383.ユイの指導日誌五ページ目:『世界樹の織機』
「それで、契約してきたのがカーバンクルの『フォレスト』に麒麟の『麟音』、それから契約待ちのワイズマンズ・フォレストですか」
私が家に帰ってきたときには既に夕食の準備は整っていたため夕食後、外に出て今日あった出来事をスヴェインに話した。
私が黒曜の背中で泣いてしまったことも含めて。
『ご厄介になります。家主殿』
『儂もしばらくここにとどまらせてもらう。契約が済めばどこにいても力を貸せるのじゃがな』
「いえ、お気になさらず。ただ、そうなるとホウオウですが……」
『すぐに帰る気はありませんよ?』
「……ケンカに発展する前には帰ってくださいね?」
「ごめんね、スヴェイン。昨日の今日でまた迷惑をかけて」
「いえ、迷惑だなんて考えていませんよ。カーバンクルは近いうちにプレーリーに頼んででも与える予定でしたし、第二位が麒麟だったことには驚きましたが」
うう……どうすればスヴェインを困らせずに済むんだろう。
最近の私はずっとこうだ。
「それで、いただいてきた花は弟子たちと分け合っていましたが……木材というのは?」
「ええと、ちょっと待ってね。いま……」
『ここで取り出すのはおやめなさい』
「麟音?」
『せめて部屋の中。カーバンクルに結界を張ってもらい誰にも見つからないようにしてから見せなさい。あれの価値がわかる者などいないでしょうが、争いの火種はないに越したことはありません』
「聖獣にそこまでいわせる素材って一体?」
『『聖獣郷』の主よ。お主でなければ手に余る代物じゃ。物作りの聖獣どもが持たせた手土産。ろくなものではない』
「わかりました。覚悟を決めましょう」
「なんだかごめんね、スヴェイン」
「いえ。本当にあなたは悪くないですよ、ユイ。文句は物作りの聖獣たちに言います」
『それがいいわ』
『それがいい』
聖獣様たちにすらそんなことを言わせる物作りの聖獣様方って一体?
私もホーリーアラクネシルクを散々使ってるから他人のことは言えないんだけど……。
ともかく、誰もいない場所ということで私の仕立て工房へ。
スヴェインの各種結界やプレーリーとフォレストの完全結界で外界と遮断したあと、例の木材を取り出すことに。
その木材を見たスヴェインは一目見てなになのかわかった様子で頭を抱えていた。
「……本当に物作りの聖獣たちはなにを考えているのか。僕でもなければこんなもの扱えないですよ」
「えっと、私には変わった色の木材にしか見えないけれど、そんなにすごいもの?」
「『世界樹の木材』です」
「え?」
「『世界樹の木材』です。最低でも世界樹の接ぎ木から育てた木でないと入手できない木材。弟子たちの杖は『世界樹の枝』を加工したものですが、これはその何倍も魔力を持っている。僕でさえ普通の方法では加工できません」
「それって……困るもの?」
「ごめんなさい、ユイ。あなたに言いたくはないのですが……さすがに扱いに困ります。ですが、いただいてしまった以上、返却もできません。さっさとなにかに加工して使いきってしまったほうがいろいろな意味で安全です。まかり間違って成長し始めたら目も当てられない」
どうしよう、スヴェインが本気で困っている。
どうしたら?
「さて、なにに加工しましょう。気難しい素材ですから家具や調度品には端材程度でないと使えませんし、端材を使うならアリアや弟子たちそれからユイが使う杖に加工するべきでしょう」
「え? 私、杖なんて持っていても魔法は使えないよ?」
「魔法名を唱えれば、杖が勝手に魔法を発動させます。それもかなり高密度で。弟子たちの修行にならないので普段使いはさせませんが、秘境以上に挑ませるときには持ち歩かせましょう」
うわ、想像以上に危険素材だった。
本当になにに使えばいいんだろう?
「ユイ、あなたがもらったものです。なにかほしい道具はありませんか?」
「スヴェイン。私に責任を丸投げしていない?」
「いえ。あなたの持ち物なんですよ、これ。僕がするのはあくまでも『加工』。責任を取れなどとは言いませんが、何かほしいものがあるならそれを優先させるべきです」
「そっか、そうだよね。ミシン……はダメか」
「あなた、今あるミシンでもホーリーアラクネシルクを縫えますよね?」
「うん。必要ないね」
「ほかになにかありませんか?」
「ほかに服飾で必要そうなもの……織機?」
服飾で使いそうな大道具と言えば、糸を紡ぐときの糸車と布を織る時の織機くらいしか考えつかない。
でも糸はすべてスヴェインの聖獣たちが紡いでしまっているからどうにもできないし……あとは織機くらいしか。
「織機ですか。いいですね。ついでなので糸車も作りましょう。……糸車を使わせてもらえるかは謎ですが」
「いいの!?」
思わず大声が出てしまった。
でも、こんなすごい木材でどんな布を織れば?
「世界樹の木材から作った織機ならホーリーアラクネシルクを織ることができますよ。ユイも布を織る時点からエンチャントをかけてみたかったのでしょう?」
「それは……否定できない」
「本来なら糸紡ぎからエンチャントできますが……アラクネが蜘蛛糸を渡してくれるとは思えないので諦めてください。木材は余るので糸車は念のため作っておきます。生殺しかも知れませんが」
「生殺しでもいい! 作って!!」
「わかりました。ただ、作るための設備が『聖獣郷』に帰らないとありません。明日……は無理なので明後日から三日ほど『聖獣郷』に戻って作ってきます。一緒に杖と念のためのブレスレットを作ってきますから、それらも持ち歩いてくださいね」
「うん。ありがとう!」
スヴェインは翌々日からアリア様を連れて本当に『聖獣郷』、本来の拠点へと向かってしまった。
帰ってきたのはきっちり三日後、おふたりともかなり疲れた様子でその日はそのまま寝室へ。
そして、明朝。
「お待たせしました。これが『世界樹の織機』です」
「うわあ……こうしてそばにいるだけで魔力を感じる」
「実際、膨大な魔力を秘めていますし、内部で大量に循環させています。使い方は……わかりますね?」
「うん。説明を受けていないのに自然とわかった」
「織機もあなたを認めたようです。それからこちらのマジックバッグも」
「マジックバッグ? もうもらってるよ?」
「いえ、こちらはシルヴァン・アラクネが素材をしまう素材箱と直通しているマジックバッグです。空間共有しているのでお互いにものをやりとりできます」
「……そんなこともできたんだ」
「まあ、いろいろとできるんです。それで、糸車をシルヴァン・アラクネに見せたら面白がって蜘蛛糸も分けてもらえることになりました」
「え!?」
「なので糸紡ぎもできますよ。最初は失敗続きかも知れませんが頑張ってください」
「うん!! 頑張るのは得意!!」
「ええ。ただし、食事時間や睡眠時間は確保しないと僕が取り上げますので御覚悟を」
「わかった!」
「はい。早く使ってみたいでしょうが朝食にしましょう。そのあとでしたら、いくらでも試して構いませんから」
「うんうん! 愛してる、スヴェイン!!」
「はい、わかっています。あと、アリアにもお礼を言ってあげてください。彼女が協力してくれたからこそ加工できたのですから」
「わかった!」
そのあと朝食の前に『アリア様、愛しています』と叫んだら『わかっていますので、お静かに』と返されてしまった。
私、アリア様にも愛情が伝わっていたんだ……。
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