ヴィルジニーと父親と

520.ヴィルジニーの昇級試験

聖獣とともに歩む隠者書籍版第2巻の発売を記念して一日二話更新をしばらくの間行います!

これは一話目です。

二話目は夜19時ごろ公開予定。

お楽しみに!


――――――――――――――――――――


「そうですか。シャニアさん。代表から代表に」


 秋も深りもうじき冬という頃、シャルに呼び出されて午前中だけという約束で行われている兄妹のお茶会。


 そこで出た話題はエヴァンソンの現状です。


「私も驚きました。お兄様からやシュミット国内でを作るための素材集めをし終え、エヴァンソンに戻ってみればシャニアさんが正式な代表になっているんですもの」


「それは驚くでしょうね。それにしてもコンソールで待っていたはずの竜七匹、彼らが緊急で飛び出して行ったのはそういうわけですか」


「そのようです。それ以外の要職の方々もまとめて更迭、私財没収の上貴族名鑑より除外、今は……どうしているんでしょうね?」


「野垂れ死んでいなければいいのですが。他国のことまで気にしていられませんが」


「はい。それ以外の上級文官や士官たちにも調査を行った結果、不正がどんどん明るみに出たそうで。シャニアさんとズレイカ様はその対応に追われていました」


「僕の方から、差し入れでも送りましょうか」


「そんなことをすれば寝る時間を更に確保しなくなるのでおやめなさい」


 やっぱりシャルが冷たいです。


 どうしてこんな妹になったのか。


「それで、各ギルドでを作るところまで確認してきたんですよね? その結果は?」


「心が折れた者も少々いますがそのような者たちは自然とこぼれ落ちるだろうと。ほとんどの者たちはそれを見て奮起したようです。自分たちでもあの高みに挑戦できるんだと」


「そして、指導も厳しくしたそうですね」


「はい。各教官、指導のレベルを何段階か上げたようです。しかし、で奮い立った者たちはそれにすら食らいつき、余裕があるものは自己研鑽まで行っていると。今度こそ『コンソールブランド』に後れを取るまいとして」


「素晴らしいことですね。その話、ジェラルドさんには?」


「既にしてあります。ジェラルドさんもその程度で後塵を拝するわけにはいかぬと各ギルドに檄を飛ばしたそうですよ?」


「僕のところへは来ていませんが」


「ミドルポーションを自力開発し、ミドルマジックポーションの製法解明までしているところに檄を飛ばせば、無理をするに決まっているから飛ばしていないそうですね」


「ありがたい配慮です。それにしても、オルド。あなた、しっかり部隊の引き継ぎ間に合ったようですね」


「ええ、まあ……」


「オルドは秋の早い段階で部隊の引き継ぎを終わらせ、待ちぼうけをしていたそうです。アイシクルランダーは空を飛べませんから」


「……オルド?」


「申し訳ありません、スヴェイン殿」


「ともかく専属護衛兼補佐は増えました。補佐としての仕事はこれから徹底的に叩き込まねばなりませんが、半年でものにしてみせます」


 うん、オルドも地獄の日々が確定です。


 心の中でしかエールを送れませんが頑張ってください。


「ところでお兄様。今日は午前中とだけ断り書きがあったのはなぜでしょう。そこまでこだわらなくとも、半日もあれば終わりますのに」


「ああいえ、午後にはギルドに戻って外せないお仕事があるんですよ」


「外せないお仕事? お兄様が?」


「ええ。その……まことに遺憾ながら昇級試験です」



********************



「さて、ヴィルジニーさん。への昇級試験です。お題は最高品質マジックポーションを五回中四回成功。……本来ならこのスピードで受けてほしくなかった試験なのですが」


「上を目指すと決めた以上止まれません!」


「はあ。第二期第二位錬金術師からも弟子たちからも推薦がありますので受けさせます。肩の力を抜いて普段の力を発揮してください」


「はい!」


 そうして行われたヴィルジニーさんの昇級試験。


 結果は五回中五回とも成功、文句なしの成果です。


 喜ぶべきか無理をしすぎだと怒るべきか……。


「五回中五回すべて成功。文句ありませんよね、ミライサブマスター」


「その、文句はないのですが……ヴィルジニーさん、無理をしすぎです」


「それについてはいったん置いておきます。ともかく第二位錬金術師昇級おめでとうございます。こちらが第二位錬金術師のローブです」


「ありがとうございます!」


「それから、第二位錬金術師になったときに渡している記念品。全員に渡しているのであなたにも渡します。とりあえず手に持ってください」


「はい! ……革袋?」


「はい、個人認証完了です。そのはあなた専用になりました。盗まれたりなくしたりしても、ある程度の距離が離れればあなたの手元に帰ってくる代物。毎日オババの錬金台を持ち歩くのも大変でしょう? 今日からはそれに入れて持ち歩きなさい」


「ありがとうございます!」


「それから第二位錬金術師になったことであなたにも家での練習用として薬草販売の許可が出ます。出ますが、あなたは当面禁止です」


「なぜですか!?」


「そんなことをすれば家でも魔力枯渇を起こすことが目に見えているからです。せめて自制を覚えるまではあなたには薬草を販売しないよう事務にも連絡しておきます」


「うう、先輩方に一足でも早く近づきたいのに……」


「あなたは急ぎすぎです。三階のアトリエに置いてある『フォル = ウィンド』の本に目を通していますか?」


「それは……その……」


「目標である第二位錬金術師まで上がったのです。ポーション作りはほどほどにとどめてまずは足元の知識を固めなさい。ポーションを作るばかりが研究ではありません。ポーション作りに必要な各種知識、薬草学や植物学はもちろん魔物学なども必要な知識になってきます。あなた、お金には困っていないでしょう? オババの錬金台を既に買っているくらいですから」


「……はい」


 この家出娘、三階に上がってからというもの毎日魔力枯渇を起こすまでポーション作りを繰り返し、枯渇したら仮眠を取り回復したらポーション作りを再開するを繰り返した結果、先月までの合計お給金が金貨百枚を超えているそうです。


 さすがのオババももう買いに来るとは考えもしていなかったらしく、僕のところまで訪ねてきて『あの娘、相当無茶してるんじゃないのかい?』と聞いてくる始末。


 週二日は休ませているのですが……本当になにをしているか怪しいです。


「あなたのむちゃくちゃぶりは僕の弟子たち以上です。成長速度も僕の弟子は。あなたは何カ月で安定しましたか?」


「その……今月の頭には安定していました」


「僕の直弟子以上の速度などあり得ないことを自覚しなさい。ともかく今日からは足元の知識を固めることを徹底。今のスキルレベルでは霊力水も作れないのです。体を休める期間と考え、座学に集中なさい」


「そんな!?」


「……あなた、秋の間だけで四回も?」


「それは……はい……」


「あなたみたいに自制のできていない人間に好き放題やらせていると、今度はなにを始めるかわかったものではありません。そういうわけで、あなたはまず座学で知識を深めなさい」


「わかりました……ところであの本、持ち帰ることはできないんですか?」


「持ち帰りは厳禁ですが……金貨五枚で一冊写本を作って渡しています」


「じゃあ、今月のお給金が出たら生活費を除いたお金で本の一部を写本させていただきます!」


「……ミライサブマスター。この娘さんの勢いを止めてください」


「……私にも無理です」


 本部付きの人間としてふさわしいのは間違いないのですが……少々、いえ、あまりにも研究熱心すぎます。


 このペースではスキルレベルさえ足りると先輩方を追い抜かして特級品くらいは作ってしまうんじゃないでしょうか?


 各自に自分で作ったポーションは必ず鑑定して品質チェックをするよう指示しているので【鑑定】スキルのレベルも相当上がっているはずですし。


「ともかく、ヴィルジニーさん。しばらくあなたは無理をしない範囲でのポーション作製以外は知識を集めること。街の本屋や図書館で本を探すのもいいですが、『フォル = ウィンド』以上の本はありません。見比べる目的で買うのは構いませんが、それ以外の目的で買うのでしたらお金を貯めておきなさい」


「ありがとうございます!」


「さて、これで昇級試験は終了なのですが、このままあなたをアトリエに帰すと喜び勇んでまた魔力枯渇で倒れられそうです。少し頭を冷やす上でもお話をしましょう。三階の空気には……もう慣れていますよね?」


「はい! 皆さん納品分のポーションを作ったら、それぞれ研究を始めてとってもうらやましいです! 先輩方からは『第二位錬金術師になってもスキルレベルが致命的に足りないはずだから、しばらくは納品分のポーションを作り続けろ』と指示されていますし、頑張る所存です!」


「……本当にすぐさまアトリエに戻さなくて正解でした。プライベートな話に首を突っ込みたくはないですが、新しい家はどうですか?」


「そうですね。本当に治安のいい場所を紹介していただけたようで助かっています。ひとり暮らしをするには十分な広さのお部屋ですし、お家賃も良心的。錬金術師ギルド本部も薬草畑もほどよい感じの距離でとても便利です」


「なら結構。まったく、家出娘とはいえあのような治安のよろしくない場所に十三歳の少女ひとりが暮らしていたかと思うと気が気ではありませんでしたよ?」


「その節はご心配をおかけしました……」


「コンソールは聖獣たちが守っているとはいえ間に合わないことだって多いんです。裏道や治安の悪い地域は近づかないように、いいですね?」


「はい。もちろんです」


「結構。それで、ほかに困っていることはありませんか? プライベートなことですので力を貸せることと貸せないことはありますが」


「……あの、大変申し上げにくいのですが力をお借りしたいことがあります」


「なんでしょう? とりあえず教えてください」


「もうすぐ故郷の街からお父さんが来るんです。私を強引にでも連れ戻すために。その説得を手伝っていただければと」

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