188.薬草栽培開始

 翌朝、夜明けよりも少し前。


 僕は保護者役のアリアに弟子のニーベちゃんとエリナちゃんを連れ、ウィングとユニで錬金術師ギルドまで向かいます。


 ニーベちゃんたちは今日の予定を伝えると、もうすでに本日分の薬草畑の仕事を終えていたようで本当に偉いですね。


「おい、ギルドマスターたちがこられたぞ!」


「すげぇ、本物の聖獣様に乗ってる」


「ペガサスにユニコーン。街中ではたまに見かけるけど、子供以外を背中に乗せてくれないんだよな……」


「子供だって背中に乗せるだけで一歩も歩いてくれないって言うぜ?」


 ウィングとユニは普段そんなサービスをやっていたのですか。


 とりあえず怖がられていないのでしたら良いのですが。


「お待たせしてしまい、申し訳ありません皆さん」


「いえ、自分たちが早めに来ただけなので!」


「一番早く来てたのって誰だっけ?」


「俺だ。もう三時間も待ってたよ」


 三時間ですか……大丈夫でしょうか?


 僕は思わず問いかけます。


「十分に寝てきましたか?」


「すみません。遂に薬草栽培に進めるかと考えると興奮して寝付けませんでした」


「あー、わかるわかる。俺だって二時間しか眠れなかった」


「俺だってそんなもんだぞ。皆大差ないってことか」


 さすがに夜明け前ということもあって小声で話し合っていますが、遠慮をしなくなれば大爆笑が巻き起こっているところでしょう。


 さて、そろそろ弟子の紹介もしなくては。


「ギルドマスター、そっちのローブを着けてる少女ふたりが……」


「はい。僕の弟子のニーベとエリナです。ふたりとも十一歳ですが最近はミドルポーションまで安定し始めました。なお、学び始めたのは去年の秋頃、本格的な指導は冬に入ってからなのであなた方との差は二カ月あるかないかです」


 それを聞いた錬金術師たちは一様に渋い顔になりました。


 伝え方が不味かったですかね?


「……くそ、これが直弟子とギルド員の差か」


「ほとんど同じ修行期間で俺たちは最高品質の魔力水すら安定せず、弟子たちは俺たちよりも年下なのにミドルポーションまで作るだなんて……」


「でも、お弟子様もミドルポーションが作れているんだ。ギルドマスターについていくことは間違いじゃないことの証明だ」


 ああ、渋い顔をしたのは嫉妬ではなく焦りからだったのですね。


 僕に付いてくることができるのでしたら、ミドルポーションまでは面倒をみてあげますよ。


「先生。この方々が錬金術師ギルドの精鋭さんたちですか?」


「はい。歳はあなたたちより上ですが、錬金術の腕前はあなた方の方が数十歩先を進んでいます」


「ええと……先生。ボクたちはどのような態度でこの方々と接すればよろしいのでしょう?」


「そうですね……あなた方、僕の弟子とどういう関係でありたいですか?」


「もちろんお弟子様の下につきます」


「とてもじゃありませんが、自分より腕のいい錬金術師に威張るような真似はできません」


 ……シュミット流の作法を教え込みすぎたでしょうか?


 今日は弟子たちの指導を受けていただかなければいけないので、楽でいいのですが。


「と言うことらしいです。畑作りが始まれば、あなた方の指導がビシバシ入ることになるでしょうし、気にしなくてもいいかと」


「でも、緊張するのです」


「はい……」


「大丈夫大丈夫。さて皆さん。シュベルトマン侯爵や各ギルドマスターをお待たせすると不味いので先に畑の予定地に移動しますよ」


「「「はい」」」


 ぼくや弟子たちは再び聖獣たちへと騎乗し、それ以外のものは徒歩で畑の予定地へとやってきました。


 さすがにこの時間ではまだ誰も来ていないようですね。


「ここが畑の予定地です。実験栽培の場所ですので、広さはありません。実験栽培が成功すれば将来は大々的に薬草栽培を始めますので気合いを入れてください」


「「「はい」」」


「では、ここから先はニーベ、エリナ。あなたたちの指導です。指導内容は昨日の夜に相談したとおり。できますね?」


「もちろんです!」


「やり遂げて見せます」


「僕はこの一帯を幻影結界などで覆って周囲から見えなくします。アリア、申し訳ありませんが、シュベルトマン侯爵やティショウさん、ジェラルドさん、それから商業ギルドマスターがお見えになりましたら結界の中へ案内してあげてください」


「かしこまりましたわ」


「それでは、作業開始です。錬金術師の皆さんはニーベたちの指示にきちんと従うように」


「「「もちろんです」」」


 さて、薬草栽培ですが、種を植えられる段階になるにはどれくらいの時間がかかりますかね?



********************



「そこ! もっと土を軟らかくするのです!!」


「はい!」


「そっちは大きな石が残ってしまっていますよ。申し訳ありませんが取り除いてきてください」


「わかりました!」


 うん、畑作りは順調ですね。


 ニーベちゃんに教えたときの十倍以上の広さがありますが、精鋭たちは二十人近くいますし、指導者もふたりいます。


 うまくいけば、午前中には畑の整備は終わりますでしょうか?


「……なにをやっているところなのかね? スヴェイン殿」


「野良仕事か?」


「畑作りのようですな?」


「ひたすら地面を柔らかくしている様子。一体……」


「皆さん。おそろいですか」


 今日の主賓である、シュベルトマン侯爵、ティショウさん、ジェラルドさん、商業ギルドマスターの四人が揃って畑へとやってきました。


 もうある程度日が昇っている時間なのですね。


「はい。今は畑を作る前準備の作業中です」


「それはわかるが……なぜ土魔法を使っている?」


。これにより、一時的な魔力溜まりと同じような効果を発揮いたします」


「使っている魔法はなんだ? 土を耕す魔法なんて土魔法にあったか?」


「土属性の初級魔法『クリエイトアース』を。失敗して完全な形で発動してしまうと……」


「あー!? また失敗です! クリエイトアースの使い方もいい加減に慣れてください!」


「申し訳ありません! ニーベ様!」


「大の男が幼女に謝っているのだが?」


「ニーベちゃんはあれでも十一歳……いえ、そろそろ十二歳になるのでしょうか? それくらいの少女ですよ」


「見たことがあると思えばネイジー商会の娘さんでしたか。ですがあのローブは……」


「僕の弟子である証明です。普段の街歩きでも使っていただきたいのですが」


 さて、様々なハプニングが続きニーベちゃんとエリナちゃんの怒声も飛び交う中、なんとか午前中で土壌整備は終わりました。


 皆さん、かなりバテていますが、まだまだ作業は残っていますよ?


「皆さんヘトヘトです。……私も初めはそうだったので偉そうなことは言えませんが」


「結構な重労働だからね。ですが、先生。この広さの畑をすべて管理するんですか? ボクには無理だと感じるのですが……」


「失敗から学ぶこともあります。自分たちがどの程度の作付面積なら維持できるかを知るのもいいでしょう」


「ま、待ってください、ギルドマスター。この広さで、俺たちだけでも、人が足りないと?」


「足りないでしょうね。慣れてくれば大丈夫でしょうが、最初は……この四分の一管理出来れば上々です。まあ、今日は僕の手品で一通りの作業をさせてあげます。自分たちの限界をそれで感じてください」


「わ、わかりました」


「それでは、食事としましょう。皆さん手を洗ってからこちらに来てください。携帯食料を差し上げます」


「は、はい。……携帯食料なのにうまい!」


「シュミットの講師陣にお願いしてある程度用意していただきました。シュベルトマン侯爵たちもお召し上がりになりますか?」


「興味があるな。いただこう」


「もしうまければ冒険者ギルドから調理ギルドへ発注する」


「それには商業ギルドを通していただかねば」


「私のところはあまり関係ないだろうが……忙しいときの栄養補給になるか」


 配ったシュミットの携帯食料の評判はすこぶる良かったです。


 そういえば、この国の携帯食料は非常に不味いものでしたよね。

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