552.サリナ、店員兼弟子を雇う
聖獣とともに歩む隠者第二巻好評発売中!
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私が作ったマジカルコットンを作業台の上に用意してあるし作業の準備は万全。
お題は……作りやすいベストでいいかな?
「あ、あの? それってコットンですか?」
「ああ、サリナ。説明してお上げなさい。服飾師見習いにもなれていない少女たちです。それの存在すら知りません」
「あ、そうでした。私がこれから使う布ですがマジカルコットンといいます。ユイ師匠から伺うとかなり初歩の分類になるそうですが魔法布ですね」
「「「魔法布?」」」
「サリナ。説明不足です」
「すみません、ユイ師匠。魔法布というのは……とりあえず、皆さんこれを持ってみてください」
私が四人に渡したのはマジックバッグの中に保存しておいたマジカルコットンの切れ端。
布裁ちの練習用に保管しておいたものですが役に立ちそう。
「布の切れ端? え!? 触ろうとした瞬間から灰になって崩れ落ちた!?」
「私も!? 一体なにが!?」
「ええと、それが魔法布の性質です。適切な魔力の受け流しができないと触ることすらできません。そうじゃないと、触ろうとした瞬間に内側から腐って崩れ落ちます。それが魔法布です」
「え、でも、サリナさんって、今作業台にある布を普通に触っていますよね?」
「はい。マジカルコットンまでなら簡単に扱えるようになりました。これより上位の魔法布は切れ端を触らせてもらったことしかないので、取り扱えるかわかりませんが……」
「その……魔法布って聞いたこともなかったんですけど、どれくらいのお値段なんでしょう?」
「それは……ユイ師匠?」
私じゃマジカルコットンの値段は答えられないし答えちゃいけない。
情けないけどユイ師匠を頼らないといけません。
「サリナでは答えられない……と言うか、答えさせないことにしているので私から説明いたします。シュミットでマジカルコットン一反の取引価格は金貨十枚以上。ほぼ時価なのである程度の相場はあってもタイミングが悪いと金貨三十枚などもあります」
「コンソールより進んでいるシュミットでも金貨三十枚……」
「ちなみにコンソールでは取り引きされていません。素材の魔綿花こそ文字通り山のように手に入っています。ですが、それをマジカルコットンまで織るための特別な織機が今はまだ服飾ギルドの実習用か私とサリナの所持品、あとはシュミット講師陣の私物しかないはずです。服飾ギルドで生産されたマジカルコットンは、すべて服飾ギルド内の練習で消費していると聞いています。シュミット講師陣は今更マジカルコットンを織って販売なんてしませんし、私もしません。そこのサリナは練習として売るほど作っていますが売らせないことにしています。故にコンソール内ではマジカルコットンは取り引きされていない、取り引きがあったとしてもシュミット講師が練習目的でシュミットから輸入しているくらいでしょう」
「マジカルコットン? って普通の織機じゃダメなんですか?」
「サリナ、ここからはあなたが答えなさい」
「わかりました。魔法布ってね普通の織機じゃダメなんです。霊木織機って言って特殊な木材から作った魔導具になっている機織機を使わないと織れないです。それも今ではシュミットからの輸入なんですよ」
「霊木織機って普通の木材じゃダメなんですか?」
「ええと、特殊な魔力を含んだ木材を使わないといけないらしいです。コンソール近辺で手に入る霊木は聖獣樹しかないそうで、それを使った霊木織機を作れるようになるまでかなり年月を要するらしくお値段もお高いみたいですね」
「サリナさんも霊木織機を持っているんですよね? それはいくらしたんですか?」
「それはユイ師匠のお古を頂きました。なんでももう必要がなくなったからって。ちなみに、ユイ師匠がシュミットで聖獣樹の織機を買ったときのお値段は白金貨五十枚だそうです」
「「「白金貨五十枚!?」」」
「師匠の私から補足です。服飾ギルドが仕入れた霊木織機はおそらく『霊樹の織機』でしょう。それでも、破損したらコンソールでは修復不可能なので【自己修復】のエンチャントはかかっているはずです。そうなってくると霊樹の織機でも一台白金貨五枚はするはずですよ」
「ユイさん……話のスケールが違います……」
あ、スヴェイン様が【自己修復】をかけてくださったときにお金を支払おうとしたら、いきなりショートするってそう言う意味だったんですね。
スヴェイン様って気軽に【自己修復】をかけてくださるけれど本当は高価なエンチャントなんだ……。
指輪や裁縫道具、間違ってもなくしたり壊さないようにしないと。
「さて、あなた方の疑問もそろそろ晴れましたでしょうか? とりあえずサリナは取り扱いの難しい布で服作りに挑むのだと考えておけば十分です」
「「「は、はい」」」
ええと、ついてきてもらえてますでしょうか?
今までの話が大きすぎて大分上の空になっているような?
「あの、大丈夫ですか?」
「サリナ、気にせず始めなさい。その子たちも服飾師の卵なのです。あなたが作業を始めればついてくるでしょう」
「はあ、わかりました」
本当に大丈夫かなあ?
ユイ師匠のお言葉ですし信じましょう。
まずは補助線を引いて……。
「「「!」」」
「次は布裁ちを……」
「あ、あの、魔法布の布裁ちって簡単なんでしょうか?」
「オリビアさん。サリナは集中していて聞こえていないでしょうから師匠の私から答えます。当然難しいです。はさみにも適切な魔力を通し続けていなければそこから布が崩れ落ちます。針だってそうです。魔法布の扱いはそこまで繊細なんですよ」
「そ、そうなんですね……」
布裁ちは完了。
次は切った布を縫い合わせて……。
「ええと、縫い合わせているときの糸って……?」
「ナディネさん。当然、マジカルコットンの糸です。ものにもよりますが布地との相性が悪いとそれだけでも崩れますから」
「……ですよね」
うん、形は完璧!
あとはエンチャントと魔力固着!
「え? 今、七回光った!?」
「一体なんの光!?」
「エンチャントの光です。七回光ったと言うことは七回エンチャントに成功したと言うことです」
「すごい……」
「エンチャントが七回……私、エンチャントが三重になっている子供服のお値段を見たことがあるけど一着金貨五枚もした……」
「私は金貨六枚。確かエンチャントって回数が増えるごとに難しくなるんだよね? あれって一体いくらぐらいの服なんだろう……」
うん、魔力固着まで終了。
これで完成!
「完成しました。『マジカルコットンのベスト』、エンチャントは七重です」
「「「……」」」
「あ、あれ?」
「サリナ。かけたエンチャントの中身は?」
「はい。【防汚】【防水】【柔軟】【頑丈】【快適温度保存】【あせも耐性】【自動サイズ調整】です」
「【擦過傷耐性】は抜いたのですね?」
「ええと、入れたかったのですが……このサイズのベストではこれが限界かと」
「ええ、いい見極めです。そしてあなた方、そろそろ現実に戻ってきてください」
「「「は、はい!」」」
「その……ごめんなさい。私の今の腕前じゃいい布を使ってもこれが限界なの。ユイ師匠に頂いた本に書いてあった『エンチャント容量圧縮』って言う技術を覚えれば、もう少し枚数を増やせるんだけど……」
「あれは中級編の技術です。あなたの腕前ではまだ届きません。せっかくですしそのベスト、彼女たちに着ていただいては?」
「あ、そうですね。それではオリビアさんから順番にどうぞ」
「は、はい。その、破いたりしても弁償は……」
「大丈夫ですよ。多少のことでは破けませんし、練習で作っただけですので弁償なんて考えなくて結構です。お気軽にどうぞ」
「は、はい……あれ? 着た途端に私の体にぴったりあったサイズに?」
「それが【自動サイズ調整】の効果です。布にかけるのは難しいそうですが、着た方の体にぴったりあったサイズになります。動いたりしてもその形に添って形が変わりますよ」
「では失礼して……本当だ! 動いても大丈夫だし服に引っ張られる感じがしない!」
「【柔軟】もかけてあるので柔らかいですし、ベストでも【快適温度保存】がかかっているので寒くなったり暑くなったりしにくいです。もし汗をかいても【あせも耐性】をかけてあるのであせももできにくいですよ」
「あの、ほかのエンチャントの効果は!?」
「ほかは大体名前通りです。【防汚】は汚れにくくして汚れをはじき飛ばすように、【防水】は洗濯のような大量の水に触れない限りは水をはじいてくれます。【頑丈】は布や糸を頑丈にして破れにくくしてくれますね」
「すごい……」
「ねえ、オリビアさん! 早く私にも貸して!」
「あ、うん、ごめんなさい!」
四人とも私が作ってくれたベストを着てはしゃいでいます。
私の着た服で喜んでもらえるってやっぱり嬉しいな。
「さて、実技披露は終了ですね。最後にサリナ、あなたが彼女たちを雇うときの一月あたりのお給金を決めなさい。皆、服飾師見習いにすらなれていない服飾師の卵であることを忘れずに」
お給金、お給金か……。
それはもう決めてあるんだよね。
「はい。一カ月大銀貨五枚です」
「「「大銀貨五枚!?」」」
「……サリナ、本気ですか? 一度口にした以上引っ込められませんよ?」
「大丈夫です。それに、ヴィンドの話を聞いてからお給金は決めていたんです。人数が多かったら困ってたけれど、人数が少なかったらひとり大銀貨五枚でって」
「サリナ、あなたの志はいつも素晴らしいです。ですが、あなたは今後店長として店舗運営をするのですよ? それから、あなた自身も毎月家に金貨五枚を入れなければなりません。お金がなくなったら即破門、忘れてませんよね?」
「忘れてません! やりきってみせます!」
「はあ、まったくこの子は。皆さん、そういうことらしいです。サリナの今の腕前は見せたとおり。ひとりあたり月のお給金は大銀貨五枚。あなた方のお仕事は基本的に店番。手が空いているときはサリナから指導を受けること。この店で働いている途中で服飾ギルドからの募集がかかり、そちらに受かればいつ辞めていただいても構いません。店員になってくださる方は?」
「私、このお店で働きたいです! できれば服飾ギルドの募集がかかっても、しばらくの間はサリナさんの指導も受け続けたいです!」
「私もです! 店番の仕事もきっちりこなします!」
「私も!」
「あたしも!」
うわあ、四人とも私のお店で働いてくれるんだ!
嬉しいなあ!
「と言うわけです。サリナ、あなたの判断は?」
「四人とも採用します!」
「だそうです。よかったですね?」
「「「はい!」」」
「……ああ、そうそう。サリナ、この子たちは皆、弟や妹さんがいます。今月はもう半端になりますしお給料代わりにお店の服一着ずつをプレゼントしてあげては? あと、この子たちにも仕事服を用意しなさい」
「仕事服……ですか?」
「あ、そうですよね。見本として今着てきます」
私が着てきた仕事服も皆に好評でした。
なので、とりあえず皆に一着ずつ、エプロンの色を変えた服を用意することにします。
あと、今月のお給金代わりの服ですが、人によっては弟や妹が複数いるご家庭もあるみたいで……そういう子にはケンカにならないよう子供たちの分だけエンチャントもしてからプレゼントしました。
ユイ師匠には更に呆れられましたが……私のお店の店員です!
最初くらい奮発してあげないと!
でも、私の指導で呆れられないかな……。
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「ねえ、サリナさんってどう感じた?」
「ちょっと自信がなさげだったけどものすごい腕の職人さんだったよね」
「服作りの途中なんて私たちの会話なんて耳に入ってなかったもん」
「あたしたちの師匠があの人か……今回の話、受けてよかった」
「弟や妹たちの新品の服までもらえてお給金だって見習い未満なのに大銀貨五枚だもの、それ以上の結果を出さなくちゃ!」
「そうだよね! お店のオープンは四日後だって言うし、帰ったら早速裁縫のお勉強をやり直さなきゃ!」
「私も!」
「あたしも。もう手は抜けないね」
「「「うん!」」」
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