王国脱出から3年、隠遁生活からの脱却

41.あれから3年、久しぶりの人里

「スヴェインさーん、お夕飯の時間ですよ!」


「ああ、ラベンダー。今行くよ」


 この家、ラベンダーハウスに住むようになってから丸3年が経過しました。


 その間にウィングたちが、外界から持ってきた果物を育てて果樹園を作ったり、薬草畑でさまざまな薬草を育てたりと充実した日々を過ごしています。


「あ、スヴェイン様。遅いですよ」


「ごめん、アリア。つい錬金作業が楽しくて」


「もう。……お風呂で髪を洗ってくれたら許してあげます」


「はい、わかりました」


 結局、この家を訪れたあの日から、毎日お風呂には一緒に入っています。


 僕たちも男女としていい歳なのですからいい加減別々に入りましょう、と言っても『婚約者だからいいのです』の一点張りで聞いてもらえません。


 それに流されている僕も僕で、一緒に入ることを楽しみにしているのかも知れませんね……。


「スヴェインさん、アリアさん、今日のお夕飯はどうですか?」


「今日もおいしいです、ラベンダーちゃん」


「ええ。毎日毎日おいしいご飯をありがとうございます、ラベンダー」


「今日も褒められました! ラベンダーは嬉しいです!」


 この家の精霊、ラベンダーとの関係も良好です。


 ワイズやゲンブいわく、この周囲の魔力をたっぷり貯めるようになっているそうで、もうアリアの魔力を必要とすることはないんだとか。


 それでも普段、食料を作るときにアリアに魔力をもらっているのは彼女なりの甘え方なのかも知れません。


「ごちそうさまでした、ラベンダーちゃん」


「ごちそうさま、ラベンダー」


「はい! お片付けはラベンダーにお任せです! おふたりはお風呂に入っておやすみです!」


「そうですね。スヴェイン様、髪をしっかり洗ってくださいね?」


「わかりました。でも、本当にそろそろ一緒にお風呂に入るのはやめませんか?」


「もう私たちは貴族ではないのです。お堅い生き方などせずに恋愛を楽しみたいのです、スヴェイン様」


「そういう問題では……」


「それに、スヴェイン様だって私の裸、見たいですよね?」


「うう……」


「ふふ、スヴェイン様だって年頃の男の子ですものね? でも、お風呂を一緒にすること以上は成人までお預けですよ?」


「わかりましたから。きちんと髪も洗ってあげます。だから、これ以上からかわないでください」


「はい。では、お風呂に行きましょうね?」


 はあ、最近はアリアにかなわなくなってきました。


 家のことはアリアに任せていますし、勝てないのは仕方ありません。


 でも、いろいろとからかわれたり、誘惑されたりするのはちょっと……。


「早く入りましょう、スヴェイン様」


「わかりました、今行きます」


 はぁ、この先が思いやられます。


**********


「え、人里に行きたいのですか?」


 ふたりと精霊、聖獣の暮らしを続けていた秋の初め、急にアリアが街に行きたいと言い始めました。


「申し訳ありません。我が儘なのですが、街に行ってみたくて……」


「なにかありましたか? ここでの暮らしに不満でも?」


「いえ、不満はありません。ラベンダーちゃんが食事も服も作ってくれますから。ただ、ほんの少しだけ街の様子が気になって……」


『ふむ、つまり人の温もりが恋しくなったか』


「いえ、ワイズ様。そういうわけでは……」


『なんじゃ、違うのか』


「……正直に言います。もう少し、甘味がほしいのです。具体的には果物……」


「ああ、なるほど」


『そういうことならば、早う言え。ウィングとユニがはりきって取りに行くのにのう』


「ウィングもユニも、ほかの聖獣様もスヴェイン様の契約している聖獣様ではありませんか。それなのに私の我が儘で遠くまで果物を探しにいってもらうのは……」


『むしろ喜ぶと思うぞ? 最近はお前たちを連れて空の散歩くらいしかやることがないと文句を言っていたからな』


「……それは、すまないことをしています」


『スヴェインやアリアが謝ることではないのう。儂ら聖獣は本来そういうものじゃ。ウィングとユニが人との生活に染まりすぎているだけじゃよ』


「それはそれで申し訳ないですね」


「……果物なんて言い出した、自分が恥ずかしいです」


『まあ、悪くはなかろう。人との関わりを一切断って久しい。たまには人里も悪くはないじゃろう』


「ですが、そんな簡単に行きますか?」


『下調べは済んでおる。ここより東の地にある都市は『交易都市』と呼ばれておってな、さまざまなものが集まる場所なんじゃよ』


「へぇ、それはすごいですね」


『その都市でなら、季節外れのもの以外は手に入るじゃろう。どうじゃ、スヴェイン。毎日おいしい食事と眼福をしてもらっているお礼に連れていってやっては?』


「……眼福は余計です。連れていくのは問題ありません」


「本当ですか!」


「ええ。明日にでも出かけるとしましょう」


「はい!」


「お姉ちゃんたち街に行くの?」


「はい、でもちゃんと帰ってきますから安心してください」


「うん! それとね、私が知らない食材があったら買ってきてほしいの」


「ラベンダーちゃんが知らない食材?」


「私が吸収したことがない食材は作れないんだ。だから、食事のレパートリーを増やすためにお願いしたいな」


「うーん、お手伝いはしたいのですが、ラベンダーちゃんの知らない食材がわかりません……」


「じゃあ、街についたら私を召喚して! そうすれば私が食材を見ることができるから!」


「それがよさそうですね。そうします」


「うん! じゃあ、明日は朝ご飯とお昼と夜のお弁当を用意しておくね!」


「お願いしますね、ラベンダーちゃん」


「うん!」


 食材のレパートリーが、ラベンダーの吸収したことのあるものだとは知りませんでした。


 あれだけの種類の料理が作れるなんて、いろいろな食材を取り込んでいるのですね……。


**********


「はい、お弁当! 気をつけていってきてね!」


「お留守番お願いしますね、ラベンダーちゃん」


「四神のみんなもよろしくお願いします」


『任された。守護は我々の得意とする分野だ。安心して行ってくるといい』


「はい。それでは行きますよ、ウィング」


「ユニ、出発です!」


『久しぶりだね、こういうのも!』


『ええ。スヴェインの魔力も上がっているし、飛ばすわよ!』


「うわっ!?」


「早いです、ユニっ!」


 ユニの宣言どおり、まるで強弓から放たれる矢のごとく一気に加速して空に飛び立ちました。


 体を持っていかれることはないのですが……さすがに驚きますよ。


「本当に早いですよ、ユニ。もう山を越えています」


「本当ですね。目的の街は……あれですか」


「どうしましょう、スヴェイン様。一気に街の近くまで行きましょうか?」


「そうですね……でもウィングたちを見られると面倒なことにならないでしょうか?」


『なりそうじゃな。カーバンクルでも面倒ごとになるじゃろう』


 ですよね、そんな気はしてましたよ。


 そうなると、街の外れに降りるしかないです。


 どこか、降りるのによさそうな場所は……あれ?


「あそこ、馬車がモンスターに襲われていませんか?」


『本当じゃな。襲っているのはオウルベアか。相対しているものたちでは荷が重い気がするのう』


「スヴェイン様、助けましょう!」


「いいのですか、アリア。場合によっては面倒ごとに巻き込まれるかも知れませんよ?」


「見捨てるよりもいいです。助けられる命があるなら助けたいです」


「……わかりました。ですが、ウィングたちを見られるわけにもいきません。森の中に降りてから助けに入りますよ」


「はい! ありがとうございます、スヴェイン様!」


『お主もお人好しじゃな。そうと決まれば、急げよ』


「はい。ウィング、あのあたりの森に降りてください。アリア、降りたらすぐにシルフィードステップで駆け抜けますよ」


「はい!」


『よし、降りるよ、スヴェイン』


『少し荒っぽい着地になるけど我慢してね、アリア!』


 ユニの宣言どおり、普段は木々の間を縫って降りるところを無理矢理着地します。


 木の枝が少し折れて宙に舞いましたが、そんなことは気に留めずに僕とアリアは駆け出しました。


 目指すは先ほどの馬車、まだ大丈夫ならいいのですが……。


「見えました、スヴェイン様! まだ、戦っています!」


「アリア、補助魔法で動きを止めてください! その隙に僕が奴を仕留めます!」


「はい! アースバインド!」


 アリアの魔法により、大地から伸びた腕がモンスターを捕まえ動きを阻害します。


 さすがアリア、土魔法のレベルがすでに40を超えているだけはありますね。


「なんだ!?」


「誰の魔法!?」


「増援か!」


「ともかく、今のうちに立て直しを!」


 護衛の皆さんはまだ大丈夫なようですね。


 ふたりほど倒れていますが、まだ息はあるようです。


 では、先にモンスターを倒してしまいましょう。


「幽玄のカンテラより、出でよ聖炎。セイクリッドブレイズ!」


 僕のカンテラから飛び出した白い炎がモンスターを焼き払います。


 モンスターは数秒間は耐えたようですが、それが最期の抵抗だったようですね。


 白い炎の中でモンスターは姿を消し去り、あとにはドロップアイテムと魔石だけが残されました。


 さて、僕たちも姿を見せるとしましょうか。


「誰だ!」


「ああ、いまそのモンスターを倒したものです。お怪我は……してますよね。大丈夫、でもありませんね」


「あ、ああ。助太刀、感謝する。俺たちだけでは倒しきれなかった」


「いえいえ。僕たちも通りかかっただけですから」

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