617.錬金術師の卵 トモ

「私が今日と明日の講師、第二位錬金術師ジャニーンよ。よろしく」


「「「よろしくお願いします」」」


 ここがも所属している『新生コンソール錬金術師ギルド』かぁ。


 すっごく綺麗で立派な建物だなぁ。


 ジャニーン先輩も若いのにしっかりしてるし……。


 私みたいな『錬術師』が本当に入門できてよかったのかな?


 入門試験では魔力水も失敗したし、志望動機はニーベお姉ちゃんに見せてもらった錬金術を少しでも再現したいってことしか話してない気がしたんだけど合格通知が届いたし。


 受付でも名簿に私の名前があったようだから間違いじゃないと信じたいけど……夢じゃないよね?


「それじゃ今日は時間もないしと自己紹介をしたら終わりね」


「え、支部の説明もですか?」


「ええ、そうよ。支部に行ったとき勝手がわからなくても困るでしょう?」


「あ、あの。自分たち本部採用じゃ……」


「ギルドマスターの説明を聞いていなかったの? 本部採用よ。今後、というが出ているわ」


「え……」


「理不尽な命令や指導はしないから安心しなさい。遅れても見捨てはしないわ、ついてくるを示し続ければね」


 怖い……。


 ニーベお姉ちゃんも厳しいって言ってたけれど、本当に厳しいんだ……。


「さて、私たち本部錬金術師の指導方針はわかってもらえたでしょうから次は……本部と支部のお給金支払いについてでも説明しておこうかしら。本部は毎月納品分をカウントされて月一回の給金支払日に一括支払いされるわ。支部は逆にポーションを納品するごとにその場でお金が支払われるの。納品数チェックは確実に行われているし、不正は許されないわ。支部では他人のポーションを納品前に奪い取ろうとして聖獣様にお仕置きされた愚か者が昔いたらしいけれど……その人ってどうなっているのかしら? 除名されたらしいし興味はないわね」


「あ、あの。本部でそういった不正は?」


「いままで起こったことはないし起こした試しもない。そのような不届き者がいればすぐにでもアーマードタイガー様が追い出すでしょうし」


「アーマードタイガー様?」


「錬金術師ギルド本部の前庭にいる虎の聖獣様よ。あの方はわ。契約条件は。たったそれだけよ」


「たったそれだけ?」


「そう、それだけ」


 


 簡単そうに言っているけれど……そんな簡単なことなのかな?


「あとは……そうね、資料室の使い方かしら。あなたたちにはまだ資料室の出入りは認められていないわ。ある程度の時期が来たら私たちの方で許可を出す。それまでは立ち入り禁止。破れば即支部送り。支部にも資料室はあるしそちらの入室制限はないはずだから、最初から資料を見たいなら希望してね。私たちは止めないから」


「あ、あの。それって支部の方が待遇がいいんじゃ……?」


「そう思う?」


「ええと、はい」


「じゃあ、あなたは支部行きね」


「え?」


「支部の方がいいって一瞬でも考えたような人には本部にいてほしくないの。今すぐこのアトリエから出て行きなさい。見習い用のローブも明日、支部で受け取るように。わかったらさっさと出ていく!」


「え、ですが……」


「逆らったら除名処分のギルドマスター命令! 出されたくなければさっさとしなさい!!」


「は、はい!?」


 あ、あの人、慌てて出て行っちゃった……。


 ジャニーン先輩、優しそうに見えたけど……やっぱり怖い……。


「さて、早速ひとり追い出しちゃったけど……このあともふさわしくないと判断した場合、バンバン追い出すからその覚悟でね? 次は講師について話しておこうかしら。ギルド本部にいる限りあなた方の講師は私たち第二位錬金術師、つまりあなた方の先輩が担当するわ。支部での担当はシュミットから来ていただいた錬金術講師の方々。あちらでも同じ内容を……ああ、いえ、あちらの方が詳しい内容を教えているかもね。。これでもいいなら本部に残ってね? 支部に行きたいなら止めないけれど」


 この話を聞いて、また五人希望して支部に行っちゃった。


 私、ニーベお姉ちゃんとまた会いたいから本部勤めがいいんだけれど……それだけじゃ足りないのかな?


「……どんどん抜け落ちていくわね、情けない。次、本部勤めをしている限りは終業時間後の居残りも禁止よ。支部では終業時間のあとに有志で研究をしたり、補講も行っているけどそれも本部では禁止。本部で結果を出したければ就業時間中だけですべての結果を出しなさい」


 それを聞いてまた人が少し減って……どんどん減っていく。


 そんなにギルド支部がいいのかな?


「あとは……なにかあったかしら? 聞きたいことはある? これでも私は錬金術師ギルド支部ができる前からいるメンバーだから大抵のことは答えられるけど」


「あ、あの。先輩は具体的にどのくらい偉いんでしょうか? ギルド支部からできる前って長いように聞こえるんですが……」


「そうね。ギルドマスターが錬金術師ギルドを改革したあと最初の募集で入門したメンバーのひとりだからそろそろ三年。今年で四年目ね」


「え? たった四年?」


「そう、今年で四年目。私の階級は『第二位錬金術師』だけれど、私たちの間での正式な呼び方は違う。私は『第二期第二位錬金術師』よ。その一個前の先輩方が『第一期第二位錬金術師』、ギルドマスターが改革する時点で錬金術師ギルドにいた新人でギルドマスターから直接指導を受けた私たちの先輩。年季で言えば大差ないのにミドルポーションを作れるかどうかの差を開けられてしまっている先輩方。まあ、それくらいの差よ」


「たったそれだけで俺たちの指導?」


「そう感じるならさっさと支部に行きなさい」


「え、は、はい」


 この言葉でもまた人が出ていって……どうして人を減らそうとしているんだろう?


「さて、わね。そろそろ自己紹介に移りましょうか」


「へ、人が減った?」


「ええ、減ったのよ。ほかのアトリエでも大なり小なり人数が減っているはずよ。今日はどこも第二期第二位錬金術師が指導に当たっているし、元から優しくするつもりなんてないし」


「それってどういう……」


には本部の席はないの。それも理解してないようじゃさっさと抜けてもらった方がお互いのためよ。見極める時間が短くてすむし」


「で、ですが……」


「少しばかり待遇がいいことをちらつかせた程度で支部に行きたがるならそれまでよ。あなた方も支部に行きたいならどうぞご自由に。全員いなくなっても私たちが咎められることはないし、支部のシュミット講師陣をまとめているウエルナさんからも許可をいただいているから」


 そうなんだ、ジャニーン先輩って全員追い出してもいいんだ……。


 でも、私は絶対に追い出されない!


「とりあえず今のところは大丈夫そうね。とりあえず私から自己紹介でもしましょうか。ジャニーン、今年で十八歳。生まれは……シュベルトマン領ですらないわ。旧国家がまだ国を成していた頃、ギルドマスターが行ってた錬金術講義の噂をたまたま聞きつけて駆けつけた『錬金士』よ。それに飛び込みで運良く参加できたあと直後に行われた錬金術師ギルドの一次募集に申し込んで入門が認められた三十人のひとり。いまの研究課題はミドルポーションの作製。先輩方はできている以上、なにかが間違っているだけのはずなんだけれど……それがわからないのよ」


「あ、あの!」


 私は思わず手を上げちゃった。


 だって、おかしいもの。


「なにかしら?」


「その第一期第二位錬金術師の先輩方ってミドルポーションを作れているんですよね? 『コンソールブランド』で多少とは言えミドルポーションを販売しているらしいですし」


「作れているわね。私も特級品だけなら作製できるようになっているけれど」


「その作り方って教えてもらわないんですか?」


「逆に聞くわ。あなた、一から十まで全部教えてもらいたい?」


「私、ですか?」


「そう、あなた」


「……まだなにもできないですが……自分でもいつかはミドルポーションが作りたいです」


「どうやって?」


「ええと、自分で作り方を解明して、です」


「そう。わかったわ」


 私のその発言を聞いて笑う声が聞こえたけれど……ニーベお姉ちゃんにはって言った以上自分で作りたい!


 絶対に成し遂げる!


「さて、自己紹介の予定だったけれど……そことそこ、それからあなたとあなたとあなた、あとそのうしろにいるあなた方四人。あとは……そっちのあなたとあなたたち。まとめて支部送りね。さっさと出て行きなさい」


「え?」


「なんでですか!?」


「いま追い出された理由がわからない時点で本部には不適格。ギルドからも除名したいところだけれど……さすがにそこまでしたらギルドマスターから横暴だと怒られるからいまは許してあげる。さっさと出ていかなければ本当に除名よ?」


「は、はい……」


 たくさんの人がまたジャニーン先輩の手で追い出されたけれど……なんでだろう?


「そういえば、あなた。名前は?」


「私ですか? トモです」


「志望動機は?」


「えっと、去年の秋にニーベお姉ちゃんから見せてもらったミドルポーション作りがきっかけです。いつか私もあんな風になりたいなって。いまは魔力水すら作れないけれど、必ず自力でミドルポーションを作って見たいって思っています」


「そう。私たちもいずれは作るし、やがては作製手順も公開する日が来るわ。その日までに作れる?」


「はい! 作ってみせます!」


「わかったわ。頑張ってね」


 ジャニーン先輩、少しだけれど笑ってくれた。


 志望動機、こんなことでもよかったのかな……。


「さて、トモの自己紹介がはじめになってしまったけれどあらためて自己紹介を始めるわ。ここにいる者たちは全員仲間であることを忘れないように」


 こうして始まった自己紹介。


 自己紹介時点で追い出される人はいなかったけど、ジャニーン先輩が不満そうな表情を浮かべる人は数人いて……そういう人たちはお金目的だったり名誉目的だったり。


 錬金術師ギルドってそれでも大丈夫なのかな?

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