299.聖獣樹:建築編

「ほら、そこ! 柱が曲がっちまってる!」


「そっち!梁ががちゃんとできていない!」


「建築ギルドは今日も熱気に満ちてますね」


 シャルを通して建築ギルドが聖獣樹の家を本格的に建ててみることにしたと話を聞きやってきました。


 来ましたが……うまくいってませんね。


「おう、錬金術の。あの木材、なんだってあんなに気難しいんだ?」


「あはは。まだ使い慣れていないだけですよ」


「ならいいんだが……これじゃあ、夏になってもまともな家一軒建てられないぞ?」


 でしょうね。


 今回はシュミットの講師とアイノア一門の皆さんは口を挟まないと厳命されているようで、完全に見学中です。


 シュミット講師陣は何度も通った道なのか平然としていますが、アイノア一門の皆さんは自分たちが手を出したくてうずうずしています。


 僕の家は柱も梁もしっかりしてましたからね。


 シュミット講師陣のお墨付きらしいですし、他人に教えられないまでもアイノア一門の皆さんはそこまでの腕前になっているのでしょう。


「建築ギルドマスター。アイノア一門の皆さんに見本として小さな家を一軒建てさせては?」


「ああ、いや。アイノアたちが我慢し切れてないのはわかってんだよ。だがよ、それに頼っていたら『コンソールブランド』の名に傷がついちまう。あいつらだって今はコンソールだがアトモが連れてきた優秀すぎる技術者一門なんだからよ」


「なるほど。それでは、追加の建材でも取りに行かせてはいかがでしょうか? あのままではあと一時間もしないうちにギルド員を蹴り出して家づくりを始めますよ?」


「だよなあ。ちょっと指示してくる。それで、明日にはその建材で家づくりを許可するわ」


 建築ギルドマスターが行ってしまったため、僕はひとり取り残され……ませんでした。


「坊ちゃん。どう感じます。こいつら?」


「僕も聖獣樹の建物作りは詳しくないです。研究程度にちょっとした木箱を作ったくらいしかありません」


「ですが……あまりにも頼りないですよ?」


「最初はそんなものでしょう。僕だって木箱ひとつの研究に、ほかのことをしながらとはいえ一週間かけましたから」


「やっぱり家づくりじゃなく犬小屋作りから始めさせるべきでしたかね……」


「そんなもの作ったら喜んで聖獣が棲み着きますよ?」


「余計な怪我人を出すよりマシです」


「今日のところはポーションで回復できる範囲の怪我ならポーションを無償提供、それ以上の怪我なら回復魔法をかけてあげましょう」


「……怪我をするのは前提なんですね、坊ちゃん」


「だって……ほら」


「危ねえ! 崩れるぞ!?」


「退避! 退避!!」


「ほら、ね?」


「坊ちゃん。ポーションの準備を、濾過水のやつでいいんで」


「そんな品質の悪いポーション、作らないとありませんよ?」


「ちっ、いい薬だってのに。坊ちゃんのポーションは『コンソールブランド』以上に後味がいいんですよ」


「……わざと薬草のしぼり汁でも混ぜて苦くしますか?」


「それはいい。お灸を据えるにはもってこいだ」


「加工をするのでちょっと待っててくださいね」


「俺たちは怪我人の確認だ、行くぞお前ら」


「「「うっす」」」


 本当に家などから始めず犬小屋作り、その次は馬小屋あたりを作ればいいのに。


 建築ギルドも切羽詰まっているとはいえ焦りすぎです。



********************



「ほら、そこ! 釘が曲がったぞ!」


「そっち!しっかりと間が取れていない!」


「これはこれは」


 明後日、建築ギルドを訪れて見れば本当に犬小屋……いえ、大型犬用の小屋作りが進んでいました。


 その周囲には待ちきれないのかちょうどいいサイズの聖獣たちがじっと眺めていますし、なんでしょうね。


「錬金術の、おまえ、こうなることは予見していたか?」


「なんとなくは。聖獣樹の家って聖獣にとって居心地のいい寝床ですから」


「ギルド員の腕も着実に上がっているのがわかるし、出来上がった家……じゃなかった犬小屋? 聖獣たちの家? まあ、この際どっちでもいいんだが、それは喜んで持っていくから場所も取らないんだが……俺たち建築ギルドだよな?」


「基本を疎かにはできませんよ?」


「んで、アイノアたちも面白がって参加してるんだが……あいつらどんだけでかい家を作ってるんだよ?」


「自分たちの工法を試してみたいのでしょう。木材は自分たちで集めてくれば無制限、作れば作った分だけ聖獣たちも喜んで持っていく。楽しいんじゃないのでしょうか?」


「……俺らとしては一刻も早く家づくりを始めたいんだが」


「聖獣樹のを頭にも体にも染みこませるまで小屋作りです。そうすれば、本能で理解できます。シュミットの講師たちが率先して指導しているということは彼らも通った道なんですよ」


「聖獣もだが聖獣樹もわからん……」


「癖がわかれば素直な木材です。がんばってください」


 このあと街の至る所で家を持ち歩く聖獣が見かけられ、夜は公園などで眠る姿が目撃されたんだとか。


 やっぱり聖獣って自由でよくわかりませんね。

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