306.シュミット講師陣のサガ
「ああ、平和って素晴らしい」
「なにを言ってるんですか、サンディさん」
弟子たちがサンディさんを泣かせ、ウエルナさんに技を披露してから一週間後。
午後になってギルドマスタールームにやってきたサンディさんが妙なことを漏らし始めました。
「だって、あの子たち、また私の技を盗んだんですよ!? 私これでも上位ジュエリストの方ですよ!? シャルロット様からは白金貨千枚もいただいてこちらにやってきてるんですよ!? それなのに、それなのに、三カ月で初歩段階とは言え技を盗まれ始めるだなんて!?」
彼女の悩みも深刻なようです。
「サンディさん。あなた、僕に金額を教えたら国元へ強制送還だったはずでは?」
「はっ!? すみません、すみません!! 今のは聞かなかったことにしてください!! たった三カ月で強制送還は嫌です!! 三十人以上が参加したくじ引きに勝ってきたのにそれはあんまりです!!」
「三十人って……」
力の入れどころが間違っていませんかね?
国を離れてしまった僕が言うのもなんですが。
「まあ、聞かなかったことにします。あなたを送り返して次に来た講師がふたりと相性が悪かったら困りますから」
「ありがとうございます。ご迷惑ついでにシャルロット公太女にお願いをしていただきたいことが」
「聞くだけ聞きます。シャルも僕のお願いを無制限に聞いてくれるわけではないでしょうし」
「私の腕ではまだ閲覧が許されていない技術資料がほしいです。必要なら実技試験も受けます」
「大きく出ましたね」
「……実は取り寄せていただいた資料、もうすべて二十回以上目を通しました。技術も頭と腕にしっかり染みこんでいます。今の私ではあの子たちの指導に不備が出るかもしれません」
「わかりました。では、これを」
僕はサンディさんにアレキサンドライトの原石を投げ渡します。
前回渡したものより少し難しいものを。
「わかりました。む……やはり難しい。でも、ここをこうすれば……」
悪戦苦闘すること数分、サンディさんは削り終えたアレキサンドライトを手渡してくれました。
前回のようなひび割れはなく、傷も少ないかなり上質なものを。
「腕前と覚悟は受け取りました。これを持ってシャルと相談してきます」
「よろしくお願いします」
確かに彼女もこちらに来た三カ月でかなり成長していますね。
シャルから『返せ』と言われないかが不安になってきましたよ。
「そういえば弟子たちはどこに行きましたか? 午前中にギルドにやってきたあと、あなたから魔法研磨の講義を受けていたはずですが」
「ええと。お昼ご飯を食べたあとはニーベちゃんのお姉さん、マオさんのところに行ったあとギルド支部に行くと言っていました。お姉さんの顔を見たくなったのでしょうか」
ああ、そちらの勉強に進みましたか。
本当に研究熱心な。
「マオさんは宝石商です。おそらくは宝石のカットについて勉強しに行ったのでしょう。彼女たちは宝飾ギルドに知り合いはいませんから」
「え」
「この調子だと高位魔法の付与を教え始めるのも遠くないかもしれません。『宝石保護』と『圧力分散』、そして適切な『カッティング』。これらが揃えば高位魔法付与も目標圏内に入ります」
「あの子たち、優秀すぎません?」
「自分たちにできることを着実にやった結果、前へ進めるのが楽しいのでしょう。最近は何も教えさせてくれないのが師匠としての悩みです」
「師匠の教えを拒む弟子って……」
「あなたが来る少し前に失敗からも学びました。今は堅実に一歩一歩進んでいます。師匠に道先を示されるのが嫌なんですよ」
「すみません。私にはよくわかりません。私は交霊の儀式後も星霊の儀式後も師匠の教えについていくのがやっとで、ひとり立ちできたのは講師を名乗れるようになってからです」
「それくらいでいいのです。なにも急いで成長する必要なんてないのですから」
「そうですよね……そうだ。今度、あの子たちを街中へお買い物に連れ出してもいいですか? そういうことにあまりにも疎そうで」
「実際疎いです。そして、研究者か職人目線でしかものを見ないので心を折られるだけですよ?」
「……やめておきます」
「本当はその方面の教師もほしいのですが……」
あの子たちにオシャレ、とか、着飾る、とかそういう概念を教えてくれる講師を派遣してはもらえないでしょうか?
あの子たちの服もデザインは定期的に変わっていますが基本的な形は一緒、僕やアリアが言えた義理ではありませんが実用一点張りです。
「教師と言えば。スヴェイン様、服飾の女の子たちが泣いてましたよ?」
「なぜです?」
「純潔を捧げようとしたのに見向きもされなかったって」
「よし、リリスに言ってもう一度しつけをお願いしましょう」
「さすがにかわいそうなのでやめてあげてください。あとは……最近、いろいろな職人にいろいろな素材を売っていますよね? それでときどき揉めているそうです」
素材で揉める?
なにが起きているのでしょうか?
「エリシャ様が仲介に入っているから基本問題はありませんが……代表的なところだと服飾の女の子たちと錬金術講師とか」
「……なぜに?」
「ミスリル糸が原因です。今来ている錬金術講師って誰もミスリル糸を作れないんですよ。それで研究素材として分けてほしいと言う話……だったのですが」
「その先の話は読めました。シュミットとはなぜそこまでケンカをしたがるのか」
「さあ? 私たち宝飾師は手先を怪我すると場合によって職人生命が絶たれますからよくわかりません」
「とりあえずミスリル糸は錬金術講師にも研究素材として少し渡しましょう。あとは自力でなんとかするはずです。ほかには?」
「あ、ほかにもあるってばれます?」
「『代表的』なのがそれでしょう? ほかも教えてください」
「はい。鍛冶師と宝飾師が少し。こちらは鉱物の原石を巡って」
「宝飾師も鉱物からインゴットを作れましたね」
「ええ。なので、シュミットでも希少な素材の原石はどちらもほしいようです」
「その争い、錬金術師も加わっていないでしょうね?」
「ええと……上位層は欲しがっていますがそれだけで加わってはいません。彼らも鉱物からインゴットを作る練習をしたいみたいで」
「シュミットの講師は上昇志向があっていいのですが……ケンカっ早くていけません」
「スヴェイン様、全体に満遍なく供給ってできませんか?」
「だってあなた方、あればあるだけ使うでしょう?」
「いや、まあ、それは、そのぉ」
「ケンカをするくらいなら分けてあげます。ですが全体量は話し合いで分け合ってください。くれぐれも〝シュミットの流儀〟に走らないよう」
「ここ、コンソールですからね」
「まったくです。だからこそ、シュミット一色は怖い」
コンソールまで〝シュミットの流儀〟で染まってしまうといけません。
同じ職種で技術勝負でも僅差だとわかり合えないですから。
その後もシュミット流の不穏な話を聞いているとドアがノックされ、ミライさんがやってきました。
「スヴェイン様。あれ? サンディ様もいるとは珍しい」
「少しばかりお話に」
「コンソールの人には話せないような話でした」
「やっぱりシュミット怖い……」
ミライさんが震え始めましたが、その肩から飛び降りるものが一匹。
ワイズマンズ・ラビットのシェビィです。
彼はサンディさんをじっと見つめると魔力をほとばしらせて……って、『開眼の儀』をやらないでください!?
『終わったよ』
「終わったってなにがですか。ワイズマンズ・ラビット様?」
『星霊の石板を見てご覧』
「星霊の石板? あ!? 【鑑定】が【神眼】に、【細工術】が【宝飾術】なってる!?」
『がんばっている君へのご褒美さ。これからもがんばって』
それだけ言うとシェビィはまたミライさんの肩の上へ。
ややこしいことをしてくれました。
「あの……スヴェイン様?」
「ワイズマンズだけが行えるスキル進化術、『開眼の儀』です。くれぐれもほかの講師含め誰にも漏らさないように」
「はい!」
「ついでです。これと……これ。セティ師匠の書いた宝石学と鉱物学の本です。写本ですので持ち出しても結構。とりあえずそれを使って勉強してください」
「わかりました! それで、もうひとつお願い……」
「宝石の原石でしょう? それも売ってあげますからがんばって勉強を」
「はい! では失礼します!」
はあ、シュミットの講師らしい。
自分の腕が伸びるとわかれば試さずにいられなくなるのですから。
「あのー、スヴェイン様。いまのって私も口外禁止ですよね?」
「当然です」
「ですよねー」
「それで、ミライさんは僕に甘えに来たのですか?」
「公私はもうしっかりとわきまえます! 報告事項があって来ました」
それにしても教材の奪い合いとはシュミットらしい……のでしょうか。
サンディさんがひいきにされていることがわかると、彼女、大変な目にあうのでは?
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