422.挿話-30 お針子、入門する

「ユイ師匠、できました」


「……確かに。【防汚】、【強靱】。二重エンチャントです」


「お待たせしました。お時間も取らせてしまい」


「そう感じるのでしたら日々の研鑽を。もうすぐ春なのですから」


 はい、もうすぐ春がやって来る。


 私がこの家にやってきた……いえ、押しかけてきたのが秋の中頃。


 本当の意味で仮弟子となれたのは秋の終わり。


 決して楽な日々じゃなかったけれど、今まで甘えてきた時間を考えればまだまだ研鑽が足りていない。


 ユイ師匠が魔法で宝石を削り出そうとしているのは知っているけれど、私なんて原石の状態にすらなれていないんだ。


「……ふむ、少し早いですが……まあ、誤差でしょう」


「師匠?」


「このあと今日は自習です。私は少し出かけてきます」


「はい」


「ああ、それと。いつでも、いかなる状況でも服を確実に作れるように覚悟をしておいてください」


「はあ」


「それでは、後ほど」


 ユイ師匠の言葉の意味っていったい?


 ともかく自習しなくちゃ。


 子供服って意外と……ううん、かなり難しい。


 動きにくくないのは当然だけど、体もぐんぐん成長するからある程度の手直しができる余裕を持たせないとダメだから。


 ユイ師匠は子供服専門の資料や参考書、それから参考用の服まで買ってきてくれるようになっていた。


 その期待に応えられるだけの頑張りは見せないと……。


 そんなことを考えながら自習をしているとユイ師匠が帰ってきて三日後の予定が突然決まってしまった。


「サリナ。三日後の午後、服飾ギルドのギルドマスター、セシリオさんと面会予定を取り付けました。その場で入門テストです。合格できれば服飾ギルドの見習いになれます。ただし、合格できなければ破門。ヴィンドに送り返します」


 ……いきなり過ぎますユイ師匠。


 それもギルドマスター様の前で入門テストだなんて。


 ともかく予定は決まってしまったし、破門されるのも嫌。


 残り二日間はしっかり追い込みをして……二日とも夜更かしをしすぎてリリス様に怒られてしまった。


 そして、運命の入門テスト当日。


 私は本当に前にも来たギルドマスタールームに通されてしまった。


 以前はふらふらついてきただけだけど、今は一歩一歩が重すぎる。


「失礼します。ユイです」


「どうぞ、ユイ師匠」


 ユイ師匠がギルドマスタールームの扉を叩き入室許可を取り付けてしまった。


 そしてユイ師匠は中へと入っていき……。


「どうしたのですか、サリナ。さっさとあなたも入りなさい」


「は、はい!」


 ユイ師匠に促されるままギルドマスタールームに入ることになった。


 ギルドマスタールームの中には以前見たギルドマスター様のほか、あとふたり女性の方が。


 サブマスターじゃなさそうだし……誰だろう?


「ユイ師匠。その娘は以前連れてきた」


「はい。名はサリナ、職業『お針子』、あまりにも未熟ですが一応私の弟子です」


「ユイ師匠の弟子……」


 ……すごい眼力だ。


 前は全然気が付かなかったけど、すごい厳しい目をしている。


「それで、内容は三日前の通り?」


「はい。ギルドマスターになったセシリオ様には申し訳ないのですが、これの入門テストをお願いします。ダメだと感じたら即止めさせて構いません。私の身内などとは考えず厳しくお願いします」


「わかりました。サリナさん、でしたね。裁縫道具は持って来ていますか?」


「はい! 一式すべて持って来ています!」


「よろしい。いきなり魔法布を扱えなどという無理難題は言いません。普通の生地からブラウスを作りなさい」


「はい!」


 私は用意されていた作業台へと向かい、早速生地の状態を確かめる。


 ……うん、普通の布、質も上質だ。


 お題はブラウスだから大体これくらいで……。


「なっ!?」


「セシリオ様、止めるか見守るかどちらかで」


「……わかりました。見守ります」


 ええと、余裕はこれくらいあれば十分だからこの大きさで縫ってしまって……。


「ユイ師匠、あれで弟子ですか?」


弟子です」


 うん、縫合は全部できたしあとは仕上げ処理。


 このサイズなら……。


「ちょ!?」


「待って、今、!?」


「……完成しました。どうでしたでしょう?」


「あ、いや。どう思いました、フローネさん、カリナさん」


「え、ええ。その……カリナ?」


「私に振るの!? ユイ! あんた、これで弟子!?」


弟子です。秋の中頃に来て、秋の終わり近くまで、いえ、ヴィンドで暮らしていたそれまでの時間も含め無駄に過ごしてきた愚か者、弟子と認めるには早すぎます」


「いや、そうじゃなく……この子どうすればいいのよ!」


「そうよ! あなた、こんな子をとして入門させる気!?」


「当然です。見習いから始めさせないと勘違いしてまた甘えが出ます。三日前に話したとおり、次の冬が始まる前に免状を取れなかったらギルドから追放してください」


「そのですね、ユイ師匠? ああ、いや。困りました。サリナさん、でしたか。あなたは一度ギルドマスタールームから出て待っていてください」


「は、はい……」


 やっぱり、私程度じゃダメなのかな。


 ヴィンドに帰る支度、整えなくちゃ。


 でも、ユイ師匠からいただいたあの子供服だけは返したくないなあ。



********************



「さて、ギルドマスタールームには防音結界も張ってあります。率直な意見をお聞かせ願いましょう。サリナさんは本当に弟子ですか?」


「しつこいです、セシリオ様。何度聞かれようと弟子です」


「いや、でも、ユイ? 今の服飾ギルドってあの速さでブラウス一枚仕上げられて、その上二重エンチャントなら文句なしの卒業、免状持ちだよ?」


「それにこのブラウス。縫い目もしっかりしている。この短時間で仕上げたとは思えない。それに布裁ちだって軽く線を引いただけであとは迷わずに一気にやってた。の仕事じゃないからね?」


「最初はでなければ困ります。あの子の精神はまだまだ未熟。家に帰ってきたときは私が鍛えますが、ギルドで甘やかされても困ります。それにあの子では私の技は。技を盗む技術も身につけさせなくては」


「やはり厳しいですね、ユイ師匠」


「当然です。私を師匠と頼って来たのですから生半可な覚悟では困ります」


「はあ、弱った。フローネさん、カリナさん。おふたりの意見は?」


「はい。一カ月で免状を叩きつけて送り返したいです」


「同じく。ほかの見習いが心を折られそうです」


「最低でも夏の終わりまでは鍛えてください。そうすれば技を盗む技術も覚えられるでしょう」


「本当に容赦がない。わかりました。彼女の事は服飾ギルドで預かります。ただし、本当に夏の終わりには免状を持たせて送り出しますよ?」


「甘やかさないでくださいね?」


「当然です。むしろ、ほかのギルド員が彼女についていけるのか……」


「ユイの指導のあとじゃぬるそうだなあ」


「私たち、どう鍛えよう……」


「あと、彼女には基本技術のほかは子供服を作らせる技術のみを叩き込んでください。彼女が選んだ道です。今更、変えさせることは許しません」


「ああ、それでブラウスも子供服」


「小さいからそれでだと考えてた」


「でもこのサイズに二重エンチャントなんだよね……」


「送り返すときは三重までできるようにしてもらえるとありがたいです」


「……善処しましょう」


「頑張りまーす」


「鬼」


「カリナ、蹴られたいですか?」



********************



「えっ! 本当に入門を許していただけるんですか!?」


「はい。サリナさん、明日から……は難しいでしょう。といいますか、こちらの準備が整いません。来週から服飾ギルドの見習いとして働いていただきます」


「よろしくお願いします!」


「結構。まずは基礎から教えますが……必要でしょうか? ユイ師匠からたっぷり教わっていると思いますが」


「いえ、基礎からお願いします! 見習いになる以上、最初から学び直します!」


「そ、そうですか。それから、あなたが当ギルドにいられる期間は長くても次の冬が始まる前まで。ユイ師匠からの紹介状ではその期間までに免状を取れなかったら破門となっていますが……」


「はい。それで構いません」


「わ、わかりました。では、来週からよろしくお願いいたします」


 よかった、今の時点で破門にされずにはすんだ。


 でも、まだまだ未熟。


 次は冬が始まる前までに免状を取ってみせないと。


 ……でも、服飾ギルドの免状って絶対厳しいよね……。

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