シャルの公太女歴訪記録

389.挿話-25 エヴァンソンでの交渉

「はあ」


 私はニクスの上で溜息をこぼします。


 あまりにも不甲斐ない都市国家の王たちにあきれ果てて。


「シャルよ。溜息ばかりついていては幸せが逃げるぞ?」


「幸せなどとうに逃げています。私はシュミットでノーラやユイとお話していたいのに……」


「ノーラはコンソールでできた〝親友〟だったな。ユイはシュミットの講師だったと聞くが?」


「はい。講師だった頃はまだまだ普通の宝石でした。それなのにお兄様に磨き上げられ、たった一カ月で『竜の至宝』に。お兄様とアリアお姉様が程のまばゆい宝石です。私も気に入りました」


「ふむ……私も新しい娘と娘にできた初めての〝親友〟へあいさつのため、竜宝国家コンソールに行く必要があるか」


「是非そうしてください。今のコンソールなら後ろについてきている方に対しても外から来ている方でも程度で済みますから」


 私たちの後ろについてきてくださっている方、それは様です。


 お父様のあとをついて飛び回り、人々を驚かせることに味を占めたのかどこに行くときも一緒だとか。


「それでこれから行く……」


「マーガレット共和国、エヴァンソン」


「そこだ。そこには期待できるのか?」


「少なくともお兄様が少量のアンブロシアを使って五年……あと四年ですか、延命させた女王のいる国です。コンソールが昔所属していた旧国家群に比べればマシではないかと」


「……女王はともかくその臣下は期待薄だな」


「お兄様も同じことを言っていました。あとは女王の采配とだと」


「わかった。私もロック鳥と契約できたことだ。もし便を手配するようなことがあれば、私が乗り込もう」


「それ、また黄龍様が付いてきますよ?」


「それも考慮してだ」


「不可侵ですよね?」


「だからと言って国威は見せねば」


「お好きなように」


「うむ」


 お父様もシュミットです。


 まったく、武人の考えが抜けていない。


 さて、エヴァンソンは……あれですか。


 少なくともこちらに武器を向けていない……いえ、逃げ出しているだけですね。


「期待薄、だな」


「お兄様の大嵐に耐えきったコンソールと、お兄様との交渉に挑むことができたシュベルトマンが特別なのです」


「そういえば、シュベルトマンからは追加依頼が来ていたな」


「はい。全ギルドから。戦費がいくらかでもかかってしまったため、あまり額は出せないようでしたが熱意を買って値引きしました」


「そちらへの期待は?」


「コンソールほどではありませんが、まだマシな分類です。……シュミットってそんなに優秀でしたっけ?」


「知らん。常に竜災害に備えるだけの心構えをしている程度だと考えているが」


「では覚悟の差ですね。まったく、コンソールはよく耐えたものです」


「少なくともスヴェインが少しずつ風を送り込んだ結果なのであろう。……まずは、交渉だな。ところで私の服よりお前のドレスの方がはるかに豪華なのはどうにかならぬのか?」


「ユイに頼んでください。あの子、ホーリーアラクネシルクで服を作る楽しさに目覚めて、私にドレスを次々渡してくるんです」


「よくアクセサリーが負けぬな?」


「これ、全部お兄様の手作りです。すべて魔宝石。サンクチュアリの七重発動とかわけのわからない術式を組み込んでいるものです」


「……そこまでしないとアクセサリーが負けるか」


「お兄様も苦心した上で作ったそうですよ? アリアお姉様ではほぼすべてダメだしされたそうですし」


「わかった。ここが終わったらコンソールに表敬訪問だ。いきなり行って問題があるか?」


「お兄様はいきなりいろいろな場所に顔を出しています。シュミットはそういうものだと認識されているでしょう」


「それはそれで困りものだな」


「はい。……さて、そろそろ動きましょうか」


「あの一番豪華な建物に降りればいいのか?」


「そう聞いています。面倒ですし手続きを踏まなくてもいいでしょう」


「……お前も大概だぞ?」


 お父様の言葉など知りません。


 ともかく一番豪華な建物、その中庭へとスレイプニルとフェニックスで降り立ちます。


 さすがに武器を構えていますが……腰が退けすぎですよ?


「望み薄だな」


「あと四年しか生きられぬと言う……」


「それを知っているということはスヴェイン殿たちの関係者か」


 兵士たちの間を割って出てきたのはエルフの老人。


 この方が、お兄様の言うところの『後継者を育て忘れた愚か者』ですか。


「失礼、ズレイカ代表か?」


「いかにも。あらためて問うがスヴェイン殿とアリア殿の関係者か?」


「スヴェインは国元を離れはしたが我が息子、アリアはその嫁となったため我が娘だ」


「そうか。結婚なされたか。まことにめでたい。私のような『愚か者』に貴重な神薬を分けてくださった方々の慶事、感謝の言葉しか伝えられぬがそれだけでもお願いできぬか?」


「わかった。自己紹介が遅れたな。私はシュミット公国公王アンドレイ = シュミットだ」


「娘でスヴェインの妹、公太女のシャルロット = シュミットです」


「国賓としてもてなしたいが……ロック鳥にあのような巨大な龍まで引き連れてきたのだ。急ぐ旅なのであろう?」


「急ぐかどうかはそちら次第。まずはそなたの『後継者』候補にお目通り願いたい」


「承知した。まだまだ未熟者のため失礼をはたらくであろうが許されよ」


「構わぬ。……まともに話ができたのはあなたが初めてだからな」


「アンドレイ殿は覇気が強すぎる。ではこちらへ」


 ズレイカ様に案内されてやってきたのはどう見ても執務室。


 ここに『後継者』候補がいるのでしょう。


「候補を選定するのに半年を要した。……いや、半年で済んだというべきか。どちらにしても私の命は残り四年。教育の時間はあまりにも短い」


「ごあいさつさせていただいても?」


「ああ。一国の公王と会うのもよい学びだ。シャニア、入るぞ」


 部屋の中にいたのはまだ若い、いえ、エルフなので見た目の年齢は当てにならないですが若そうな女性がひとり。


 お父様の覇気に怯えてはいますが、必至になって目を背けようとはしていません。


「……ふむ。半年で教育したのであればまずまず合格だろう」


「お、お褒めのお言葉、感謝いた、します」


「シャニア。こちらはシュミット公国公王アンドレイ様と公太女シャルロット様。私の命を五年間だけつなぎ止めてくださったスヴェイン殿のお父上と妹君だ」


「な、それは大変失礼を!!」


「気にするな。その行為はあれがあれの判断で、自分のもっていた薬を勝手に使ったまでのこと。我々は一切関与していない」


「まったくです。私とてアンブロシアなどという貴重品を兄がもっていることを知りませんでした」


「しかし、そのおかげでエヴァンソンは乱れず私も教育を受ける機会を与えられているのです! 本当に感謝しかありません!」


「そうか。私たちがきた理由を述べてもいいか?」


「はい、どうぞ」


「我々は技術者をにきた。そなたたちの技術者に我が国の技術を伝えること、やぶさかではない」


「ただし、指導は厳しく心折れるものも多いです。魂が震え、燃え続ける限りは見捨てません。ですが、そうでなければ容赦なく切り捨てます」


「それは、まことですか?」


「ただし、安くもない。一年でひとりあたり白金貨百枚以上の取り引きだ。その価値に見合うだけの講師は揃えている。あとはその技術を学び、盗み取る情熱をこの地の技術者がもっているかどうかだ」


「……ズレイカ様。国庫のお金、使用しても?」


「あなたがその価値を認めるのであれば」


「アンドレイ様、シャルロット様。その技術者たち、三日だけでも構いません。我が地にお預けください。それで見極めとうございます」


「そうか。だが、その必要はない。『デモンストレーション』用にすべての分野の技術者を連れ歩いている」


「大至急、技術者たちを集めなさい。私たちの目から見てふさわしいと感じれば、交渉に入ります」


「ズレイカ様! 指示を出す許可を!!」


「私の許可を求める必要などありません。あなたが判断を見誤れば止めます。そうでない限りは好きにやりなさい」


「はい! 誰か! 至急、街にいるすべての技術者を……練兵場に集めさせよ!! これは指導者命令である!!」


「……これは意外と期待できるかもな」


「ええ、の『剣聖』がいた国とは思えません」


 実際、練兵場に集められた技術者たちが我が国の技術者を見る目は熱意がこもっていました。


 諦めているものもいましたが、そんな連中は勝手にこぼれ落ちるでしょう。


 また、お父様はこのシャニアという指導者候補もえらく気に入った様子。


 我が国には指導者教育などできる人材はいませんが一般的な教育を施せる人材を貸し出すことを約束しました。


 まったく、とんだ拾いものですね。

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