42.交易都市コンソールへ

 その勝敗が決したのはまさに一瞬だった。


 突然、大地から腕が出てきたかと思うと、オウルベアの四肢をがっちりとつかみ動けなくしたのだ。


 これはアースバインドか?


 だが、どこまで鍛えればこれほどの効果を生み出す!?


「なんだ!?」


「誰の魔法!?」


「増援か!」


 俺の仲間たちも突然のことに浮き足立つが……いまはそれどころではない。


 この先、どのように対処するにしても、今のままでは立ち向かえないからだ。


「ともかく、今のうちに立て直しを!」


 誰の魔法かはわからん。


 ともかく、いまは怪我をした仲間を早く助けるためにもオウルベアを倒さなければ!


「……よ聖炎。セイクリッドブレイズ!」


 今度はなんだ!?


 オウルベアがに焼かれて消えていくぞ!?


 炎ということは聖魔法ということだ。


 だが、聖魔法はアンデッドのようなことわりを外れたモンスター以外には効果が薄いのが常識。


 それなのに、わざわざ聖属性魔法で倒しただと?


 これを使った術者はなにを考えている?


 やがて炎が収まりドロップアイテムが残される。


 それを確認することで、本当にオウルベアが倒されたのだと安堵した。


 が、そのとき背後の草むらが音を立てた。


「誰だ!」


「ああ、いまそのモンスターを倒したものです。お怪我は……してますよね。大丈夫、でもありませんね」


 草むらから姿を現したのは、夜の闇に似たローブと背丈以上の長さの杖、それに腰から吊り下げられたカンテラを持つ黒髪の少年と、深紅に彩られたローブに身を包んだプラチナブロンドの髪を持つ少女だった。


 このふたりが俺たちを助けてくれたのか?


「あ、ああ。助太刀、感謝する。俺たちだけでは倒しきれなかった」


「いえいえ。僕たちも通りかかっただけですから」


 通りがかっただけにしては怪しい。


 だが、盗賊の類いならばオウルベアを倒した魔法で俺たちを皆殺しにできるはず。


 油断はできないがいまは友好的に接するべきか。


 どうにもこのふたりの雰囲気のせいで態度を決めかねる。


 だが、いまは仲間の治療もあることだ。


 背後から襲われないようにだけ気をつけるとしよう。


「リーダー! 手持ちのポーションだけじゃ回復が間に合わない!」


「なに!?」


 あいつに預けてあるポーションが、俺たちの持っている最後のポーションだ。


 それで回復が間に合わないとなると……助けられないか。


「ポーションが足りなくてお困りのようですね」


「うわっ!」


 仲間の状態に気を取られ、至近距離まで接近を許してしまった。


 だが、なにも仕掛けてこない、それも魔術師が至近距離に来たということは悪意はない……のか?


「ポーション、よければお譲りしますか?」


「いいのか? 助かるが……」


「構いませんよ。僕もたくさん作りすぎて、どうしようか悩んでいたんです。人助けに使えるのでしたら本望ですよ」


「……わかった、言い値で買い取ろう」


 この状況だ、足元を見られても仕方がない。


 だが、困った顔を浮かべるのは少年の方だ。


「うーん、僕はポーションがいまどれくらいの価値なのかわからないんですよ。とりあえず、いまはおふたりの治療が優先ですし、これ使ってください」


 少年は腰に下げていたアイテム袋から、2本の小瓶を取り出した。


 ……待て、少年は『ポーション』と言ってなかったか?


 なぜ色が濃い緑ではなくこんなに透き通った緑色なのだ?


 これではまるで『ミドルポーション』ではないか?


「おい、鑑定できるか?」


「もうした。『ミドルポーション』だ」


「少年! これはミドルポーションだぞ!?」


「はい。普通のポーションでは助かるか怪しいのでミドルポーションを渡しました。早く回復してあげてください」


「……いいんだな、本当に使うぞ?」


「構いません。どうぞ」


 この少年、価値がわかっているのか?


 ポーションなら銀貨数枚で買えるが、ミドルポーションは金貨を数枚出しても買えるか怪しいのだぞ!?


「リーダー、いまは少年の言葉に甘えましょう」


「そうだな。トッド、エリン、飲め」


「はい……リーダー」


「すみま……せん……私たちがしくじった……ばかりに」


「言うな。早く飲め」


 ふたりがなんとかミドルポーションを口にする。


 すると、引き裂かれていた体の傷が嘘のように消え去り、健康な肌に戻っていった。


 ……俺もミドルポーションを使ったことはあるが、これほど効果が高かったか?


「……な? 体の調子がいい?」


「嘘……傷が完全に治ってる」


「うん、効果抜群ですね」


 ……この少年、一体何ものだ?


**********


「うん、効果抜群ですね」


 よかった、ミドルポーションは使ったことがないので、効果がわからなかったのです。


 思ったよりも効き目が強かったようですが、傷跡も残らずに治りましたし問題ないでしょう。


「すまない、助かった」


「いえ。僕としてもミドルポーションの効果を確認できて助かりました」


「うん? あのポーションは買ったのではないのか?」


「はい。僕が作ったものです」


「……君は錬金術師だったのか?」


「あー、まあ、似たようなものです」


 本当の職業は言えませんよね。


 言っても知っているとは思えませんし。


「いずれにせよ、仲間が助かったのは事実だ。それで買い取り金額だが……」


「ああ、それは結構ですよ。僕としては効き目が確認できただけで満足ですし」


 お金はアイテムバッグの中にたくさん入ってるんですよね……。


 これ以上増えても困ります。


「そうか? だが、ただというわけにもいかない。冒険者には冒険者の流儀があるのだ」


「なるほど。それは失礼しました。ですが、どうしましょう?」


「うむ……俺としては金貨を受け取ってもらうのが一番早いのだが」


「断るわけにもいかないですよね……」


「ほかにほしいものはあるか?」


「いえ、では金銭で受け取ります」


「わかった。とはいえ、ミドルポーションの相場などあってないようなものだ。効き目も高かったことだし、2本で金貨15枚でどうだろう?」


 相場があってないようなもの、とはどういう意味でしょう?


 聞きたいところですが、いまはあまり聞かないで頷いておくことにしましょうか。


「それで大丈夫です。……ああ、それから、あのふたりはかなり出血してましたよね? これ、増血剤です。念のため飲んでもらっておいてください」


「……何から何まですまない。こう言ってはなんだが、普通のポーションは持っていないだろうか? いまふたりの治療にすべてのポーションを使ってしまい在庫がないのだ。持っているならある程度の数を買い取りたい」


「ありますよ。いくつ必要ですか?」


「できれば10個ほどあると助かる」


「10個ですね。……ではどうぞ」


「……本当にあるのだな。ポーションの相場は銀貨4枚、このような場所だから倍を出そう。10本で大銀貨8枚、受け取ってくれ」


「ありがとうございます。……変なことをうかがいますが、オウルベアはこのあたりでよく出没するのですか?」


「そんなはずはない。街まで馬車で2時間ほどの場所に、あのような凶暴なモンスターがいれば討伐依頼が必ず出る。今回は……運がなかったとしか言えないな」


「わかりました。それでは、僕たちは歩きですのでこれで失礼……」


「お待ちください!」


 僕たちが立ち去ろうとしたところ、馬車の中から女性が出てきました。


 歳は見たところ二十歳くらいのでしょうか?


 青みがかった黒色の髪を下ろした方です。


「申し訳ありません、おふたりは交易都市コンソールへ向かう途中でしょうか?」


「ええ、交易都市に向かう途中ですよ。それがどうかしましたか?」


「無礼を承知でお願いいたします。コンソールまでご一緒願えませんか? 助けていただいたお礼もいたしたいですし……」


『本音は優秀な護衛を増やしたいというところかの』


 ワイズの念話が聞こえますが、そんなところでしょうね。


 ですが、子供ふたりで歩いて行くよりも、不自然さはなくなりますか。


「アリア、構いませんか?」


「スヴェイン様が構わないのでしたら」


「ありがとうございます。私の名前はマオですわ」


「僕はスヴェインです。こちらは僕の恋人で相棒のアリア」


「よろしくお願いします、マオさん」


「こちらこそ、よろしくお願いします。さあ、馬車にお乗りになってくださいまし」


 マオさんと一緒に彼女の馬車に乗り込みます。


 冒険者の皆さんも治療を終えたようで、後ろの方で待機していた馬車に乗り込みました。


 それを確認してからマオさんが合図を出し、馬車が動き始めます。


「失礼ですが、おふたりはコンソールへなにをするためにおいでへ?」


「僕たちは買い物です。少々必要なものが出てきましたので買い出しに」


「そうなんですの。普段はどちらにお住まいで?」


「それを話す必要はないと思います。……人里離れた場所、とだけいっておきますわ」


「すみません、プライベートなことに口を挟みましたね」


「いえ、田舎者なのは変わりませんから。マオさんはコンソールへなにをしに?」


「私たちはコンソールへ戻る途中ですわ。私はコンソールで宝石商を営んでおりますの」


「お若いのに宝石商ですか。すごいですね」


「父の営んでいる商会の店をひとつ、のれん分けされただけですわ。いまはまだ駆け出しですね」


「それでも大したものですよ。……それにしても、宝石ですか。長いこと触ってないですね」


「あら? 宝石に興味がおありで?」


「ああ、僕は付与魔術も使えますのでその関係で。付与を施す対象として宝石を使用するんですよ」


「え? 付与魔法は魔石に行うのではなく?」


「僕は師匠から宝石に行うように習いましたよ?」


「そうなのですか? でも、それだとコストが……」


「攻撃魔法を工夫せずに付与すると、使い捨てなのでコストがかさみますね。でも、属性魔力だけを宿してそれを武器に通すようにすれば、擬似的な魔剣を作ることが可能ですよ?」


「え? 擬似的な魔剣?」


「はい。そんなに難しい技術でもありませんが……」


「え、え? そんな技術が難しくない? 聞いたこともないのに?」


「スヴェイン様、少し話しすぎです……」


「そうですか?」


「はい。もう少し話す内容を考えてください」


 うーん、そんなに難しい技術でしょうか?


 シュミット辺境伯領にいた頃、セティ様と一緒にそれなりの数を作ったのですが。


 でもマオさんの反応を見ると珍しい技術なのかも知れませんね。


 マオさん、固まってしまいましたし。


「……申し訳ありません、あまりの衝撃でパニックを起こしてしまいましたわ」


「いえ、こちらこそ申し訳ない」


 マオさんが再起動したのは、コンソールの街が見えてからでした。


 空から見たときと、地上から見たとき。


 やはりイメージが全然違いますね。


「そういえば、おふたりは身分証をお持ちですか?」


「いえ、持っていませんね」


「そうですか……その場合、街に入る際に入街税として銀貨1枚を取られますが大丈夫ですか?」


「……銀貨1枚ですか」


「お金が厳しいようでしたらお支払いしますが」


「すみません、お願いできますか? 一番細かいお金で先ほど冒険者の方からいただいた大銀貨しかないのです」


「……それは困りますよね」


「すみません、入街税のことまで考えていませんでした……」


「いえ、おふたりに助けていただかねば命があったかも怪しいですし、銀貨2枚程度で気になさらないでくださいな」


 僕たちはお言葉に甘えて入街税を支払ってもらいました。


 街に入るときの手続きもスムーズに済みましたし、ふたりで来るよりも本当に楽だったかも知れません。


 いや、助かりました。


**************************


先ほどまで明日公開予定の43話が公開されていました。

今は非公開として明日朝再度公開します。

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