183.『デモンストレーション』は続く

 鍛冶ギルドの次は服飾ギルドです。


 シュベルトマン侯爵にはこちらもあまり期待しないでください、とだけ伝えました。


 実際、僕の話を聞かずずらりと並んでお出迎えしたあげく冷たくあしらわれていましたからね。


 で、こちらに派遣されている講師たちにも鍛冶ギルドと同じようにお題を与えました。


 その結果は……。


「やったー! 鍛冶ギルドに勝ったー!!」


「なに? 鋼を容易く切り裂いた剣で切れない布?」


「こら、あなたたち。今回鍛冶ギルドの剣で切れなかったのは【斬撃耐性】の付与に成功したからですよ。そうでなければ、多少は切り裂かれていたはずです」


 はい、こちらで与えたお題も鍛冶ギルドの子たちに与えたのと同じ難易度だったのですが、こちらはエンチャントに成功しました。


 その性能差が浮き彫りになった形ですね。


「ですがスヴェイン様! 勝ちは勝ちですよね!!」


「まあ、そうですが……それを理由に鍛冶ギルドの子たちとケンカを始めないでくださいよ? シュミットの人間は意外と血の気が多い」


「それ、スヴェイン様が言います?」


「なぜですか?」


「講師陣は皆聞きましたよ。スヴェイン様がギルドマスターに就任したとき、前錬金術師ギルドサブマスターを錬金術勝負で街から追い出したって」


「別に大したことはしていませんよ。『威厳ある』などと言うのですから特級品ポーションくらい簡単に作れるかと考えて勝負を挑んだまでです。そして、追い出したわけではありません。一ギルド員から出直すか街から出て行くかを選んでもらっただけです。街から出て行ったのは彼ですよ。……そういえばギルドの備品も勝手に持ち出しされていたらしいですが」


「それ、追い出したのとどこが違うんですか?」


「選択肢は与えましたよ?」


「さすがはシュミット家の長子です。考え方が武家」


「うるさいです。あなたたちも今回のに慢心せず精進してくださいね。制限時間ギリギリだったのはもう少し頑張りましょう」


「「「はい! スヴェイン様!!」」」


「よろしい。シュベルトマン侯爵。……シュベルトマン侯爵?」


「はっ!? スヴェイン殿、本当にこのローブももらっていいのですかな?」


「はい。一回試しに切りつけたものでよろしければ。失礼でなければ魔法で家紋もあとでお入れいたします」


「いや、家紋は刺繍屋に……」


「シュベルトマン侯爵。その剣で切れない布に刺繍ができるとお考えですか?」


「……そう言われればその通りだな」


 家紋は後ほど僕が魔法で入れることなりました。


 さて、次からはお楽しみのコースです。


 まずは宝飾ギルドですね。


「おや、宝飾ギルドもギルドマスター直々のお出迎えですか?」


「錬金術師ギルドマスターもお人が悪い。。いえ、本当は私も混じりたい気持ちでいっぱいなのですが」


「宝飾ギルドマスター、お前がそう言うほどなのか?」


「もちろんです、シュベルトマン侯爵。こちらへどうぞ」


「ああ」


 シュベルトマン侯爵が案内されたのは工房でした。


 そこではシュミットから派遣された講師陣が懸命に指導しています。


「そこ、角度が違ってる!」


「あなた! 曲げすぎ!」


「君!! カットの仕方が見本と違う!!」


「こ、これは……?」


「シュミット公国から派遣していただいた講師の方々による指導です。……本来ならば私もあの指導を受けたいのですが、ギルド員がいる手前、普段は自重しています」


「……そなたはギルドマスターであるよな?」


「はい。ですが、技術力はシュミット公国の講師陣の方が数段上でございます」


「それほどか……」


「おや? 錬金術師ギルドマスター、この前に鍛冶ギルドと服飾ギルドにお連れしたのでは?」


「あのふたつのギルドではまともに指導させてもらえていないと事前に聞きました。なので、講師陣に直接腕前を披露していただきましたよ」


「……あの石頭どもはなんともったいない。これだけの講師がいるのになにも学ぼうとしないとは」


「ちなみに宝飾ギルドマスター。彼らの作った作品はないのかね?」


「彼ら……と言いますと講師の皆様ですか?」


「ああ、そうだ」


「それでしたら私の部屋に。ご案内いたします」


 宝飾ギルドマスターに案内されたギルドマスタールームには丁寧に装飾された宝石箱がひとつ置いてありました。


 ふむ、なるほど、よくできています。


「宝飾ギルドマスター、作品はこの中か?」


「いえいえ。でございます」


「なに?」


「おや? シュベルトマン侯爵にはこれの良さがわからないと?」


「済まぬ。宝石や装飾品の価値には疎いのだ」


「ではご説明いたします。この宝石箱にあしらわれている……」


 そこから先は宝飾ギルドマスターによる解説が続きました。


 ミライさんの目も爛々となっていますし、ミライさんにはあの宝石箱の価値がわかるのでしょう。


「……以上でございます。ちなみに、私がこれを作れと言われてもまだまだ修行不足です」


「そ、そうか。済まぬ、やはり私には違いがよくわからないようだ」


「左様ですか。ではよくわかるものをご覧にかけましょう」


 そう言って宝飾ギルドマスターが宝石箱から取り出したのはふたつの指輪。


 どちらもサファイアの指輪です。


「さて、一方は私の作品。もう一方は講師の方で。シュベルトマン侯爵、あなたはどちらが私の作品に見えますか?」


「さすがにそれはわかる。こちらがそなたの作品であろう?」


「左様で。錬金術師ギルドマスターならどちらがシュミットの作品かおわかりですよね?」


「はい。今シュベルトマン侯爵が指さしている方、そちらがシュミット公国から来ている講師の作品です」


「な?」


「正解です。さすがは故国」


「それほどでも。デザインに特徴がありましたから。確かに下位のジュエリストですね」


「これを作ったあと、ほかの講師陣からも同じようなダメ出しをされていました。『シュミットのデザインが出過ぎている』と」


「ま、待て! こんな私でもすぐに差がわかるのに、本当にこちらが講師の作品なのか!?」


「はい、まことに悔しいですがシュベルトマン侯爵が指を差していない方が私の作品です。この指輪をみただけで私の完敗でした」


「そ、そうか……」


「同時に世界の広さと可能性を見せてくれる作品です。だからこそ記念にいただいた宝石箱の中にしまっているのです。自分への希望と戒めとして」


「……鍛冶ギルドでは鋼をいとも容易く切り裂く剣。服飾ギルドではその剣を通さぬローブ。そしてこの指輪か」


「はて、鋼を切り裂く剣ですか? シュミット公国の講師でしたらもっと優れるものを作れそうな気がいたしますが……」


「なに?」


「鍛冶ギルドと服飾ギルドは講師代をケチったのですよ。なので講師としては駆け出しレベルの人材しか呼べていません。実際、僕が出したお題にもギリギリで応えられるレベルでした」


「そうでしたか。そのお題とやら、我がギルドの講師陣にもおだしいただけますか?」


「構いませんが……指導のお邪魔になってしまうのでは?」


「優れた技術が結集する様を見せるのも指導です。お題、出していただけますね」


「わかりました。……このギルドに派遣されているレベルの講師でしたらどういうお題がいいでしょうか」


 さて、どうしましょうかね。


 単純に『綺麗なもの』とか『美しいもの』ではつまりません。


 かといって、『複雑なもの』でもいけませんし……そうだ。


「シュベルトマン侯爵、奥様か娘様はいらっしゃいますか?」


「あ、ああ。妻と娘がひとり」


「姿絵などはお持ちでしょうか」


「もちろん。ロケットペンダントの中にしまっている」


「わかりました。それでは、『奥様と娘様へのプレゼント』をお題にしましょう。なにを贈りたいですか?」


「な、姿絵だけだぞ!? それも三年前のものだ!」


「十分です。好きなアクセサリーを指定してください。指輪でしたらどの講師でも【自動サイズ調整】のエンチャントはかけられるはずですのでご心配なく」


「で、では。妻にはイヤリングを。娘には指輪をお願いしたい」


「ふむ。もっと具体的な要望はありますか? 健康祈願とかそういった感じの」


「それならばふたりとも健やかにあってもらいたい。それで構わないか?」


「わかりました。宝飾ギルドマスター、すみませんが講師陣を集めてください。それから作業スペースの確保も。素材と宝石は僕が用意いたします」


「宝石もですか?」


「原石から削り出させます。その程度、こなしてもらわないと」


「承知いたしました。講師たちが原石を加工する様子は私も拝見させていただいております。では、用意ができましたらお呼びいたしますのでこちらでお待ちください」


 扉の前で一礼してから部屋を出て行く宝飾ギルドマスター。


 宝飾ギルドでは特にデモンストレーションをする予定はなかったのですが、まあいいでしょう。

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