お針子、入門する

421.挿話-29 お針子、社会見学

「ありがとうございました」


「お姉ちゃん、ありがとう!」


「ほつれとかがあったら直してあげるからまた来てね」


「うん!」


 ようやく、受注していた注文すべてが完了した。


 冬物コートにはなにも考えずに【防寒】エンチャントでよかったけれど、春物にはそれじゃあダメ。


 子供たちが遊び歩いても汚れにくくするための【防汚】と、破れにくく柔らかくするための【柔軟】を二重エンチャントしてやっと。


 最初の頃こそ失敗が続いたけど、最近はなんとか様になってきたくらい。


 ユイ師匠の指導や説教も大分減ってきたけれど、まだまだ習わなくちゃいけないことはたくさんあるから困る。


 そもそも、私の世界はまだスヴェイン様の家の中というすごく狭い空間だけ。


 子供たちがどんな環境で、どんな風に遊んでいるのかだって想像することしか許されていない。


 本音を言えば外の空気、窓を開けただけじゃなく外に出て、いろいろな空気を吸い、浴びて見たいけれど……まだまだ私じゃ甘すぎる。


 甘えてきた時間が長い、ううん、あまりにも長すぎた分を取り戻すためにも努力しないと。


 リリス様に怒られる回数が多いのはなんとかしたいけれど。


「ユイ師匠、入ります」


 師匠の服飾工房へと戻る。


 そこで師匠はいつも通り織機を……動かさず、作業用の椅子に腰掛けて私を待っていた。


「お帰り、サリナ。服はきちんと納めましたか?」


「はい。納めました。今回も喜んでもらえてよかったです」


「結構。さて、今日はこれから自習とします。明日の課題も一緒に告げておきます」


「はい。なんでしょうか」


「まずはこれを」


 渡されたのは旅行カバンと巾着袋。


 この組み合わせはいったい?


「カバンはスヴェインに頼んで低容量ですがマジックバッグにしてもらいました。服の十着程度でしたら余裕で入ります」


「え?」


「それから巾着袋の中には大銀貨で三十枚を入れてあります。これで……」


「あ、あの! 私、破門ですか!? お願いします!! もう少し、もう少しだけ待ってください!!」


「話は最後まで聞きなさい。蹴られたいですか?」


「あ、はい……」


「話の続きです。あなたに渡したお金。それで明日は好きなように外で過ごしてきなさい。なにをするのも自由。ただし、朝食を食べたあと、夕食の時間までは帰ってこないように。お金も返してもらわなくて構いません。コンソールの普通、しかと見届けてきなさい。今のあなたの服なら出歩いても恥ずかしくないでしょう?」


「は、はい!」


 今、私の着ている服は自分で作った服ばかりだ。


 師匠からいただいた教本や布を使い、自分で自分の体型を図って自分のために最新……かどうかはわからないけれど、着ても恥ずかしくない服を作ったつもり。


 前に服飾ギルドに連れて行っていただいたときは本当に田舎者丸出しだったけれど、今なら大丈夫。


「では、そういうことで。お金は好きに使ってもいいですし、コンソールの治安もいいですが裏道などには誤って迷い込まぬよう。スリや強盗がいないわけではないようです」


「はい、わかりました。それでは、自室で勉強しています」


「ええ、どうぞ」


 私は貸していただいた旅行カバン……マジックバッグとお金を手に自室まで戻ってきた。


 どうしよう、たったこれだけ、家の中を歩いただけなのに心臓はバクバクいっているし、腕もとっても重い。


 エリナからマジックバッグを借りたときは気楽に借りてしまった。


 今はとてもじゃないけどあんな真似はできない。


 お金だって大銀貨三十枚なんて大金を持ったことがないのもあるけど、多分銀貨一枚でも重すぎる。


 私、本当になにも知らずに過ごしていたんだ。


 でも、明日は師匠命令だから街に出かけないといけない。


 街でなにをすればいいんだろう……。


 結局、なにも手につかないまま夕食の時間になり、夜もなにもできず、睡眠も浅いまま、翌日出かけることになった。


 ユイ師匠の説明だと護衛の聖獣様もいないそうだから、本当に自分の身は自分で守らないといけないらしいけど、どうしたら?


「あ、コートのお姉ちゃん!」


「あら、あなたは」


 家を出てふらふらと歩いていると前にコートを売ってあげた子供に会った。


 私の作ったコートを大事に着てくれている。


 本当に嬉しいなあ。


「お姉ちゃん、どこに行くの?」


「うーん、どこに行くのかまだ決めてないの」


「じゃあ公園に行こう!」


「え、ああ、ちょっと待って!」


 子供に手を引かれるまま公園へとやってきた。


 そこではたくさんの子供たちが聖獣様と一緒になって遊んでいる。


 ときどき膝や肘をすりむいて聖獣様に治していただいている子供もいるから、やっぱり【擦過傷耐性】はほしいよね。


「お姉ちゃん、なにして遊ぶ?」


「え、ああ、うん。普段はなにをして遊んでいるの?」


「うーん。たくさん!」


「そっか。でも、私も行かなくちゃいけないところがあるから少しだけね?」


「うん!」


 そのあと、少しの間公園で遊んでその場をあとにした。


 コンソールだから子供たちも『コンソールブランド』の服が多いのかなと考えてたけどそんなことはなく、普通に古着を手直しした服が多いみたい。


 やっぱり新しい服って高級品だよね。


「あ、あの服屋。前にも通りかかったところだ」


 以前、服飾ギルドに連れて行っていただいた時に通りかかった服屋。


 そこの店内へと入ってみた。


 やっぱりメインは古着で、一部新しい服が置いてあるだけ。


 それも『コンソールブランド』の服じゃないみたい。


 失礼を承知で店主に話を聞くと、『コンソールブランド』の服はもっと大通りの高級店でしか買えないらしい。


 やっぱりコンソールの中でも『コンソールブランド』として売られる服は高級品のようだ。


 店主さんに話を聞いて『コンソールブランド』を取り扱っているお店に来てみると、やっぱり風格が違う。


 仕立てもきっちりしているし仕事もすごく丁寧、それでいてエンチャントは……今の私じゃ判別不能か。


 ともかく、値段も相応にするけれど品物もそれ以上の価値がある。


 それが『コンソールブランド』なんだ。


 私がヴィンドにいた頃、名前だけ聞いて憧れいた『コンソールブランド』なんかとはまったくわけが違ったなあ。


 そのあとも、あっちのお店を覗き、こっちのお店を確認し、お腹が減ったら調理ギルド直営だという食堂へ。


 お父さんたちの料理もおいしいけれどここのお料理もおいしかった。


 聞いたことのない料理を頼んだけれど、これがシュミットのお料理らしい。


 元からコンソールにあったお料理も進化しているって聞くし、完全にヴィンドは時代の波に乗り遅れちゃってる。


 お昼を食べたあとも、服屋巡りは続いた。


 やっぱり『コンソールブランド』を取り扱っているのは高級店がほとんど。


 ときどき下町の仕立屋でも『コンソールブランド』の服を売ってて、それは少しお安めなんだけど改革後の服飾ギルドを卒業できた人が新しく開いた仕立屋らしい。


 服屋巡りはまだまだ続くけれど、同時に子供たちの元気な声も聞こえてくる。


 聖獣様たちも子供相手に遊んでいることが多く、本当に活気に満ちあふれていた。


 ここもヴィンドとは大違いで……どうやったらヴィンドにこの空気を少しでも持ち帰ることができるのか悩んでしまう。


 そして、目についたのは一軒の服屋。


 そこに売っているのは『コンソールブランド』でも特定の服ばかり。


 いても立ってもいられず店の中に入ってしまい、店主に話を聞いてみた。


 話を聞いた私は店主に何回も頭を下げて一着の服を購入、そしてスヴェイン様の家へと飛んで帰ってしまう。


 まだ時間は早いし、ユイ師匠には蹴られるかもしれないけれど。


「ユイ師匠、入ります」


「どうぞ、早かったですね」


「……はい。謝らなければならないことがあります」


「どうしましたか? お金をなくしたとかなら蹴るだけではなくお尻叩きですよ?」


「……昼食代以外、すべてのお金を一着の服を購入するためだけに使ってしまいました」


「……ほう」


「叱られることは覚悟しています。でも、どうしてもその服がほしかったんです」


「見せなさい。叱るかどうかはそのあと決めます」


「はい。これです」


 私がテーブルの上に広げたのは一着の


 魔法布産ではないそうだけど、これ一着で金貨八枚するところを頼み込んで値下げしていただいた。


「これ、あなたに渡したお金では到底買えない代物ですよね?」


「はい。職人が職人の仕事を値下げするなどもってのほかと知りながら何度も頭を下げ、持ち金全額で売っていただきました」


「それについてはあとからお説教しましょう。なぜを選んできたのです? あなたに渡したお金なら『コンソールブランド』の中でも安い服であれば大人用の服一着程度買えたものを」


「私、この家を出たあとにコートを作ってあげた子に会いました。その子は私の作ったコートをとても大切に着てくれていました」


「ええ、続けなさい」


「そのあと公園に連れて行かれて少し一緒に遊び、そのあとは街に出て服屋を巡りました。私はコンソールならどこにでも『コンソールブランド』が売っているものだとばかり勘違いしていました」


「今はまだ『コンソールブランド』、つまりエンチャント付きの服は高級品です。十年後二十年後には置き換わっていくでしょうが」


「私、そんなことさえ知りませんでした。勝手に妄想を抱いていた田舎者です」


「そうですね。あなたはただの田舎者です。それで?」


「服屋を回って昼食を取り、また服屋を回りました。高級店ではないお店でも『コンソールブランド』を取り扱っているお店がありましたが、そこは服飾ギルドを卒業した方、改革後に卒業した方のお店だと伺いました」


「そうでしょうね。今はまだ服の仕上げにエンチャントを使うのは服飾ギルドの仕上げ師くらいですから」


「はい、そう伺いました。卒業する前にこの製法を学べて運がよかったとも」


「話はわかりました。それで、その服は?」


「そのあとも服屋を巡り歩いていて、子供たちの元気な声をずっと聞いていました。コンソールは活気のある街なんだなって。そう感じながら目に飛び込んできたのがその服を取り扱っていたお店、『コンソールブランド』を取り扱っているです」


「……」


「そうしたら店に飛び込んでいて店主と話をしていて、私が目をつけた服がそれです。値段も確かめましたがどうしても、どうしても諦めきれず事情を話して買わせていただきました」


「……」


 ユイ師匠、完全に黙り込んでしまった。


 怒ってるよね、絶対。


 私ののために渡してくれたお金をすべて一着の服につぎ込んだんだから。


「まず第一に。あなたも職人であるならば他人の技の結晶を値下げするような恥ずかしい真似をするべきではありませんでした。そこまでほしいのであれば、


「え?」


「そこは反省なさい。次、あなたは子供服を選んで買ってきた。その選択に後悔はありませんね?」


「それは……」


「返事は……」


「はい! 後悔ありません!」


「結構。ちなみにその服ですが、【防汚】、【柔軟】、【強靱】の三重エンチャントです。金貨八枚でも安すぎます」


「えっ?」


「サリナ、そのお店に案内なさい」


「え、あの?」


「不出来な仮弟子の不始末、私が詫びます。足りない金額も渡してきましょう」


「そんな!? ユイ師匠が!!」


「スヴェインも去年ニーベちゃんとエリナちゃんが大人に迷惑をかけて回ったとき、全員に謝って回ったそうです。あなたも仮とはいえ弟子。その程度のことはします」


「でも……」


「それから、あなたには今後、自分の服以外大人向けの服を作ることを禁止します」


「えっ!?」


「私がお金を渡したのは、です。あなたはただひとつ、子供服を選んで買ってきた。ならば、あなたの道もまたそれしか選ばせません。文句があるならヴィンドに帰るか、自立したあとに自ら努力を。私は一切手を貸しません」


「はい!」


「いい返事です。では、先ほど話したお店に案内なさい」


「わかりました。年上なのに不出来な弟子で申し訳ありません」


「まったくです。少しは考えてから行動なさい」


「はい……」


 ユイ師匠は本当にその店の店主に謝ってくれて私が支払えなかった値引き分のお金を支払おうとしてくれた。


 でも店主さんもそのお金を受け取ろうとはせず、笑いながら『後進の勉強のためです』とだけ。


 私、お針子だってことまで話していないのに、なんで?

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