515.エヴァンソン帰国後の報告 前編
「ズレイカ代表。シャニア、ただいま戻りました」
「シャニアか。入れ」
「はい。アンドレイ様とシャルロット様もご一緒ですが構いませんか?」
「そのお二方なら構わぬ。通してさせ上げろ」
「はい。おふたりとも中へ」
「一年ぶりでございますズレイカ代表」
「私はシャニア次期代表を迎えに来たとき以来だが……やはり、この国の重鎮どもは国賓に対する態度がなっておらん」
やはりそうでしたか。
まだ日が浅く、経験不足の私でさえわかるほどの悪意を我が国の重鎮どもはアンドレイ様たちに向けていたのです。
武家であり本物の『剣聖』や『賢者』であるアンドレイ様やシャルロット様を怒らせれば、聖獣なしでも宮廷ごとき一日もかからず崩壊するのにそれすら理解できないとは。
本当にエヴァンソンの、マーガレット共和国の基準では『聖』も多少強いだけと国の要人からすら侮っているのでしょう。
「なんなのだったら無礼打ちにしても構わぬぞ、アンドレイ殿」
「無能ものとは言え他国の要人を襲いかかられたわけでもないのに無礼打ちにするわけにもいくまい。……ああ、いや。襲いかかってくるように脅しをかければいいだけか」
「お父様、公王なんですからそういった行為はお控えを。そして、ズレイカ代表。申し訳ありませんがお人払いを」
「わかった。皆の者、部屋の外に出て待つように」
ズレイカ様の指示に従い、部屋の中に控えていた護衛や侍女たちが全員部屋を出て行きました。
私にはまだこの貫禄が足りていません。
「さて、シャル」
「もう済んであります」
「済んであるとはなにを?」
「私のカーバンクルによる完全結界です。これによってこの部屋は外部から完全に隔離されました。結界を破壊されない限り音も光景も漏れません」
「……そこまで機密にしたいことか」
「そうなる。特にこの国の能のない重鎮どもに話が通れば国が割れる程度にはな」
「国が割れる程度で済めばよろしいでしょう。最悪、エヴァンソンという国がなくなるやも知れません。ほかの国々に吸収されて」
「それは恐ろしい。シャニア、お前もその話は聞いているのだな?」
「もちろんです。……その、おふたりには私がお願いしてこの場に同席願いました。私の判断だけで動いていいものかどうかが判断できず」
「わかった。まずは椅子に座ろう。立ち話で済む話でもあるまい。それから、シャニア。まずは視察内容の報告だ。お前が身につけているケープコートにブローチ、それにそのショートソードも気になる。すべて話せるな?」
「はい。この二週間の滞在期間で見聞きしたことすべてお話しさせていただきます。お時間は頂戴いたしますが」
「私は構わぬ。アンドレイ殿とシャルロット姫は?」
「我々はここに来る途中、宿屋ギルドのものに頼み宿の手配を頼んだ」
「この宮殿では安心して休めません」
「散々な言われようだがその通りなので情けない。ではシャニア、視察内容の報告を」
「はい」
そのあとは私が竜宝国家コンソールにて視察させていただいた内容すべてをズレイカ様にお話しさせていただきました。
ズレイカ様も途中で遮るようなことはせず、ただただ私の話を聞くばかりです。
「……話はわかった。我らの国で決定的に足りなかったもの、覚悟と誇りか」
「はい。各ギルドの皆様すべてが上を目指すという覚悟を決め、まだまだ高みに挑めるという誇りを宿し日々精進してきました。そして、わかりやすい作品として渡されてきたのがこれらの献上品です」
「五重エンチャント、それも我が国ではどれも不可能なエンチャントが施されたショートソード。八重エンチャントが施された魔法布製というケープコート。そして、六重エンチャントの上に出来映えも見事なブローチか」
「そうなります。これらを作った職人の方々は各ギルドでも選りすぐりの方々のようですがシュミットの技術者の技を盗み、シュミットの技術書より教えられている以上のことを学び、果てはシュミットの方以上の発見をしていました。それだけの技術を、派遣されているシュミットの講師と肩を並べる次元に立ってなお更に上を目指し続けようとするのです。親鳥から餌を与えられるのを待っているだけのひな鳥でしかない私たちの国とはまったく次元がことまります」
「そこまで貪欲な技術者がいるのかコンソールには」
「腕前の差こそあれコンソールの技術者は皆ギラギラと輝いておりました。竜宝国家、竜の宝の国家にふさわしい輝きです」
本当にコンソールの技術者たちはまぶしかったです。
各自が各自、自分たちにできることを真剣に取り組み、いつかは更に上のことに挑むんだという輝きを放ち続けていました。
そしてそれ以上にまばゆかったのが子供向けの講習会です。
「子供向けの講習会も視察して参りました。視察してきたのは一番人気という錬金術の講習会とスヴェイン様とそのご家族が開催されている講習会だけでしたが、そこでも子供たちの輝きがまったく違います」
「そこまでか?」
「はい。錬金術の講習会では遊びとしてポーション作りを体験させていました。私も子供向けという特殊な錬金台を使って挑戦させていただきましたが、錬金術の知識がまったくなく魔術師系職業の私ですらたった一回、一分程度のレクチャーを受けただけで一般品質の魔力水ができてしまうほどの内容です。あれならば興味を持って集まってくれた子供にすぐにでも錬金術のさわりを教えられるでしょう。……さすがにその錬金台は高額すぎたために、それより型の落ちる錬金台を献上していただきましたが」
「型の落ちる錬金台とな?」
「それについては私から話そう。シャニア嬢が試したものはスヴェインが開発した『マジックポーション入り錬金台』というものだろう。あれは純ミスリルに純オリハルコン、安定装置や安全装置にも特殊鉱石などをふんだんに使っている代物。核となっている錬金炉の素材は話せないが……我々の国でも入手困難な代物なのだ。スヴェインには最新式を売ってもらえるようにお願いしたのだが、錬金炉の素材がどうあがいても冬まで手に入らないといわれている上に値段も我々の国からして高額。早々買えるものではない。型が落ちる、と言うことは『子供用超初心者向け錬金台』をいただいて来たのだろうが、それでも子供の英才教育には十分に使える。問題はまず最初に子供を集める方法と、教える大人、それから親の問題だがな」
「アンドレイ殿、教える大人の問題はわかる。親の問題とは?」
「子供に英才教育を施すことができるとわかれば無理矢理そこに押し込もうとする親も多いでしょう。ですが、子供はそのような大人の事情で成長しません。あくまでも子供の熱意と好奇心を引きつけられるかが勝負です」
「それは……シャルロット姫の言うとおりだな。英才教育機関をただ作れば無理矢理子供を送り込む親であふれかえるか」
「私もそう愚考します。そして、錬金術の講習会もすごかったのですがスヴェイン様の講習会もすごかったのです。スヴェイン様の講習会では子供の希望に応じて可能な限りすべてを教えていました。それこそ文字の読み書きや簡単な計算のような基礎教養に料理やお菓子作り、大怪我をしないように工夫されたハンマーなどを使った鍛冶体験や機織り体験、果ては魔法文字まで教えておりました」
「魔法文字? 子供にか?」
「はい、子供、それも六歳か七歳程度の子供が自発的に学びたがっていました。もちろん特別な教材があったからこその結果ではあります。しかし、それを抜きにしても子供たち五十人が二時間の間、飽きもせずにひたすら遊びという名の勉強に集中し続けていました。それほどまでに子供たちの熱意もすごいのです」
「子供ですらそこまでか……それでシャニア。ただ二週間遊んできたわけではあるまい?」
「お恥ずかしながら、最初の三日間は私も含めただひたすら技術と覚悟の差に打ちのめされなにも学べませんでしたが、それ以降は竜宝国家コンソールの皆様が提供してくださいました覚悟と誇り、受け取って参りました」
最初の三日間は本当になにも学べませんでした。
コンソールの皆様が提供してくれた誇りと覚悟、それに多々打ちのめされるばかりで……でもそこからすら学ばせていただきました!
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