553.サリナのお店、オープン前日

聖獣とともに歩む隠者第二巻好評発売中!

よろしくお願いいたします!


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 店員兼弟子を雇ってから三日後、つまり私のお店のオープン一日前。


 私は約束通り四人に集まっていただきました。


 完成した制服を渡すために。


「うわあ……かわいい」


「それに生地も伸びて動きやすい!」


「ベストも動きやすかったけど……こっちは体にぴったりくっついているのに全然引っ張られる感じがしない!」


「サリナ店長、これも【自動サイズ調整】の効果ですか!?」


 私の呼び名は『サリナ先生』とか『サリナ師匠』とかいろいろ呼ばれましたが『サリナ店長』で統一してもらいました。


 本当は『サリナさん』が一番よかったのですが、呼び方で揉めているときユイ師匠がやってきて『店長なのは変わらないのですから店長くらいは認めなさい』と言われてしまいそれに決定です。


「ええと、今回の仕事服には【伸縮】って言うエンチャントがかけてあるの。【柔軟】と【自動サイズ調整】もかかっているからよほど激しい動きをしない限り衣擦れしないよ。あとは……【あせも耐性】もそうだけど【速乾】って言うエンチャントもかけたから、汗をかいても大丈夫だと思う」


 それから私はこの子たちに対しての敬語も禁止……と言うことにされました。


 ユイ師匠からもこの子たちからも『これからは店長兼師匠なんだから威厳を持て』と言われてしまい……情けないです。


「【伸縮】に【速乾】……【あせも耐性】もそうだったけれど聞いたことがないエンチャントばかりです」


「あの、店長。この仕事服ってどれくらいエンチャントがかかってますか?」


「ええと……【防汚】【防水】【柔軟】【頑丈】【防寒】【防暑】【擦過傷耐性】【あせも耐性】【伸縮】【速乾】【快適温度保存】【自動サイズ調整】かな?」


「十二重……エンチャントが十二個もかかっている仕事着……」


「あの、店長。怖すぎます……」


「破いたりなくしたりしたら、あたしたちのお給金でも払えません……」


「大丈夫だよ。余り物のマジカルコットンで作ってあるから。ユイ師匠の許可も頂いてるし」


「いや、でも……」


「あと、今日は一着ずつしか間に合っていないけど、着替え用に何着かずつ用意しておくから。お洗濯はこの家の使用人、リリス様が一緒にやってくださるから心配しないでね?」


「こんな高価な服まで頂いているのに洗濯までお任せするなんて!?」


「ええと、昔は私も自分の服は自分で洗濯していたんだけど、今は全部リリス様任せなの。リリス様にはリリス様の、使用人としてのプライドがあるからそこは譲ってね?」


「は、はい……」


 最初の頃こそユイ師匠に命じられて自分の服はすべて自分で洗濯していたんだけど、夏に正式な弟子入りをしたあとは私の洗濯物もリリス様に任せるように命じられました。


 私の時間はすべて私の勉強に使うように言われたし、一人前の弟子になったのならこの家のルールに従えと。


 最近だと私の服も素材こそ普通の布だけれど【自動サイズ調整】とかはかかっているし、高級品なのかな?


「ちなみに店長、エンチャントってどんな服にでもそんなにたくさんかけられるものなんですか?」


「ううん。そんなことはないよ。ただ、それについては教えちゃいけないってユイ師匠からの命令。四人のうち誰かひとりでもエンチャントの規則に気が付いたら教えてもいいって言われているから、頑張って考えてね」


「エンチャントの規則……そんなものもあるんですね」


「うん、ある。になるためにはそれの見極めができるようになって入口だって」


「シュミット基準ですか? コンソール基準では?」


「どうなんだろう? 私よりも凄腕の服飾師だったら気が付いているだろうし、見極めも上手だったと思うけれど……」


「いえ、いいです。店長の判断基準ってあいまいですから」


「……そうだよね」


 私、半年程度で服飾ギルドを卒業させられちゃったから基準がよくわかってないんです。


 凄腕の先輩たちはたくさんいたけれどその方々はばかりで、私みたいにとは格が違いますから。


「それで店長。今日私たちを集めたのって制服の確認だけですか? 各自が使っている参考書も持ってくるように言われてましたけれど」


「あ、ごめんね。そちらの話をしないと。まず、皆の参考書を見せてもらえるかな?」


「はい。……あ、やっぱり皆バラバラですね」


「本当だ。私、そっちも見たことがあるけれど難しそうだったからやめたの」


「私はこれが一番あいそうだったから」


「あたしも」


 うーん、やっぱりこればっかりは個性が出ちゃうか……。


 でも、今後の指導を考えるとこうしなくちゃいけません。


「もしよかったらこの本を使ってもらえないかな?」


「その本を、ですか?」


「うん。私がユイ師匠から一番最初に服飾を学んだときの本。合いそうになければ自分たちの本でもいいよ?」


「では失礼して……あ、本当に初歩の初歩からだけどわかりやすいかも」


「ほんとだ。私でも覚えている技術があるけれど復習になる」


「そうだね。でも、店長はなんでこの本から?」


「そうですよね。こんな入門書から始めなくても……」


 そうですよね。


 この話したら幻滅されてお店辞められちゃうかも知れないけれど隠し事はしたくないです。


「私、去年の秋の中頃まではヴィンドの街の下働きだった『お針子』だったの」


「え?」


「店長がヴィンドの街の下働き?」


「今つけているバッジもそこにかけてある出店許可証も本物ですよね?」


「ユイさんも認めてましたし……」


「『カーバンクル』の大きい方、エリナって知ってる?」


「それはもちろん。街の有名人ですから」


「今のコンソール第一街壁内で『カーバンクル』の名前を知らない人はいませんよ」


「でも、それと先生の話がなにか?」


「エリナってね、私の妹なの。それで、立派になって二年ぶりに里帰りしてきたエリナを頼って憧れだけを胸にコンソールに渡ってきたのが惨めな私。そのあとは秋の終わり頃まで噂に聞いていたコンソールと実際のコンソールにあった格の違いに打ちのめされ続けていて、秋の終わり頃必至になって努力してようやくユイ師匠に仮弟子として認められたの」


「え……」


「そのあとはコンソールの技術を覚えるためにヴィンドの悪い癖を散々抜かされて、本当に最初期からの指導をしてもらい、去年の冬の終わり頃修行のため服飾ギルドに叩き込まれて夏の終わりに卒業。それを認められて正式な弟子になって、そのあとはひたすらお店を開くためのお勉強をする毎日だったの。ごめんなさい、こんな惨めな店長で」


 私の話を聞き終わった皆は……唖然とした表情をしていました。


 呆れられちゃったかな?


「ええと、店長の職業って本当に『お針子』なんですか?」


「うん。見てみる?」


「はい。是非」


「じゃあ。はい、星霊の石板」


「ありがとうございます。あ……本当に『お針子』だ……」


「でも【裁縫】と【服飾】のスキルレベル28もあるよ?」


「それを言い出したら【付与術】なんて限界だし」


「【魔力操作】も限界。店長、これっていつから鍛えてですか?」


「ええと、去年の秋の終わりかな。それまでは本当に下働きしかやっていなかったから【服飾】スキルなんてなかったし、【裁縫】スキルも低レベル。【付与術】と【魔力操作】なんて覚えてもいなかったもの」


「すごい……」


「え?」


「すごいですよ、店長! たった一年あまりでこれだけ成長できるだなんて!」


「そうです! ヴィンドって最近コンソールの支援が入ったらしいですけど、それまでは本当に酷かったんですよね? それなのにここまでだなんて……」


「一年でこれですよね!? 私たちでも必死で努力すれば追いつけますか!?」


「一年で追いつくだなんて無理は言いません! 何年かけてもいいですから追いつかせてください!!」


「ええと……私が教えられる事なんて頑張ってもユイ師匠の真似事だよ? 最終的にはマジカルコットンの取り扱いは覚えさせてあげれれるけれど……その先は私もまだ習っていないから……」


ですよね!? もっと習えばその先も教えてくれますよね!?」


「それは、もちろん。でも、私のあとばかり追いかけててもいいの? 服飾ギルドに入ったほうがシュミットの講師様たちもいるし勉強になるよ?」


「それは将来的に目指します! でも、今は店長に指導いただく方が先決です!!」


「シュミット講師のリーダーだった人の弟子にから個別で学べる機会……私たち本当に運がよかった!」


「こんな幸運あり得ないもの!」


「服飾ギルドに入っちゃったら大勢の中のひとりだもんね! 今なら四人のうちの一人だもんね!! 指導内容も濃くなるよね!!」


 なんだか、すごく感激されているけど……いいんでしょうか?


 私に出来ることなんて本当にユイ師匠の真似事、私が受けてきた指導をそっくりそのまま施すくらいなのに。


「それで店長! この本のほかにはなにを学んできたんですか!?」


「あ、うん。ちょっと待ってね、今出すから」


 私が取り出したのは服飾学の入門書。


 皆はそれを手に取り読み始め……すぐに難しい顔をし始めました。


 あれ?


 エリナはこれの錬金術版を最初から読んでいたって聞いたのに?


「店長、この本の内容。服飾についてはわかるんですけど……難しいです」


「はい。これだとついていけるかどうか……」


「半分くらいから先はエンチャントについて書かれていますし……私たちエンチャントなんてできません」


「あたしもちょっと……」


「あ、ううん、気にしないで。私も自分で少しずつ読み解きながら師匠に解説していただいた本だから」


 少なくともこの子たちはこの本を受け入れています。


 この本を理解することを拒んだ私とは大違い。


「その本はユイ師匠から頂いた〝シュミットの賢者〟の服飾学教本、その入門編だよ。その上に初級編、中級編、上級編がある。……上級編はまだ私も触らせていただいていないけれど」


「つまりこれが……」


「ユイ師匠に言わせると『仕上げにエンチャントが施せるようになって初めて服飾師』だって」


「道は険しそう……」


「道は険しいけれど……私も精一杯サポートするから!」


「よろしくお願いします、サリナ店長」


「うん!」


「それで、本はこれだけですか?」


「あ、あともう一冊だけ」


 私が最後に渡したのは【魔力操作】の技術書です。


 私が渡されたときは気にしていなかったんだけれど、著者名は〝ゼファー〟ってなっていました。


 でも、ユイ師匠はスヴェイン様が書いたって言っていたので〝ゼファー〟とはスヴェイン様のことなんでしょう。


「あ、それって【魔力操作】の入門書」


「街ならどこでも買えるけれど……服飾じゃ必要ないかなって感じてたんだよね」


「でも、今の服飾学の本を見ちゃうとなあ……」


「あたしも。魔力布を扱うにもエンチャントを扱うにも【魔力操作】って必須なんですよね? この本が出てきたってことは」


「うん、そうなる。エンチャントの指導は……早くても春先だと考えているけれどその前に【魔力操作】だけでも極めておいてもらいたいから」


「【魔力操作】を極める……」


「そうなんだ、そこがエンチャントを使うための入口……」


「本当に道が険しい……」


「でも、諦められない!」


「「「うん!」」」


 よかった、ついてきてくれるみたいで。


 諦められたらどうしようか不安だったから。


「それで、サリナ店長。【魔力操作】を覚え始めるのってどうすればいいんでしょうか?」


「あー、それは……」


「それは?」


 こまった、一週間の半分を呆然として過ごして残り三日間で文字通り死にかけて覚えたから覚えてません、なんて言ったら本当に幻滅されます。


 どうしよう……。


「最初の一歩は私が教えましょう」


「リリス様!」


「リリス様?」


「スヴェイン家使用人リリスともうします。サリナは【魔力操作】の初期指導は苦手ですので私が代わりに教えます。覚えるだけでしたら今日中になんとかなるでしょう」


「本当ですか!?」


「もちろんです。それから、サリナ。ユイが呼んでいましたよ」


「ユイ師匠が? わかりました、行ってきます。皆への指導よろしくお願いいたします」


「引き受けました。それでは皆さん、始めましょうか」


 リリス様が教えてくださることになって本当によかった……。


 私じゃ初期指導はできないから。


 ここもあらためてユイ師匠に教えていただかなくちゃ。



********************



「……もうそろそろ【魔力操作】を覚えた頃です。星霊の石板を」


「あ、本当だ! もう覚えてる!」


「私も! 【魔力操作】ってこんなに簡単なスキルなんですか?」


「私だから簡単に教えられるのです。そもそもサリナには最初の一歩は教えられません」


「サリナ店長には教えられない? それってどういう意味でしょうか?」


「言葉通りです。彼女は自己流の方法でがむしゃらに覚えました。その結果として衰弱死一歩手前まで行きましたが」


「衰弱死一歩手前!?」


「皆さんに教えているように安全なやり方なら問題ないのです。それをあの子はなにも考えずにやるからそう言うことになる」


「サリナ店長、そんなところでも頑張って……」


「それは頑張りではなく無鉄砲の命知らずというのです。さて、サリナへの指導も長引くはずですし、もうしばらく【魔力操作】を鍛えてあげましょう」

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