253.暇なスヴェインと冒険者ギルドマスター
「はぁ……」
「どうしたよ、スヴェイン。訓練場の観客席で溜息をこぼしやがって」
「ああ、ティショウさん」
「……本当にどうしたよ?」
ギルド支部運営がなんとか正常化したいま、僕もまた少し暇になりました。
気分転換にと考えて冒険者ギルドに顔を出したのですが……ままなりませんね。
「いえ、エリシャさん、今日はお出かけ中ですか?」
「アイツなら泊まりがけの講習中だ。アイツと戦いたかったのか?」
「エリシャさん相手なら少しは雑念も晴れるかと思い」
「ほかの講師どもは?」
「雑念があると怪我をさせてしまいます」
「お前の雑念って災害だな」
ままなりません。
「で、悩みはギルド支部運営の話か?」
「……すでに承知でしたか」
「商業ギルドマスターが心配していたぞ。いきなりあの規模の人員を増やして大丈夫か、と」
「はい。ダメでした」
「だろうな。で、ギルドマスター様はこんなところで油を売ってていいのか?」
「シャルに頼んで派遣してもらったシュミットの事務員によって運営が正常化しました。ミライさんも秘書を数名雇ったことで余裕ができましたし、僕にも気晴らしをしてこいと」
「弟子どもは?」
「アリアと訓練中です」
「腑抜けの『聖』どもは?」
「まだまだ腑抜けです」
「……一日だけでも拠点に帰って研究ってのは?」
「一日で終わる研究内容がありません。それに、危険が伴う内容ばかりなのでアリアがそばにいないと危なっかしくて」
「……ままならねぇな」
「ええ、まったくもって」
ティショウさんとふたり、シュミットの講師によって吹き飛ばされ続ける冒険者を眺めながら黄昏れます。
「そういや、錬金術師ギルド第二支部を建て始めたと聞いたが?」
「スラム街の生産職を大量雇用して始めました。夏頃に完成すればいいかな、くらいの感覚でいます」
「お前、その感覚だと春先には完成するぞ?」
「僕もそんな気がしはじめています」
「そっちができて、またパニックは起こさないのかよ?」
「ミライさんにも再三確認は取りました。『今回の教訓を活かせば大丈夫』とのことです」
「無駄にならなくてなによりだ」
「ええ、まったく。そういえば冒険者ギルドの運営ってどうなってるんですか?」
「あ? ……俺もよく知らないな。事務方は事務方で機能しているからよ。ミストなら多少は知ってるだろうが……そこまで詳しくないだろうぜ」
「僕が言えた義理じゃないですが、よく回りますね、冒険者ギルド」
「最終的には一発殴って終わり、だからなぁ」
「なるほど」
そんな横暴が許されるのはここだけでしょう。
ほかのギルドに聞いても参考にならないか教えてくれないかのいずれかでしょうし……。
さて、どうしたものでしょうか。
「そういえば商業ギルドには相談したのかよ?」
「相談しましたが……さすがにそれだけの人材を一度に増やした事例を聞いたことがないそうで」
「よく正常化できたな、シュミットの講師」
「腕利きを選りすぐってもらったようです。それでも一週間かかったあたり相当だったのでしょう。実際、終わったあと、シュミットの方々も目が死んでました」
「さすがのシュミットでも無理はあるか」
「それはありますよ。そもそも事務仕事は効率的なだけで、ほかとさほど変わらないはずです」
「ってことは錬金術師ギルドは相当非効率だったわけだ」
「本部運営だけだと効率的だったらしいですよ? 支部が増えたことでパニックになっていただけで。おかげであちらも頭を悩ませたようですが」
「俺たちは本部と支部の間じゃ依頼の確認作業くらいしかしてねえからなあ」
「うちは薬草管理、品質管理、ポーション管理、ポーション輸送、人員管理などなど幅広くやることになっていたせいでどうにもならなかったとか」
「どっから手をつけたんだ?」
「まずポーション輸送から。いままでは錬金術師ギルドが商業ギルドに持ち込んでいましたが、それを逆にしていただきました」
「まあ、当然か。ほかには?」
「薬草管理をすべてぶん投げました。聖獣たちが僕の差し出す報酬目当てに目を光らせているので、僕が離れるまでは問題ないです」
「普段は自分なしで回すように心がけているお前が、自分にしかできないことをやるとか相当だな」
「そうしないとどうにもならなかったので。あとは、事務員を追加募集することにしています。こちらは望み薄なんですが」
「事務員を増やす理由は?」
「給与の歩合制を続けるためです。これをやめてはギルドの基盤そのものが揺らぎます。というか、だれにいくら支払えばいいか見当もつかなくなります」
「そんなら、ポーションを提出してもらったときに規定の金額を支払えばいいんじゃねえか? 冒険者ギルドの依頼達成みたいによ」
「はい。ギルド支部ではそうしました。……ただ、そうなると、他人の成果物を奪おうとする愚か者が出てきたんですよね」
「そんな馬鹿がいたのか」
「すでに除名処分にしましたが。まったく、聖獣が目を光らせているこの街でそんな不正が通る訳がないのに」
「お前、そんな事まで監視させていたのかよ?」
「いいえ。聖獣たちが自発的に動きました。聖獣たちもそういう行為は許しませんので」
「こええな、聖獣」
「聖獣と共生するということはそういうことです。些細な悪事は気にしませんが、強盗などは見逃しません。例え人の手に乗るサイズの聖獣であっても冒険者の二十人や三十人を殺さず無力化できます。そして、プライベートな空間には存在しませんがそれ以外の場所にはどこにでも侵入します。そういう存在です」
「俺ら、とんでもないものと手を組んだんだな」
「はい。僕のギルドでも聖獣の子供を密猟組織に売りさばこうと画策していた愚か者がいましたが……街を出るところまで見逃してもらえたんでしょうかね? 僕は『街を出て行きなさい』と命じたので街を出るところまでは見逃してくれた……と信じたいのですが」
「本当にこええな、おい」
「子供たちに恐怖を味わってほしくないので街を追い出したのですが」
「ちなみに、そういった馬鹿はどれくらいこの街にいたんだ?」
「さあ? シュミットでも知らないそうです。聖獣や精霊はそんな些細なことを数えませんし」
「マジで怖いな」
「普通に接していれば良き隣人ですよ」
「……冒険者にもあらためて注意を促すわ。実際、聖獣に絡んで返り討ちにあった馬鹿どもは結構いるからな」
「それでしたら『じゃれついた』だけですよ。『返り討ちにあった』のでしたら真っ二つですから」
「……マジで注意を出すわ」
「そうしてください。……そろそろ帰りますね」
錬金術師ギルドに帰っても仕事はそんなにないんでしょうね。
弟子たちもまた最近は指導をせがまなくなってきましたし、暇です。
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