聖獣鉱脈と魔法布生産

452.夏の夜の出来事

「んっふふーん。スヴェインを独り占めー」


「それは寝室ですからねえ」


 夏も本番を迎えたある日の夜。


 今日はユイが添い寝当番の日です。


 特に今日はやましいことはしていませんよ?


「はー。スヴェインの体、やっぱり優しい感じがする」


「それはどうも。ユイも……ハーブの香り?」


「え、ああ、うん。アリアに香油を作ってもらったんだ。それくらいならスヴェインに頼らなくても自分でできるからって」


「そうですか。それにしてもどうして急に?」


「えっとね。前にアリアにぎゅってされたときにラベンダーのいい香りがしたの。それで理由を聞いたら香油を夜はつけているからだって。それで、私もアリアに頼んで夜だけは香油をつけてみようかなって」


「ユイがいいのならいいんじゃないでしょうか? いい香りですよ」


「よかった。スヴェインに嫌われたらどうしようかだけ不安だったの」


「そんな些細なことで嫌いませんよ。それにしても……最近、ユイとばかり一緒なのは気のせいでしょうか?」


「あはは……気のせいじゃない。アリアが一日、私が二日のペースで回しているから」


「ミライは?」


「今の作業が終わるまで添い寝も禁止だってアリアとリリス先生が」


「大丈夫なんですか、それ?」


「私はスヴェインを独占できる日が増えて嬉しいからいい」


「いえ、そうではなく」


 このお嫁さん、自分の欲望に正直だ。


 あれ、でも?


「アリアが一日でユイが二日のペースでいいんですか? 普通逆では?」


「あー、それ。アリアにも聞いたんだけどスヴェインがのは私だけだからって。アリアは自分はスヴェインに甘えられるけれど、スヴェインはアリアに甘えてくれないからって」


「……僕、そんなにユイに甘えてますか」


「どうだろう? でも、ときどき無意識に抱きしめてくれているよ? 目が覚めたらドキドキしちゃうけど」


「……それは申し訳ありません」


「ううん、嬉しいから気にしないで。スヴェインも今はお仕事とかいろいろ大変だろうし、片手間って言っていたっていう錬金術師ギルドマスターもきちんと務めているしでなにかと大変だろうって。ただ……」


「ただ?」


「えっと、アリアは一緒にお風呂に入ってもらいたいって。昔みたいに毎日」


「……子供の頃の話です」


「でも、子供の頃っていつも一緒に入っていたんだ」


「アリアがひとりでは入れなかったので。僕と長時間離れると不安になるそうなんですよ」


「そっか。昔は遠目からしか見たことがないし、今はこの関係しか知らないから意外だなあ」


「昔の僕とアリアの話を聞きたければアリアから話を聞いてください。僕が話すと絶対に怒るので」


「アリアって恥ずかしがり屋だもんね」


「まったくです。それでいて嫉妬深いんですから」


 アリアにも困ったものです。


 昔から一緒にいたので気にしませんでしたが、こうして家庭を持つといろいろな側面が見えてくるのですから面白い。


「ベッドで寝ながらこんなことを聞くのもなんですが……サリナさんは順調ですか?」


「本人は戸惑ってる。見習いを一カ月で卒業、そのまま二カ月で。今は仕上げ師をメインでやらされてて……本当に自分がこんなスピードで出世していいのか混乱しているみたい」


「実際のところはどうなんです?」


「入門させた時点で免状を叩きつけて送り返したいって言われた。ただ、それだとサリナがほかの職人から知恵がないままになっちゃう。だから無理を言って入門させてもらってきた」


「ふむ。入門させた効果は?」


「私の手つきを見る目も大分変わった。ただ、それだけで私の技を盗めないことを悔しがる域までは到達していない」


「なるほど。熱意が足りない……のではなく、ユイがすごすぎたせいでという発想がなかったわけですね」


「そう。そこをあと二カ月弱で覚えてくれればいいんだけれど……」


「二カ月弱。夏の終わりですか」


「そのときには免状を叩きつけて送り返すって言われてる。多分本気だし、サリナの腕前ってそこまで成長させてから送り込んだから間違いない」


「ユイ。加減を覚えましょう」


「『カーバンクル』の師匠がそれを言うの?」


「……なんのことやら」


「あ、とぼけた」


 実際、あの子たちも育ちすぎてますからね。


 今もホリーという弟子の指導で指導能力を身につけさせていますし、どこまで育てればいいのか。


「サリナの話はおしまい。スヴェインは最近何をやっていたの?」


「うーん、いろいろとしか。ギルドマスターとして家族にも話せない話が多いんですよ、最近は」


「ふうん。元々は弟子の片手間って言ってたわりにずいぶん熱心なんだね?」


「この街に深く関わりすぎましたから。『聖獣の主』としても『竜の帝』としても」


「はー。わたし、本当に知らないうちにすごい人に見初められてお嫁さんになっちゃったんだなあ」


 ユイがそう言いながら左手を天に掲げ見つめるのは薬指にはまった指輪。


 オリハルコンを少しだけデザインリングにしただけ、宝石も入っていない指輪です。


 彼女がようやく受け取ってくれた結婚指輪は、宝石をつけないでほしいと熱心に懇願されました。


 いわく、私自身が宝石じゃなくちゃ嫌だからと。


 大切なのかわいらしい我が儘、僕もアリアも多少困ってしまいましたがその望みは叶えることに。


 結果として宝石も何も入っていない金色の指輪なんですが、彼女にとってはなによりの贈り物です。


「……そういえば、もう少しで結婚してからも一周年だよね。早かったなあ」


「去年は結婚してすぐに内戦が始まり、竜たちが飛び回ってそれも鎮まる。コンソールも国として名乗りを上げ……まあ、いろいろありました」


「結婚記念にどこかに行く?」


「どこか、行きたいですか?」


「うーん、エリナちゃんから聞いた話だとヴィンドっていう街もあまり面白くなさそうだし……」


「多分、この近辺でコンソール以上に刺激的な街はありませんよ? 僕も休みを取って、私的な立場でエルドゥアンさんにはごあいさつしたいですが」


「それも難しいよね」


「はい。去年の秋にニーベちゃんとエリナちゃんが公的な立場で乗り付けたとき、街に入るだけで竜が出てきたそうです。はっきり言いますが、この近辺の街に期待をかける方が難しいでしょう」


「うーん。シュミットに帰郷……は、私が恥ずかしい……」


 シュミットに帰郷ですか。


 カイザー便を使わなくなってから、僕もシュミットに顔を出してない……ん?


「……そういえば、ユイのご両親にあいさつもせずに結婚してしまいましたね。それも、半ば無理矢理」


「それは気にしなくても大丈夫! シャル様に頼んで家族には報告済みだから! むしろ家族からも、スヴェイン様があいさつに来られるとどう対応すればわからないから、そのまま私だけを大切にしてほしいって」


「そうですか? それも不義理なような」


「私を不意打ちで娶ったくせに律儀なんだから」


「そういう性分としか。ですが……そうですね。ユイは『聖獣郷』に行ったことはありませんよね」


「うん。ホウオウ様もスヴェインからの指示で急遽来てくださったと聞いているし」


「じゃあ、時期を見繕って『聖獣郷』を案内しましょう。僕の妻になったあなたにあいさつしたがっている聖獣もかなりいますし」


「聖獣様が!? そんな、恐れ多い!?」


「気にしない気にしない。謙虚さを忘れなければ、気さくな隣人ですよ。あなただって契約聖獣が増えてきたんですからわかるでしょう?」


「それはそうだけど……まだ、麟音に命令するのは慣れないし、ノウンにいろいろ聞くのだって本当に聞いていいのかためらうし」


「そろそろあの二匹くらいには慣れてあげましょう。麟音もノウンも黒曜やワイズに『どうやったら契約主と仲良くできるのか』を聞いているくらいですから」


「……わかった。明日は麟音で遠乗りしてくる」


 ふむ、麟音で遠乗り。


 仕事に付き合わせるようで申し訳ないですがちょっと付き合ってもらいましょうか。


「ユイ。明日、僕の仕事を手伝ってくれませんか? 仕事内容は探しです」

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