43.コンソールの商業ギルド

「そういえば、おふたりはどこに泊まるとか身分証をどうするとかはお考えですの?」


 マオさんにこれからの予定を尋ねられます。


 確かに、かなり行き当たりばったりな旅なんですよね。


「あー、いや。とくに考えていませんでした」


「私たち、野宿になれてますから」


「いけませんわ! 若い女の子が野宿だなんて!」


「そうですか? 貴重な薬草の採取ですとかモンスター討伐などでは野宿の必要も出てくるのですが……」


「薬草の採取も、最近は行っておりませんが」


「そういえばおふたりはお強かったですわね。でしたら、冒険者ギルドに登録するのも手ですわ」


「冒険者ギルド、ですか?」


「ご存じありませんの?」


「いえ、知ってはいます。自分たちが登録することになるとは、思ってもみなかったもので……」


「なるほど……では、ポーションはどうなさるおつもりですか?」


「ポーションですか。これは売り払ってもいいと考えています。特に強いこだわりもありませんし、最近は少々多くなりすぎて邪魔にもなってきましたし。ただ、どこに販売すればいいかわかりませんが……」


「それでしたら、まずは商業ギルドですわね。一度、冒険者ギルドで冒険者の方々へと今回の報酬を精算させていただきます。そのあとでよろしければご案内させていただきますわ」


「よろしくお願いします」


「はい。……あそこが冒険者ギルドですわ。少し失礼いたします」


 馬車を颯爽と降りたマオさんは、二本の剣が盾の前でクロスした紋章の看板がある建物へと入っていきました。


 あれが冒険者ギルドなのでしょう。


 ……シュミット辺境伯領で知り合った冒険者の皆さんは元気でやっていますでしょうか?


「遅くなりましたわ……あら、スヴェイン様? 涙を浮かべてどうなさいました?」


「あ、ええ。昔、よくしていただいた冒険者の皆さんを思い出しまして」


「大丈夫ですよ、スヴェイン様。あの方々でしたら今頃元気に戦っていますよ」


「戦ってばかりなのも心配なのですが……そうですね。今ここで、心配していても仕方がありませんね」


「……その冒険者の方々は幸せですわね。普通の冒険者の方は何回か依頼をともにすることはあっても、そこまで情はわきません。なのに、スヴェイン様はそこまでその冒険者たちのことを思っているのですから」


「確かに変なことかも知れませんね。気を取り直して商業ギルドとやらに向かいましょうか」


「はい、そういたしましょう」


 馬車は街中を並足で移動し、中央通りへと出ました。


 そこではたくさんの出店とともに、大勢の人々で賑わっていました。


 僕がグッドリッジ王都ではあまり見かけなかった獣人やエルフ、ドワーフなどもたくさんいます。


 王都だと貴族街にしか、いかなかったせいでしょうか?


「隣人種の方々が多いのが珍しいですか?」


「隣人種?」


「はい。この街ではほかの街だと亜人種と呼ばれる方々を『隣人種』と呼んでいるのです」


「それはなぜです?」


「はい、アリア様。『亜人』という呼び方が『人間よりも劣っているもの』を思わせると言うことで変えられたそうです。実際、この街では隣人種の皆様でしか作れない道具や装備、作物などが流通していますの。それ故に彼らがいなくなりますと、経済が麻痺してしまいます」


「……過去に彼らがいなくなりそうだったことがあるんですか?」


「鋭いですわね。『人間至上主義』を掲げる宗教の一派がこの街を攻め落とそうとしたことがありましたわ。その際、多くの犠牲が人間、隣人種の双方に出ましたの。そのとき、隣人種の皆様はこの街が戦火に包まれるなら……と言うことで去ろうとしていたのですが、それをつなぎ止めたのがこの街の指導者たちであるギルド評議会だと聞いています」


「ギルド評議会ですか……つまりこの街は、ギルド評議会という組織が支配する独立都市なんですね」


「そうなりますわね」


「いろいろと大変なのでは……?」


「大変ではありますが、自由な商売と交易のためですもの。必要な犠牲ですわ」


「必要な犠牲、ですか」


 僕の目にはチラチラ気になるものが映っていました。


 どう見てもまともな教育を受けていない、浮浪児と思われる子供たちです。


 この街も光と影がありそうですね。


「それよりも、商業ギルドにつきましたわ。さあ、いきましょう!」


 僕が視線で追っていたものを気付いたのか、マオさんは少し強引に商業ギルドの中へと僕たちを連れていきます。


 商業ギルドの中は大勢の人がいますが、非情に清潔な空間が保たれています。


 そんな中、マオさんはひとつのカウンターに並びアポイントを取り付けてくれました。


「面会の予約は取り付けましたわ。まともな商談人と当たるといいのですが……」


「その言い方、まともじゃない商談人がいるようですが」


「はい、アリア様。最近は商業ギルドの名前を使い、一方的で不利な契約を結ばせる商談人も多いと聞きます」


「では、そのような方に当たらないことを祈りつつ、待ちましょうか」


「はい、スヴェイン様」


 そのあと、1時間ほど待たされて僕たちの番が回ってきました。


 商談スペースで待ち構えていた男は……薄ら笑いを浮かべた痩せぎすの男です。


「始めまして、私はオイラックと申します。本日の商談を担当させていただきます」


「初めまして、僕は……」


「ああ、お付きの人名前など不要ですよ。マオ様」


「……オイラック殿、相変わらず不遜ですね」


「いえいえ、最近は商業ギルドの名前を借りたいだけの不届き者が多いもので」


「なるほど、だから、私の申請用紙も読んでいなかったと」


「申請用紙? そんなものに何の意味があるのです?」


「今日の主役はこちらのおふたりですよ。ポーションの買い取りを相談に来たのです」


「……はっ、今更ポーションですか。そんなもの掃いて捨てるほどありますよ。錬金術師ギルドからだって納品されていますのに。……まあ商談として受けてしまった以上、見ないわけにもいかないですし? 現物を見せていただきますか?」


「(……マオ様、この男、鑑定はできるのですか?)」


「(アリア様、これでも彼は高レベルの鑑定士です。ポーションの等級くらいすぐに見分けられますよ)」


 あまり期待はできませんが、とりあえずポーションを一瓶置いてみます。


 すると、オイラックという男の目の色が一瞬変わり……一呼吸置いてから話を続けました。


「だめですねぇ。このような『低級品』のポーションをうちで買い取ってもらおうなどとは。どうしてもと言うなら、一瓶大銅貨1枚で買い取りますが?」


 ああ、この男は信用できませんね。


 そう判断したため、僕は置いたポーションをアイテムバッグに戻し、席から立ち上がります。


 その様子を見てアリアもすぐに席を立ち、一拍遅れてマオさんも席を立ちました。


「な、なんの真似です!? 私たちにポーションを買ってもらいたいのではなかったのですか!?」


「買ってもらうつもりだったのですけどね、自分のポーションの等級くらいは知ってますよ? それを不当に下げて安く買いたたこうとする相手に売るとでも思ったのか?」


「な……私は、正当な価格で買い取ろうと……」


「あら、『特級品』を『低級品』などと鑑定することのどこに正当性があると?」


「!? マオ! 貴様、最初から鑑定できていたのか!」


「あら、私も鑑定したのはいまが初めてですわよ。まさか特級品のポーションを、ほいほい一般品の値段で売り渡していたとは思いませんでしたが」


「なに?」


「あら、口が滑りましたわね。販売主がこれ以上商談を続ける意思がない以上、商談は破綻ですわ。帰りましょうか、スヴェイン様、アリア様」


「そうですね、お願いできますか」


「時間の無駄でしたね」


 僕たちは商談室の扉を開けて出入り口方面へとスタスタ歩いて行きます。


 すると、背中からオイラックという男の罵声がかけられました。


「ふん! 特級品のポーションだかなんだか知らないが、この交易都市で俺たち商業ギルドの許可なく販売できると思うな! 思い上がったな、ガキが!」


 この声はかなりの大声だったらしく、待合スペースにいた商人だけでなく、ほかの商談スペースにいた商人たちにも聞こえていたようです。


「おい、いまの聞いたか」


「聞こえましたぞ。特級品のポーションだとか」


「商業ギルドは仲買をしないようですね」


「これはチャンスかも知れませんぞ!」


 いまの話を聞いていた商人たちが一気に押し寄せてきました。


 僕は慌てて結界魔法でスペースを確保しますが……はっきり言ってモンスターに迫られるより怖いですね……。


「……困りましたわね。これでは帰れませんわ」


「ちなみにマオさん。商業ギルドを通さずにものを売り買いすることは禁じられているのですか?」


「そんなことはありません。ただ、保証がなくなるので普通は行わないと言うだけで」


「でもこの状況、収まりませんよ、マオ様?」


「ですわね。申し訳ありませんが特級品のポーションは何本ありますか?」


「……山ほどあります」


「へ?」


「数えるつもりがないので数えていませんが、山ほどありますよ」


「わ、わかりましたわ。とりあえず50本ほどお出しくださいませ」


「はい。……これでいいですか?」


「大丈夫ですわ。……ちょっと量が多いですが」


 ああ、マオさんの額にも汗が浮かんでます。


 アリアも呆れたと言わんばかりの表情をしていますし、やり過ぎなんですね。


 次からは自重します。


「皆様、ひとまずポーションを50本用意いたしました。おひとり2本まで、1本金貨1枚での販売とさせていただきますわ!」


 マオさんは強気な金額設定ですが……商人たちの反応は意外なものでした。


「金貨1枚……利益は出るか?」


「いや、冒険者ならお守りとして金貨3枚でも十分に買っていくだろう。なにせ、特級品のポーションは通常品質のミドルポーションと大差ない回復力と言われているからな」


「そもそも、特級品のポーションが市場に出回ることが珍しいんだ。ステータスシンボルとして持つのも悪くない」


「よし、俺は買わせてもらう! 買ったときに鑑定もさせてもらうが問題ないな?」


「ええ、もちろん。どうぞ」


「おう。……マジモンの『特級品』かよ。おい、そっちの少年。ほかにも種類はないのか?」


「え、ええ、それは……」


「スヴェイン様?」


「……いまは内緒です」


「それなら仕方ないか。いいもん買わせてもらったぜ」


 そのような感じですぐに50本、25人分が売り切れてしまいました。


 あとから来た方は買い損ねた形になりましたが……それは仕方がないと諦めていました。


 この辺の切り替えも大事な部分なんでしょうか。


「なんの騒ぎだ」


「あ、ペンツオ部長……」


「お久しぶりですわ。ペンツオ様」


「ふむ、マオ嬢か。それで、この騒ぎは?」


「ああ、そちらの目利きのできない鑑定人が『特級品』を『低級品』と鑑定したことを大声でばらしてしまったため、大騒ぎになってしまっただけですわ」


「『特級品』のポーションだと……? それは本当か、マオ嬢」


「はい。スヴェイン様、もうひとつサンプルをご用意していただけますか?」


「構いませんよ。はい、どうぞ」


「……と言うわけで実際の提供者はこちらのスヴェイン様ですわ。そして、これが『特級品のポーション』です」


「どれ……確かに『特級品のポーション』だ。これは量産できるのか?」


「山ほどあるそうですよ?」


「とても信じられないが……これを商業ギルドに卸してもらうことはできないかね?」


「それはお断りします」


「……それはなぜかな?」


「そこの……オイラック、でしたか。彼に言わせれば『低級品』ですからね。生産者として、そんなものを卸すわけにいきませんから」


「……オイラック、貴様!」


「ひっ! 私はただ商業ギルドのために!」


「商業ギルドの信念は『平等と公正』だ! その信念を忘れたお前にギルドの席はない! 即刻、ギルドより立ち去れ!」


「そんな、私は……」


「しつこい! 衛兵、この男を放り出せ!」


 あの男は衛兵に引きずられてギルドの奥へ消えていきます。


 おそらく裏口から外に放り出されるのでしょう。


 ……愚かですね。


「さて、原因となった男は消えた。それでも契約はできないかね?」


「できませんね。組織として信用なりません。僕としては、ポーション販売は二の次ですし」


「……そうか。特級品のポーションとなると錬金術師ギルドに依頼しても年に十数本しか入ってこないのだが」


「ご愁傷様ですわ。この機会に商談人の綱紀粛正に努めてくださいませ」


「そうさせてもらおう。不快な思いをさせてしまいすまなかった」


 どうやらこの方は悪人ではなさそうです。


 ただ、少し心労がたまっていますね。


「あの、これをどうぞ」


「これは?」


「滋養薬です。副作用等はありませんので、寝る前にお飲みください。疲れが取れると思います」


「……本当にすまない。ありがたく使わせてもらう」


「それではペンツオ様、ごきげんよう」


「ああ。次回、商談があったら私を指名してくれ。君たちの商談は優先して受けよう」


「ありがとうございます。それでは失礼いたします」


 うーん、商業ギルドはだめでしたか。


 どこで売りましょうか、このポーション。


 悩みながらマオ様の馬車に戻ったとき、彼女から意外な提案がありました。


「もし、ポーションを販売する予定があるのでしたら、父の経営している商会を頼ってみませんか?」


「マオさんのお父様ですか?」


「はい。お父様の商会はポーションの卸売りや小売も行っておりますので」

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