516.エヴァンソン帰国後の報告 後編

「よろしい。最初はどうするつもりです?」


 さあ、ここからが私の勉強してきた内容を話すところ。


 ズレイカ様に育てていただいた一年あまりの結果を見せる機会です!


「最初の段階として、各職業ギルドにおける構成員全員にを行います。竜宝国家コンソールを含めたあの地域にあった旧国家全体では、『職業優位論』という下位職の者たちには技術の継承が一切行われない状況がはびこっていたと聞きました。エヴァンソンではそこまで酷くはありませんが、やはり上位職のものが下位職を見下したり技術を伝えなかったりしている傾向があります。その風習はすべて


「『職業優位論』か。私も話にしか聞いたことがありませんでした。そこまで酷いものだったとは」


「実際、それがなくなった後は街が一気に活性化したとギルド評議会のジェラルド様から伺いました。エヴァンソンでそこまで効果があるかは試してみないとわかりません。ですがより高みを目指すためには必要な施策。お許しを」


「よろしい。各ギルドマスターたちも反論していないのですね?」


「はい。すべてのギルドマスターもこの案に賛同してくれています」


「わかりました。代表者命令を使っても構いません。すべてのギルドで秘匿情報として扱わなければいけない資料以外、個人の技術レベルに応じて伝授することを認めさせなさい」


「はい!」


 まず第一関門はクリア。


 次は第二の案件。


「さて、最初の段階と言いましたね。次の段階は?」


「次ですが子供の教育に手をつけ始めたいと考えております。そのための第一歩として子供たちに対するを実施することで各ギルドマスターと調整しております」


「社会見学とは?」


「各ギルドでどのような仕事を行っているのかを街の子供たちに見学してもらうのです。そうすることで自分が将来どのような職業に就くことになるのか想像しやすくなるでしょう」


「それはあなたや各ギルドマスターだけでできるのですか?」


「それについてもコンソールを視察している最中に聞きました。なんでもシュミットでは毎年同じ時期に社会見学を実施しているそうです。なので、シュミットの講師に話を聞けば教えてくれるし力にもなってくれるだろうと」


「ふむ……そこまで力を借りていいのでしょうかな、アンドレイ殿、シャルロット姫」


「かまわぬ。そう言う話であれば講師陣も喜んで力を貸すだろう」


「私も今回の滞在中に各講師を集めてその話題が出ていることを教え、協力するように伝えておきます。彼らとしてもシュミット出身者なら一度は通った道、同じ体験を子供たちにさせるのです、嫌とはいわないでしょう」


「なるほど。それではシュミットのお力添え、ありがたくお借りいたします。シャニア、予定時期は?」


「可能であれば冬の間に行えるように各ギルドで準備を進めるよう指示を飛ばしました。問題ありますでしょうか?」


「いいえ、あなたの決めたことです。誤りがあれば止めますが問題ありません」


 子供たちへの社会見学も許していただけた。


 あとは最後の段階、です!


「ありがとうございます。そして、子供たちに各職業についての興味を持ってもらったあと、初めて子供向け講習会の開始です。こちらについては各ギルドに頭を悩ませていただかねばなりません。どのようにすればそれぞれのギルドで興味を引きつけられるのか。安全に学んでもらえるのか。そして、究極的にはことを目指します」


「……この二週間でよく考えてきましたね、シャニア。それで、具体的に講習会はいつ頃始めるのです?」


「早ければ早い方がいいのはわかります。ですが、各ギルド具体的な内容どころか準備すら始まっていません。早くて来年の夏、おそらくは来年の秋でしょう」


「現実的な計画です。でもそれすら早い可能性があります。最悪の場合、来年はもう一度社会見学だけをするにとどめ、再来年の早い時期に講習会を開けるように準備なさい」


「かしこまりました。それでは、この計画も進めてよろしいのでしょうか?」


「まったく問題がありません。次代を担う子供たちの育成まで考えられるとはコンソールに送り出した意味があるというもの。二週間でそれだけ学んでくることができるとは……コンソールは今回の訪問にあたりどれだけの手札を解放してくださったのか?」


「私が聞いた限り、詳しい作製手順などの情報以外はすべて開示していただけたそうです。案内役としてご同行いただいていたスヴェイン様も『手札は隠さない』とおっしゃっていました」


「ならばその心意気、我々の国も答えねばなるまい。さて、子供向けの教育は学んだ。問題は今いる大人、つまりは各ギルド員への教育だな。シャニア、問題は見えているのだろう?」


「もちろんです。私たちの国でも熱意は相当高かった。でも、それだけでした。教えられることしか学び取ろうとせず、教えられる事の裏に隠された本当の意味にすら気が付いていないようではコンソールとの差は引き離されるのみ。鍛冶ギルドマスターは一般的な『コンソールブランド』を買ってきたようですが、それですら私たちの国の一流品よりも数段階上だと」


「ほう。それで、問題点は?」


「届かないものを目指そうとする覚悟、遙かな頂きを目指そうとする誇りです」


「言葉にすると容易いな。それをどこで学んできた?」


「スヴェイン様の城、『新生コンソール錬金術師ギルド』本部のサブマスター様から。正確には、『』でした」


「届かない夢を渇望……遙かな頂きに手が届くことを信じる……」


 それを聞いたズレイカ様は黙り込んでしまい……やがて、ふと気が付いたように声を発しました。


「そうか。私が死にかけていたときの最後の問いかけ。『五年あれば立派な後継者を育てる』、その覚悟を、渇望をスヴェイン殿は信じてくださったのか」


「おそらくは。各ギルドマスターにもこの話は伝えてあります。問題はどうやってこのことを各ギルドの構成員に示すかですが」


「それは難問だな。我が国だけでは解決できそうもない。アンドレイ殿、シャルロット姫、なにか案はないか?」


「私たちとしても難問だ。そのようなことができるものなど息子しか知らぬ」


「お兄様のことです。それを無意識のうちにやって見せているのでしょう。火付きの悪かったシュベルトマン侯爵のお膝元に続いての三例目、お手伝いしたい気持ちは山々ですが……お父様、どうしましょうか?」


「シャニア嬢、火は十分に付いているのだな?」


「コンソールには遠く及びませんが熱は入っております」


「ならばスヴェインが連れてきたという旧国家で持て余していた技術者たち、あるいはコンソールにいる講師の奮起だが」


「確かにコンソールに送った講師陣……特に初級講師だった鍛冶と服飾講師は成長著しいです。ですが、ほかの者たちはお兄様が提供してくださる希少素材で腕を磨く機会が与えられているとはいえその程度の差しかありません。明日、エヴァンソンにあるシュミット大使館の人間に様子を確認せねばなりませんが怠慢は起こしていないはずです。となると最後の手段は」


「我が国の最上位講師陣による『デモンストレーション』か」


「そうなります。上位講師すら手が届かないところにいる存在による技術披露。これがとなりましょう」


「ふむ。にはなりそうだ。だが、ほとんどのものはそれを見て諦めるであろうな」


「そこが問題だ、ズレイカ代表。我が息子スヴェインには人を育てる方法など教えていない。それであるのに、あれをみてその背中を必死で追いかけ、少しでもその足跡を探そうとする者たちがいる。それがいまのあやつの城にいる精鋭たちだ。コンソールにいる職人たちは覚悟の差こそあれ、上位の技をみても諦めず、必死にその技術を盗み取ろうとするものばかり。さて、その差をどう埋めるか……」


 私たちもあの技術を見せつけられて一度は心を折られた者です。


 うかつにシュミットの最上位講師の技などをお願いすれば同じ結果になるのは必然でしょう。


 さてどうすれば……。


「シャニア、あなたはどうしたいですか?」


「ズレイカ様?」


「遅くとも来年になればあなたが代表となり私はその後見人になります。これは難しい舵取りですが同時に国の発展のため必要な舵取り。あなたの手腕を発揮しなさい」


 私、私なら……。


「私の案でよろしいですか?」


「構いません、発表しなさい」


「まず、各ギルドに派遣されているシュミット講師の皆様には各自が可能な範囲で最高レベルの逸品を作っていただきます。それがです」


「確かに。今のエヴァンソンでは何年かかっても届かない夢でしょう。それで、は?」


「各ギルドで見合ったお題を考えていただきます。例えば鍛冶ギルドでしたら……今は【鋭化】か【硬化】しかできないのです。将来的な目標として【尖鋭化】か【頑強化】は目指していただかないと」


「ふむ……アンドレイ殿、シャルロット姫。それは可能か?」


「今の講師を貸し続けたとして五年以内には達成してもらいたい目標だな」


「コンソールでしたら一年以内に【尖鋭化】と【頑強化】を学び始めるでしょう。一般化するのは三年は先でしょうがその程度しかかからないはずです」


「それでは負けていられませんね。コンソールと肩を並べると決めたのです。私たちの国でも三年以内の習得を目指させましょう」


「ほう。大きく出たな、シャニア嬢」


「私たちが各講師に指示を飛ばしておけば相応の指導が始まりますが、目指す内容が内容だけに厳しいものになりますよ?」


「その程度の覚悟と誇り、胸に抱いていただけなければいつまでもコンソールと肩を並べることなどできません」


「コンソールと肩を並べるか。なぜそこまでこだわる?」


「コンソールの最高意思決定機関であるギルド評議会の皆様と友好関係締結のお約束をして参りました。いつまでも後塵を拝するわけにはまいりません」


「そうか! そこまで話を進めてきたか! それはめでたいな!」


「はい。あと、ズレイカ様にのみお耳に入れたい内容がいくつかあります」


「つまり、あのどもには知られたくないことか」


「はい」


 ズレイカ様に薬草栽培の件もお伝えいたしましたが、ズレイカ様としても判断は一緒。


 やはりあの重鎮たちに知られるのはまずいという判断です。


 その上で『今は時期尚早だが時を待て』ということとなりました。


 アンドレイ様やシャルロット様も同じ判断ですので、薬草栽培とは慎重に扱わなければいけない事業なのでしょう。


 それから、追加で講師の派遣要請を行っていたギルドの派遣準備も四日で整ったらしく、その出迎えにも行っていただけました。


 ズレイカ様はズレイカ様で成果報告のお披露目をする計画を進めています。


 私の外交初舞台の結果発表、しっかりこなさなければ。

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