521.家出娘の父親対策会議

聖獣とともに歩む隠者書籍版第2巻の発売を記念して一日二話更新をしばらくの間行います!

これは二話目です。

明日の一話目はいつも通り朝7時10分。

よろしくお願いいたします!


――――――――――――――――――――


 とりあえずヴィルジニーさんから爆弾発言を聞かされたあと、第二期第二位錬金術師のアトリエに戻ってきました。


 怒り顔のミライサブマスターを引き連れて。


「あ、ヴィルジニーさん、昇級おめでとう!」


「これで正式に俺たちの仲間だな! ……で、なんで頭を抑えているんだ?」


「それにギルドマスターにサブマスターまでいらっしゃるだなんて」


「先生方どうしたんです?」


「はい。それもそんな怒り顔で」


「怒りたくもなる内容を聞かされたからです。ヴィルジニーさんが頭を抑えているのは僕から一発げんこつを落とされたためです」


「先生、体罰は禁止なのです」


「ボクたちにも禁止していますよね?」


「ヴィルジニー、俺たちでも口頭注意と強制休暇以上の罰則は受けた試しがないぞ?」


「ギルドマスター、ヴィルジニーさんはなにをしでかしたんですか?」


「それを話しますとりあえず、各自作業をきりのいいところで中断。集まってください」


「はあ」


「珍しいですね。サブマスターも一緒なのに」


 ともかく出勤している第二期第二位錬金術師全員と弟子たちに集まっていただき先ほどの話、つまりはヴィルジニーさんのお父さんがヴィルジニーさんを連れ戻すためコンソールにやってこようとしていることを告げました。


 その話を聞くと全員が頭を抱えたり天を見上げたり各自様々な方法で呆然としています。


「とりあえず、ヴィルジニーさん。お説教なのですよ」


「はい。それはさすがに先生からげんこつを落とされても仕方がありません」


「申し訳ありません……」


 ひとまずお説教は弟子たちに任せてこちらはこちらで対策会議です。


 せっかくの本部付き錬金術師、失うわけにはいきません。


「さて、皆さんの意見を聞きましょう」


「ヴィルジニーさんを連れ帰させるわけにはいきません」


「そうだな。もう既に俺たち全員の妹分だ。出来の悪い、が頭につきますが」


「毎日深めの魔力枯渇を起こすまでポーション作りを止めないんですよ、彼女……」


「僕の注意すら効きませんか……」


「はい。歯止めがかかっていません。面倒を見る分にはいいのですが、気絶するほど魔力枯渇を起こした次の日はがっつり叱っています」


「それで四回ギルド泊まりなんですよね?」


「はい。オババの錬金台は魔力をかなり消費すると教えているのに止まりません」


「僕の弟子たちも似たようなことを起こしていましたが……さすがに一晩寝ることになるほどの魔力枯渇は起こしたことがないですよ?」


「でしょうね。ともかく手間のかかる妹分ですが、ようやく増えた俺たちの正式な後輩。そう易々と手放せませんよ」


「ミライサブマスターの意見は?」


「本当に手間のかかる家出娘です。そこは置いておくとして、ご家族には『新生コンソール錬金術師ギルド』本部からの正式文章として彼女を採用していると手紙を出しています。未成年の娘が家出をしてまで働きに出ているのが心配なのはわかりますが、強引に連れ戻そうとするのはいただけません」


「ですよね。僕としても彼女は……いささかどころかあまりにも頑張りすぎているのですが、本部の人材として留め置きたいです。どうにかして説得できないものか」


 と、そこへ弟子たちの説教が終わったのか肩を落としたヴィルジニーさんと怒り顔のニーベちゃんとエリナちゃんも合流してきました。


 ふたりもさすがに怒っているようです。


「先生、ヴィルジニーさんへのお説教、終わったのです」


「ボクたちより酷いです、この子」


「はい、申し訳ありません……」


「とりあえず弟子たちのお説教も骨身にしみたでしょう。さて、とりあえずはあなたの意思確認です。あなたは故郷の街に戻りたいですか?」


「もちろん戻りたくありません! あの街に戻っても私に職なんてありませんし、せいぜい成人と同時にどこかへ嫁に出されるのが見え見えです! 自分の夢を叶えるためにコンソールに出てきたのも事実ですが、田舎で一生を終えるのも嫌だったんです!」


 ヴィルジニーさんも本気のようですね。


 しかし、この様子だと相当酷いようです。


「ヴィルジニーさんの故郷って『職業優位論』はまだ健在ですか?」


「はい、もちろんです。私の故郷はシュベルトマン領ですが、田舎の方。シュベルトマン領でも『職業優位論』がなくなっているのは領都とその周辺の街くらいでそれ以外の街、特に地方領主が治めている街では以前よりも一層『職業優位論』で強く締め付けるようになりました」


「ふむ。本当でしょうか、エリナちゃん?」


「そうですね。ボクが去年ヴィンドに里帰りしたときも、お姉ちゃんは『服飾ギルドの下働きに滑り込むのがやっと』と言っていました。ヴィンドはコンソールの近くにありますが地方領主の治める街です。そう考えればヴィルジニーさんの話とも一致します」


「嘆かわしいですね」


「はい、まったくです。故郷だからこそ余計に恥ずかしい」


 これは僕がコンソールから、そして第一街壁の外から『職業優位論』をはじき飛ばした弊害なのでしょうか。


 シュベルトマン侯爵も領都で改革を進めているようですが、すべてを駆逐できていないご様子ですし『職業優位論』とはめんどくさいことこの上ない。


「それで、お父さんの『職業』は?」


「『建築士』です。そのため、建築ギルドでも重要な役割は任せてもらえず、締め付けが厳しくなってからはお給金も更に減ったようで……」


「ふむ。確かお兄さんと弟さんもいると言っていましたね。彼らは?」


「兄は『鍛冶師』、弟は星霊の儀式前ですが『剣士』です。ちなみに母は『治癒術士』だと聞いています」


「と言うことは家の稼ぎ頭はお兄さんですか」


「そうなります。ただ、兄も昨年鍛冶ギルドに入門したばかりの見習いで給金はそんなに高くないはず。一家揃って貧しい暮らしを強いられてきました」


 なるほど、かなり苦労して生活を……生活を?


「ヴィルジニーさん、正直にお答えなさい。あなた、どうやってコンソールにやってきましたか?」


「その……コンソールの隊商に現状を話し込んで頼み込み、故郷の街からは隠れるようにして連れ出していただきました。そのあとはその隊商のお仕事を手伝いながらコンソールの街へ。そのまま隊商の方の口利きで下働き先も紹介していただき、この夏の錬金術師ギルド入門試験に受かった次第です」


「……ヴィルジニー、無理をしすぎだ」


「そうよ。あなた、錬金術師ギルドに入れなかったらどうするつもりだったの?」


「その……そのときはまた奉公先を見つけて来年の試験を受けようかと」


「とりあえず、この家出娘があまりにも無鉄砲なことは判明しました。その上で聞きます。この家出娘、やっぱり手放したくはないんですよね?」


「……さすがに、田舎に連れ戻されていきなり結婚されるというのはかわいそうなんてものじゃ」


「だよな。それに、これだけの錬金術師に育ったんだ。そんな田舎だと街一番の錬金術師だろ」


「そうよね。『職業優位論』のある錬金術師ギルドじゃ絶対に受け入れてもらえないからこそ、コンソールから連れ出させるわけにはいかないわ」


「先輩方……ありがとうございます!」


「気にしないで。どうしても気にするなら、軽い魔力枯渇の段階で仮眠室に向かうように」


「そうだな。気が付いたら椅子でぐったりしていたとか心臓に悪いからいい加減やめてほしいぞ」


「先生に鍛えられた私たち以上の学習速度とか無理しすぎなのです」


「ボクたちは先生が安全な範囲で練習させてくださっていました。それがないのにボクたちより早いとか無理をしすぎています」


「は、はい……」


 ヴィルジニーさんもこれには反省するしかないでしょう。


 これで自制と自重ができるようになればいいのですが。


「さて、ここからは本当にヴィルジニーさんのお父さんに対する対策会議です。ヴィルジニーさん、新しい家の場所は教えていますか?」


「いえ、教えていません」


「なら、待ち構えているとしても錬金術師ギルド本部でですね。不適格者が入り込もうとすればアーマードタイガーが容赦なく排除してしまいそうですが……それもまずいでしょう」


「私もそう考えています。いきなりわけもわからず聖獣に追い返されたのでは納得もなにもできないでしょうから」


「となるとヴィルジニーさんのお父さんの出迎えは誰かが行わなければなりません。ヴィルジニーさん、お父さんはいつぐらいに到着予定ですか?」


「その、申し上げにくいのですが……手紙の日付から逆算するとあと一週間くらいで到着します」


「ふむ。それならばそれで都合がいいというもの。ヴィルジニーさんのお父さんと言うことはヴィルジニーさんと似た気配の持ち主でしょう。僕の契約聖獣を使って探させるとしますか」


「あ、あの! そこまで大事にしなくても!」


「気にしない気にしない。僕の聖獣たちも普段は街の聖獣たちと混ざって子供の相手をしたり昼寝をしたりくらいしかしていないのです。僕の役に立てるとあれば喜んで動くでしょうからね」


「その、重ね重ね申し訳ありません」


「僕の手を煩わせる程度、深刻に考えない。せっかくの本部付き錬金術師が増えたのです。それを守れると考えれば安い労働力ですよ」


「それで、ギルドマスター様。具体的にはどうするおつもりでしょう?」


「そうですね。まずは普通に説得してみましょうか。それでダメならヴィルジニーさんの今の実力、思い知っていただきましょう」


「ええと……お父さんはそれでも無理だと。女の幸せは結婚しかないと考えている人間なので」


「……ヴィルジニーさんには申し訳ないですが本当にどうしようもないお父さんですね。では、事務に頼んでこの三カ月でヴィルジニーさんがどれだけ給金を稼いでいるか叩き込んで見せるとしましょうか。おそらく、あなたの家の年収、数倍は稼いでいるでしょう?」


「多分、年収の数倍どころかお父さんが今まで稼いだ金額よりも遙かに多いです」


「では決定ですね。それでもダメなら……自分の実力のなさ、不甲斐なさでも知っていただきましょうか。コンソールの風は『職業優位論』なんてに染まりきっている人間に理解できないと言うことを」


「それってどういう……?」


「建築ギルドにもスヴェイン個人として大量の貸しがあります。それを少しばかり返していただきますよ」


 さてに染まりきったお父さん?


 コンソールの熱い熱い風、思い知っていただきますよ。

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