19.契約延長と鑑定スキルの進化

「さて、お前たちに集まってもらったのはほかでもない。もうすぐ1年間の契約期間が終了するためだ」


 珍しく私たちが、辺境伯邸の応接室に集められたと思ったらその話か。


 そういえばもう1年経つのね……。


 なんだかんだあっという間だった気がするわ。


「正確な契約期間終了日だが、私と妻、ディーンが『交霊の儀式』を終えて戻ってきてからとしたい」


「それは構いませんわ。細やかな日付は覚えておりませんが、だいたいその頃が1年になるでしょう」


「……残念。スヴェイン様もアリア様もこれからの魔法の成長が楽しみだったのに」


「うむ、そこなのだ。懸念点は」


「それはどういう意味でしょう、辺境伯様」


「スヴェインはともかくアリアは人付き合いが苦手……というより、他人に恐怖を覚えるタイプでな。なかなか新しい人間に懐いてくれないのだよ」


「そういえば、私たちにも4カ月以上かかりましたわね……」


 そういえばそうだったなぁ。


 アリア様も畑の出入りを許可されているし、手伝おうとしてくれていたんだが、私たちの姿を見ると怯えてスヴェイン様の影に隠れていたものね。


「そういうわけで、君たちにはとりあえず半年間の契約延長を頼みたい。今回は守秘義務や拘束がなくなる予定なので、安くなるがな」


「どうする、みんな」


「わたしは受けたいですわ。まだまだあのふたりには伝えきれていない技術がありますの」


「……私も賛成。特に回復魔法の効率的なかけ方とかは教えてあげたい」


「じゃあ決定ですね。その申し出受けさせていただきます」


「すまないな。冒険者が長らく現場を離れてしまうことになるのは痛いであろう」


「まあ、そこは……なぁ?」


「鈍った経験は易しめの依頼で取り戻しますわ」


「……辺境伯様のおかげで蓄えはできた」


「そう言ってもらえると助かる。それでは申し訳ないが、私は王都行きの準備で忙しい。これで失礼させてもらうよ」


 足早に辺境伯様が出て行き、部屋には私たち3人だけが取り残された。


 そういえば、さっきの言葉って本心なのかね?


「なあ、伝え切れていないこと、ってなんだ?」


「スヴェイン様には【短縮詠唱】ですわ。あれがあれば実戦でもかなり違いますもの。アリア様には【短縮詠唱】と【マナチャージ】ですわね」


「……どっちもお前の切り札じゃん」


「精霊の正しい扱い方を教えていただけたのですわ。これくらいお返しをしませんと釣り合いが取れません」


「……私は【魔力継続回復】と【魔力消費減少】のコツを教えてあげたい。それから【属性魔力上昇】も」


「うへぇ。至れり尽くせりだな」


「それだけ、私たちも多くのことを学ばせてもらっているのよ。そういうあなただってディーン様にいろいろ教えているって聞いたけど?」


「ディーン様も熱心なんだよなあ。全身傷だらけになっても、回復魔法をかけてもらったらすぐに稽古を再開する。その姿勢に押されて剣術技をいくつか見せて、それから【筋力上昇】や【体力上昇】、【俊敏上昇】、【知覚上昇】の覚え方のコツを教えてしまったわね」


「あなただって十分にひいきにしていますわ」


「いや、だってさ。ここの子供たちって、みんなそれぞれの分野に熱心で頑張ってるじゃない? ついできる限りの応援をしてあげたくなるのよね……」


「……同感。それに妹君のシャルロット様も、最近は魔法のお勉強を始められてるみたい」


「あら、まだ4歳だったのではなくて?」


「……魔法を使っている兄や姉の姿に感銘を受けたらしいよ?」


「本気でこの先も安泰だな、この辺境伯家は」


「そうですわね。……いっそのこと、お抱え冒険者を目指して見ます?」


「……それもいいかも。少なくともシャルロット様の魔法授業くらいまでは教えてあげたい」


「どちらにしても、契約延長のときに辺境伯様に相談だね」


**********


「うーん」


 僕はおばあさまのアトリエで完成した、マジックポーションを前に頭を悩ませています。


 品質は最高品質で間違いないのですが、なにかが足りないんですよね……。


「スヴェイン様、なにかお困りごとですか?」


「アリア、大したことではないのですが……僕が作っているポーションやマジックポーションにもう一工夫できるような気がして」


「もう一工夫ですか? でも、鑑定ができる皆様は最高品質だと褒めていらっしゃいますよ?」


「最高品質の上に特級品というものもあるらしいのです。量産できる方はほぼいないそうなのですが……」


「そこを目指しているのですね」


「はい。でも、足がかりが見つからず困っているのです」


「薬草の品質はどうなのでしょう?」


「そちらは最高品質のものができていると思います。聖属性を混ぜた畑の方が最初の1カ月ほどは生育状況がよろしいです。でも、それを過ぎると普通の土魔法で耕した畑と大差がなくなります」


「そうですのね。では薬草以外のなにか……ポーションを作るときの材料はなにになるのでしょう?」


「はい。ポーションを作るには薬草、魔力水、水の錬金触媒が必要になります」


「水の錬金触媒、ですか?」


「錬金触媒というのは異なる属性同士の素材を混ぜ合わせるときに使う素材です。……そういえば、水の錬金触媒を鑑定してみたことはありませんでしたね」


 錬金触媒とは必要に応じて混ぜるものだ、そう考えていました。


 ですが、なにか別のことにも使えるのかも……。


「ちょっと錬金触媒を鑑定してみます」


 いままでさまざまなものを鑑定してきましたが、錬金触媒の鑑定は初めてです。


 鑑定結果は以下の通りでした。


――――――――――――――――――――


水の錬金触媒


水属性の魔石を原料に作られた錬金触媒


水属性を持つアイテムの調合に使われる



追加情報:


土の錬金触媒、または風の錬金触媒と合成可能


その際の触媒は土属性とは雷の錬金触媒が、風属性とは火の錬金触媒が必要となる


――――――――――――――――――――


 ……追加情報?

 こんな項目は初めて見ましたよ?

 試しに先ほど完成したマジックポーションを鑑定してみます。


――――――――――――――――――――


マジックポーション


飲むと魔力を回復するポーション


等級:最高品質


回復量:一般品の2倍



追加情報:


素材は魔草と魔力水


マジックポーションの属性は水と風


――――――――――――――――――――


「うん!?」


「スヴェイン様?」


「い、いえ。思いがけない情報が出てきたもので」


 これはどういうことでしょう?


 まさか、鑑定スキルのレベルが上がったことで追加情報も見ることができるようになったのでしょうか?


 アリアに断り星霊の石板を取り出しました。


 星霊の石板は各個人が持っているスキルや魔法、加護が刻まれている不思議な石板です。


 普段は各個人の体内というか心の中にあるらしいですが……いまはそれどころじゃないですね。


 試しに僕は錬金術スキルの項目を確認します、するとそこには【錬金術(20/20)】と書かれていました。


 おそらくあとの数字は一般的に呼ばれているスキルレベルというものなのでしょう。


 恐る恐るではありますが、鑑定スキルも確認すると【鑑定(32/50)】の文字が浮かび上がっています。


 これは鑑定スキルが一定値を超えると、追加情報も見えるようになることが確定的ですね。


 ……もっとも、なぜ僕の鑑定スキルレベルが32まで上がっているかは疑問ですが。


「スヴェイン様、なにかわかりましたか?」


「はい。ちょっと試したいことがありますので、アリアは離れていてくれますか? 初めての試みですから失敗するかも知れません」


「わかりました。お部屋の入り口で待っています」


「リリスもですよ」


「かしこまりました。無茶はいたしませぬようお願いいたします」


 僕は鑑定結果に従って、水の錬金触媒と風の錬金触媒を合成することにしました。


 触媒は火の錬金触媒ですね。


 さて、細心の注意を払って錬金開始……と?


「できちゃいました。水風の錬金触媒」


 なんというか、あっけないです。


 錬金術ランクとしては、かなり低かったのでしょうか?


「次が本番ですよね」


 魔草と魔力水、水風の錬金触媒を用いてマジックポーションを作成します。


 すると、完成した薬品は今まで以上に鮮やかな水色をしていました。


「スヴェイン様?」


「成功したのでしょうか、スヴェイン様」


「いまから鑑定してみます」


 なんとなくわかってはいますが鑑定してみます。


 するとやはり、思った通りの結果が完成していました。


――――――――――――――――――――


マジックポーション


飲むと魔力を回復するポーション


等級:特級品


回復量:一般品の5倍



追加情報:


素材は魔草と魔力水


マジックポーションの属性は水と風


――――――――――――――――――――


 一般品の5倍ですか……。


 これは間違いなくお父様の指示を仰がなくてはいけません。


「リリス。これを瓶詰めしてお父様に持っていっていただけますか?」


「承知いたしました。……スヴェイン様は?」


「思ったよりも魔力消費が激しいようです。少し休んでから向かうと伝えてください」


「はい。……それでは失礼いたします」


 僕はアトリエ隅にあるソファーに座って息を整えます。


 こういう風にして魔力回復に努めるのって【瞑想】スキルを覚えることができるんでしたっけ。


 額に浮いた汗をアリアがかいがいしく拭いてくれるのをこそばゆく思いながら、疲れが取れるのを待ちます。


 ……このときリリスに持たせたポーションが騒動の種になるとも思ってもみませんでしたが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る