門一カ月未満の新人がマジックポーションをある程度作れるなんて狂気の沙汰ですよ?」
「……その程度、できるようになっていただかないといつまでもユニコーンとペガサスを売り続ける羽目になります」
「諦めましょう。そして、アトモ様、こちらの話ばかりで失礼いたしました」
そうでした、今は来客中でした。
ですが、当人は驚きすぎて言葉も出ない様子ですね。
「アトモ様? アトモ様!」
「はっ!? 今、私はなにを聞かされていた!? 入門一カ月未満でマジックポーションを作り始める? それもある程度? それはまことか!?」
「お恥ずかしながら半数は低級品となっているため、街で安く売らせていただいております。指導をしてくれている一般錬金術師の方々からは『あと一週間だけ猶予をください』と言われているのですが……」
「シュベルトマン侯爵、この街の錬金術師ギルドはなにが起こっている?」
「改革の途中だそうだ。改革しようにも人が足りず、人を集めようにも場所と指導員が足りない。実にままならない状況だそうだよ。まったくもってうらやましい」
「シュベルトマン侯爵。この状況をうらやましいなどとおっしゃらないでください。箱の用意は進めていますが、指導員の不足は悩ましいなどという状況ではなくなりつつあるのですから」
「箱か。錬金術師ギルド支部の事だな。何千人の席を用意したのだったか、アトモ殿にも教えてはもらえないか?」
「お恥ずかしながら六千人しか最大でも収容できません。講師の都合がつけば一気に集めたいところですが、そうもいかず……」
「六千人……錬金術師を六千人」
「ああ、勘違いしないでいただきたいのですが、僕がいう錬金術師は『礼節と熱意を併せ持った錬金術師系統の職業すべて』です。先日の選考では最大三十人の席しか用意できなかったため、多くの方をふるい落としてしまいました」
「す」
「す?」
「素晴らしい! これこそ私が求めていた理想の教育環境だ!」
「左様ですか。ところで、アトモ様。この国で最高位錬金術師である『金翼紫』だと伺いましたが……」
「ああ、そのローブなら国の石頭どもに突き返してきた。おかげで到着が一カ月近く遅れてしまった」
「なるほど。それで、錬金術師ギルドマスターの椅子に興味はありませんか? いつでもお譲りするのですが」
「いや、興味はない。それにそれほどの一大改革を行ったのだ。私が後釜についたところで誰ひとりとして私に従ってくれないだろう」
「……そんな事はありませんよね? ミライさん?」
「失礼ながら。私はギルドマスターがギルドマスターだからこそサブマスターの職を請け負っています。ほかの方が席に着くのでしたらサブマスターを降ります」
困りました、ミライさんだけでも意思が硬そうです。
これ、全ギルド員を説得して回らなければならないのでしょうか?
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