4.国王と大司教、アリアとスヴェイン

「チャカエ大司教、それはまことか?」


 儂は大司教の言葉に耳を疑う。


 神聖な儀式の最中に娘を傷つけるなど言語道断だ!


「はい、ギゥナ国王陛下。シェヴァリエ子爵は自分の娘を殴りつけ儀式を妨害したあげく、その娘を置いて立ち去りました」


「ふぅむ……宰相、シェヴァリエの動向は?」


「はい。おそらく『交霊の儀式』から追い出されてすぐでしょう。その足で王城を訪れ、アリアという少女を家名から除籍していきましたな」


 娘を叩きつけるに飽き足らず、家族からも抹消するとは……。


 やはりあの家は信用ならんな。


「ほう、そこまでしたのか。それで、そのアリアという少女はどうなった?」


「シュミット辺境伯家で保護されております。彼の家ならば大事ないかと」


 シュミット辺境伯……アンドレイ、またお前か。


 儂も経験があるから強くは言えぬが、面倒ごとに愛されすぎだぞ。


「シュミット辺境伯もいろいろと首を突っ込む体質だな。その少女の身の振り方で困っているならば、アーロニー伯爵を使うように伝えよ」


「アーロニーですか。構わないので? 元々アーロニー伯爵はシュミット辺境伯の縁戚で寄子。つながりが深くなりますが」


「アーロニー伯爵が最適であろう。あれも子煩悩だからな。悪いようにはせん」


「かしこまりました。アーロニー伯爵にはシュミット辺境伯のもとに向かうように伝えておきます」


 宰相が出て行くのを見送り、チャカエ大司教と今後のことを話し合う。


 主にシェヴァリエ子爵のことだが……。


「大司教、今回の件はどのようにケリをつければよい?」


「まずは神聖なる儀式を妨害した罪。こちらは寄進で補ってもらいましょう」


「素直に金銭的な保証を求めるといえばいいものを」


「教会としても立場があるのですよ」


「それで、そのほかには?」


「今回の件は多くの貴族様方の前で行われた蛮行です。早晩皆様の知ることになるでしょう」


「そうか。では私も妃たちに頼んで噂を流してもらうとしよう」


「それがよろしいかと。あのようなものよりもお伝えしたいことがあります」


 あのようなもの、か。


 ついに名前を呼ぶことすら汚らわしくなったか。


「チャカエ大司教の話だ、喜んで聞こう」


「はい。今年の『交霊の儀式』にて『ノービス』を得たものが現れました」


「なに? 本当か?」


「もちろんです。それも何の因果か、シュミット辺境伯家の嫡男スヴェイン様に宿りました」


「そうか……」


『ノービス』、それは〝なにものでもない〟とされているが、実際には少し違う。


 なんの特徴もないが故にどのような結果も得られる職業なのだ。


「いかがしましょう? 王宮に呼び特別カリキュラムを組みますか?」


「……いや、アンドレイのことだ。『ノービス』だと知れば相応のカリキュラムを組むであろう。彼のものも『ノービス』の真実を知るものだからな」


「ほう。それはどうして?」


「アンドレイの父親もまた『ノービス』から『剣聖』になったからだよ」


**********


「お母様、まだアリアは目を覚ましませんか?」


 シュミット辺境伯家の王都別邸。


 そこの客間にある一室でアリアは眠っています。


「そうね、命に別状はないわ。ただ、かなり衰弱しているようだから、今晩中に目を覚ますのは難しいかも知れないわね」


「衰弱? ですか」


「ええ。服の上からではわからないでしょうけど、彼女の体はとても痩せ細っていたわ。とても子爵家令嬢と思えないほどにね」


「そんな……アリアは確かにシェヴァリエ子爵家の娘ですよ?」


「他家の事情に首を突っ込むのはよろしくないのだけど……主人にも話さなければいけないわね」


 アリアはシェヴァリエ子爵の娘……のはずです。


 その娘がシュミット辺境伯家にいるだけでもあまりよろしくないのに、我が家が動くとなればシェヴァリエ子爵の面目を潰すことになりかねません。


 ですが、お母様はそれでも動くべきと判断したようです。


「さて、私は主人のところに行ってくるわ。その間の看病を……」


 お母様がこの場を離れようとしたとき、部屋のドアがノックされました。


 どうやらお父様も様子を見に来てくれたようです。


「ジュエル、アリアちゃんの様子は?」


「怪我は完全に治りました。ですが、それ以外の衰弱が激しく、今はまだ眠っている状態です。無理に起こすのもあまりよろしくありませんわ」


「む……そうか。実はアーロニー伯爵が来ていてな。今回の件を説明してくれた。その上で、アリアちゃんを引き取りたいと申し出てくれたのだが」


「アーロニー伯爵が、ですか? しかし、それは私たちではなくシェヴァリエ子爵家に申し込むのでは?」


「そのことなのだが、実は……」


「うぅ……わぁぁあ!!」


 突如、悲鳴が部屋の中に響き渡ります。


 発生源は……アリアですか?


「なんだ!?」


「アリアちゃん!?」


「アリア!」


「あぁ……ここは? 私は……お父様に殴られて……?」


「気がついたようだな」


「ひぅ……!」


 アリアはお父様の姿を見て後ずさりました。


 すぐにベッドの端に突き当たってしまいますが。


「私が怖いのかね?」


「も、もうしわけありません。なぜかからだがふるえて……」


「いや、無理もなかろう。ジュエル、君ならどうだ?」


「アリアちゃん、近づいてみるけど大丈夫かしら?」


「は、はぃ……」


「だめなようだな」


「ですわね。でも、スヴェインがそばにいてもなんともないようですわ」


「え? あ、スヴェイン様……」


「大丈夫ですか、アリア。痛いところとかは?」


「痛いところ……そう言えば私はお父様に殴られて……それから?」


「いや、いまは無理に思い出さなくていい。それよりも、君の現状を説明……」


「あなた。さすがにいまのアリアちゃんに説明をしても無理がありますわ。治癒師として数日程度の安静を求めます」


「……そうか。確かに、上半身を起こしているだけでもきつそうだ。気がつかなくてすまない」


「申し訳ありません。私が不甲斐ないばかりに」


「いや、私たち大人がもっと気を遣うべきだった。メイドを残していくからなにかあったら彼女たちにいいなさい」


「あ、その。私なんかにメイド様なんて……」


 なんでしょう、アリアの話しぶりだとまるで自分はメイドよりも格下だと言っているように聞こえます。


「そんなことはない。……とはいえ、大人を怖がるのでは歳の近いメイドがいいか。リリス、お願いできるか?」


「かしこまりました。スヴェイン様、申し訳ありませんがしばらくお側を離れます」


「はい。アリアをよろしく頼みます」


「あ……」


 僕も部屋の出口に向かおうとしたとき、アリアがなにかを言いかけます。


 どうしたのでしょう?


「あら、どうしたのアリアちゃん?」


「いえ、その……」


「ここでは多少のわがままなら許されるぞ。無論、できないことはできないとはっきり断らせてもらうが」


「……ええと、もうしばらくスヴェイン様がお側にいてほしいのです。だめでしょうか?」


「ふむ、まだ子供同士だ。スヴェインお前が決めなさい」


「ええと、それはどういう?」


「一緒に寝てあげなさいと言う意味よ。多分、ひとりだと怖くて眠れないんでしょうから」


「……わかりました。それでいいのなら」


「あぅぅ。申し訳ありません。はしたない真似を」


「気にするな。それでは、私たちはアーロニー伯爵に事情を説明してくる。アリアちゃんを頼んだぞ」


「はい。お任せを」


 お父様とお母様、それからそれぞれのお付きの方々が部屋を出て行きました。


 部屋に残されたのは僕とリリス、アリアの3人です。


「それで、アリア。僕にどうしてほしいのですか?」


「……頭をなでてもらえますか? 多分、そうすれば眠れると思いますので」


「わかりました。それではアリア、よい夢を」


 僕が横になったアリアの頭をなで始めると10分ほどで規則正しい寝息を立て始めました。


 ですが頭をなでるのをしばらくやめると、アリアの顔色が次第に悪くなり始めます。


「アリア様は相当ご苦労なさられてきたのですね」


「僕にできることは頭をなでてあげるくらいでしょうか?」


「手を握ってあげてはいかがでしょう? 多分、人肌が恋しいんだと思います」


 リリスの勧め通りアリアの手を軽く握ると、アリアはその手を力強く握り返してきました。


 そして、また穏やかな寝息に戻っていきます。


 よかった、落ち着いてくれたようですね。


「アリア様は落ち着いたみたいですね。ですが、スヴェイン様はどうなさるおつもりですか?」


「え?」


「手を握りしめたままだと眠れませんよね?」


「……そこまで考えていませんでした。あまりお行儀はよくありませんが、ベッドに寄りかかって寝ることにします」


「お体に障りますよ?」


「1日程度なら大丈夫ですよ。それでは僕も眠くなってきましたのでよろしくお願いします」


「わかりました。毛布をお持ちいたします」


 結局その日は、ベッドに寄りかかりながら寝ることになりました。


 ちょっと体が痛かったですが、これでアリアが落ち着いてくれるならお安いご用です。

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