414.ミライ、ちょっとだけ頑張る
「……はあ」
冬も半ばを過ぎ春に向かい始める頃。
私、段々家の中での立場が薄くなって行っています。
「ミライサブマスター、どうしましたか? 机に突っ伏して溜息など」
「アシャリさん。少し愚痴に付き合ってもらっていいですか?」
「はい」
「……第二夫人の座、奪われそうです」
「え?」
「私、スヴェイン様の第二夫人なんです。結婚を申し込んだ順番として。でもアリア様はユイさんを可愛がっているし、スヴェイン様もユイさんを溺愛しています。今日だってユイさんは隠していますが愛し合ってもらってきたようだし……私なんてお預けなのに」
「ええと、その……私、妻としてひとりしかいないので……」
「はい。だから愚痴なんです。アリア様からやリリス様からだけでなくユイさんやスヴェイン様からももっと頑張れといわれる始末。私が家庭に貢献できていないのは重々承知なのですが、なにをどう貢献すればいいのかまったくわからず、ずっと悩んでいます。それこそ結婚してからずっと」
「あの……大丈夫、ですか?」
「お仕事の手は抜きません。サブマスターのミライとしてはスヴェイン様たちも認めてくれていますから。ただ、家に帰ると立場が弱いんです。私、お飾りでも第二夫人なのに……このままじゃ本当に指輪をはめ直させられちゃう……」
「えっと……三人の苦手なことって無いんですか?」
「三人ともそれぞれ優れた技術者です。方向性こそ違ってもアリア様は魔術関連、ユイさんは服飾関連、スヴェイン様は……語るまでもないですよね?」
「はい。スヴェイン様の実力はこの一カ月余りで嫌というほどに」
「隙がないんですよ、あの三人……それぞれの苦手分野は誰かが補ってますし、料理や掃除は使用人のリリス様がすべて行ってしまいます。私、内弟子のニーベちゃんやエリナちゃん、エレオノーラさんより役立たずにすら感じてきました」
「それは……」
重症です。
致命的です。
アシャリさんもフォローに困るほど大問題です。
このままじゃ本当に指輪どころか家にいられなくなっちゃう。
「その……本当に苦手な分野って無いんでしょうか? 三人とも技術者なんですよね?」
「はい。とてつもなく優れた技術者で職人です。スヴェイン様だってギルドにいるときは、ギルド員に書き残す資料かギルド用の研究資料、あとはニーベちゃんたち用の秘伝書を書いてるくらいです」
「あと、この間エレオノーラさんに渡した新型の錬金台。あれも完全にギルドマスターの新作だとか」
「そうです。それも聞きました。ものすごく複雑でシュミットですら作ることが困難だって言うくらいの錬金台です」
「……ちなみに家の家計簿って誰がつけているんですか?」
「え? それは使用人のリリスさんがつけていますよ。食材とかを買ってくるのもリリスさんですし、ギルドマスターのお給金を管理しているのもリリスさんですから」
「あの、私の考えなんですがよろしいでしょうか」
「はい。なんでもかまいません。どんどん言ってください」
「家計簿って普通妻がつけませんか?」
「え?」
「その使用人のリリスさんが優秀なのは話を聞いていてわかります。でも、家のことを管理するのはやっぱり家の人間の仕事だと思うんです。スヴェイン様はお忙しい方ですし、アリア様も研究でお忙しいならミライサブマスターが家計簿を管理するべきでは?」
「え? え?」
「あと、三人とも技術者で職人なんですよね? でも、自分たちの技術や作品にどれだけの値段があるのかをつけるのは難しいんじゃないでしょうか?」
「あ、そういえばスヴェイン様とアリア様ってお金に関してはすごいどんぶり勘定で無頓着……」
「そういった方面でならお役に立てるのでは? 最初は難しくてもだんだん慣れていけば……」
「ちょっとギルドマスタールームに行ってきます!」
「あ、はい」
ああ、そういえば前にヒントをもらっていた!
あのときも三人は技術者で職人って言われてたけどお金はどうこうって言われてない!
「スヴェイン様! 失礼します!」
「はい、どうぞ」
「あの、スヴェイン様……」
「なにか急用ですか、ミライさん。そんなに慌てて」
「そのですね。前にいただいていたヒントですが……」
「公私混同は避けるのでは?」
「ああ、その……」
「答え合わせは帰ってからです。ほかに用事が無いならサブマスタールームでお仕事を」
「あ、はい」
うわーん!
取り付く島もない!
しかも帰ったら絶対にお説教コースだ!!
私は肩を落としとぼとぼとサブマスタールームに帰りました。
アシャリさんには更に心配されましたが……仕方がないので大丈夫とだけ告げてお仕事に戻ります。
そして、運命の帰宅後。
「さて、ミライ。答え合わせの前にお説教です。なにを考えてギルドで、しかもお昼休みでもない就業時間中にギルドマスタールームまでやってきたのですか?」
「ええと、その。アシャリさんに愚痴を聞いてもらい、前にもらったヒントの答えが見つかったかなーと感じたらいてもたってもいられず」
「それで公私混同ですか? 情けない」
「反省しています……」
「あと、お説教がもうひとつ増えました」
また増えたの!?
「就業時間中にアシャリさんに愚痴を、それも家庭内の愚痴を聞かせるとは何事ですか。あまりにも情けない」
「それは……段々、この家の中で立つ瀬が無くなってきて……」
「そして更に立つ瀬を失っている事実、わかってますか?」
「はい! 理解しております!」
そのあともスヴェイン様のお説教はこんこんと続き……ニーベちゃんやエリナちゃんだけではなく、ギルド員でもあるエレオノーラさんにまでみられる大失態。
もう今日は寝室で泣いちゃおうかな……。
「さて、それでは答え合わせとやらを聞きましょう。アシャリさんにまで迷惑をかけたのです。間違っていたらお仕置きです」
「あ、あの。お仕置きってユイさんにもやったやつでしょうか、スヴェイン様?」
「あなたは慣れていないでしょうから身体強化だけは勘弁してあげます。ほかは一緒です」
びえーん!
本気で怒らせた!!
これで答えが間違ったら女の恥なんてものじゃない!!
「それで、答えは?」
「は、はい。そのお……家計簿を付けたり、スヴェイン様たちの研究内容を販売するときに私が価格交渉を担当すればいいのかなーって考えました」
……あれ、スヴェイン様だけじゃなくアリア様もリリス様も黙り込んじゃった?
私、女の恥コース!?
「はあ、ようやく気が付きましたか。情けない」
「リリス、様?」
「家計簿は使用人が書いたとしても最終チェックは家の人間がするものです。スヴェイン様やアリア様にその時間はありません。比較的時間に余裕があるあなたの役目です」
セーフ!
まず第一関門突破!
「私たちの研究成果の価格交渉も正解です。もちろん世に出していいものと悪いものはあなたに判別できないでしょう。なので、私たち自身で判断します。ですが、価格交渉は大の苦手。研究にかかった時間、費用、その他諸々を加味して適正価格で売れるように交渉なさい」
「僕の作った様々な作品もです。特に僕の作ったものについては希少金属の類いを使っていることも多い。ミライにはそれらの市場価格を学ぶ必要もあります。平坦な道程ではないですが立ち位置を失いたくないなら努力するように」
セーフ!
答えあってた!!
女の恥はかかなくて済んだ!!
「まったく。なんのためにサリナさんの服を売るときに間へ入らせたのかわかったものじゃない」
へ?
「本当です。本来ならあの時点で気付いてもらいたかったですわ」
は?
「サリナには最終的に自力ですべてをこなしてもらわねばなりません。ですが、まだまだ未熟。そのサポートをお願いした意味に気が付いていなかったとは……」
「あの……ひょっとして、私、すごく立ち位置がまずかったですか?」
「僕の口からは語れません」
「私の口から語れるのは、あなたの立ち位置は既に三番目です」
「使用人としても三番目としてみています」
うわーん!
名前だけの第二夫人になってた!!
「さて、ようやく答えに気が付いたようですし、あなたのお仕事です」
「え」
リリス様が私の前に置いたのは一冊の本と手引き書、それから山となった紙の束……。
これってひょっとして……。
「私がこの家に来てからすべての家計費を記した書類に一般的な帳簿の付け方を記した手引き書、それに帳簿をつけるための本です。これが今日からあなたが家にいる間の仕事になります」
「あ、あの、リリス様。この量をすぐにはちょっと……」
「もちろんすぐになどとは言いません。毎日少しずつでも構いませんよ? ただし、毎日私が買い物などで出歩くたびに家計費の書類は増えることも忘れずに」
うわーん!
これじゃあ、家でもゆっくり休めない!!
「今までは家で遊んでいただけでしょうが、ほかの皆様はそれぞれ修行や訓練、研究に勤しんでいるのです。あなたばかり遊んでばかりはいられませんよ?」
鬼だ……。
やっぱりリリス様は鬼だ!
「いやだというのなら指輪を置いてこの家から出てお行きなさい。それがいやなら相応の努力を」
そうだよね、この家の皆って家でも努力しているもんね……。
サブマスター業務も持ち帰っていることがあるけど、こっちも頑張る!!
でも泣きたい!!
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