337.竜の至宝たる少女

「アーマードタイガー、護衛ありがとうございます」


 僕たちはそれぞれの騎獣にまたがり錬金術師ギルド本部まで帰還しました。


 そこでは変わらずアーマードタイガーが門衛をしてくれています。


『帰ったか。お前たちからも中の者どもを説得してくれ』


「中の者ども……ギルド職員や錬金術師がなにか?」


『誰ひとりとして帰ろうとせぬ。まったく、主に似て頑固者だ』


「なっ!」


 さすがにそれはまずい!


 コンソールが混乱する前に各自帰宅させないと!


「ありがとうございます! 皆はとりあえずギルドマスター用のアトリエ前へ!」


「はい。私が呼びかけてもユイは鍵を開けないでしょうから」


「ええ。すぐに本部の人間を説得して向かいます」


 まったく、なにを考えているのか!


 受付には……誰もいませんね。


 とりあえず第二位錬金術師の元へ!


「あなた方! なにをしているのですか!?」


 彼らのアトリエに踏み込めば、第二位錬金術師たちは大量のポーションを作製していました。


 普段は作るのをやめていた普通のポーションです。


「ああ、ギルドマスター! お戻りですか!」


「俺らに今できることはこれくらいなんで!」


「せめて、街のためにできることくらいさせてください!」


 やれやれ、この子たちは……いつの間にか立派になっていますね。


「ダメです。各自の家に帰宅なさい。これはギルドマスター命令です」


「いや、でも……」


「あなた方の熱意と魂は受け取りました。ですが、いまの状況ではコンソールは竜たちによって確実に守られます。ポーションはいま街に出回っているだけで十分に足ります。足りなくなったら僕が何万本でも供給します。なので、あなた方は自分の命を守りなさい」


「……わかりました。滅多に出されないギルドマスター命令。しかと聞きとどけます」


「ではすぐに帰り支度をして帰宅を。各自に僕の聖獣たちを守りにつけます。支部の者たちまでカバーするのは大変ですが、あなた方だけならどうとでもなります」


「この恩は必ず」


「これを恩だと感じるのなら、この街が正常化した暁に舞い戻ってきなさい。そして、研究を続けるのです」


「ギルドマスター命令、聞きとどけます」


「結構。僕はほかの皆にも話をしてきます。急ぎなさい」


「はい。急ぐぞ!」


「「「おう!」」」


 行く先々このような感じで説き伏せるのに苦労します。


 事務員まで同じ調子なのですから手に負えない。


 なお、帰すのに手間取ったのはシュミット出身のユキエさんと講習担当のエレオノーラさんでした。


 エレオノーラさんに至っては子供たちが心配だから名簿をくださいとまで言い出す始末です。


 子供たちは聖獣が特に気にかけていると説き伏せて家に帰させるのがやっとですよ。


 さて、そろそろあの娘さんを迎えに行かないと。


「スヴェイン様、お戻りですか」


「ええ、頑固者ばかりに育っていて時間がかかりました」


「いえ。先ほど念のため私の方から呼びかけてみましたが、やはりユイは反応しませんでした」


「アリアでもやはりダメですか。仕方がない娘さんですね」


「私たちがたった一カ月で魅了されるだけのことはあります」


「まったくですよ。アリアがいなかったら、僕の一番そばにいたのは彼女です」


「私もそう感じました。スヴェイン様と先に出会えて幸運です」


 さて、本当に早く安心させてあげないと。


「ユイ。僕です。開けなさい」


 僕の呼びかけに扉の向こうから駆け寄る音が聞こえ、勢いよく扉が開かれました。


「スヴェイン様! よくぞご無事で!!」


「僕になにかあるわけないでしょう? あなたがくれた服にまで守られているのです。カイザーですら傷つけるのに悩む逸品ですよ、これ」


「そんな事関係ありません! 心配なのは心配なのです!!」


「……心配をかけましたね。僕の『竜の至宝』」


「竜の至宝? どういう意味ですか?」


「家でいくらでも説明いたします。ともかく帰りますよ」


「は、い?」


「どうしました、ユイ?」


「嬉しすぎて、腰が……」


「ユイ……」


「あなた……元とは言えシュミットの人間でしょう?」


「だって、嬉しすぎて……今も泣くのを我慢するのが精一杯で」


「泣くのは家に帰ってからにしてください。よっと」


「わ、わ!」


「お姫様抱っこです!」


「よかったですね、ユイさん」


「あ、あの、スヴェイン様?」


「早く戻りたいので異論はあとで。行きますよ!」


 僕たちはまた騎獣にまたがり、空になった城を守るアーマードタイガーに見送られ家へと戻ります。


 家の前ではリリスが待ち構えていました。


「リリス」


「スヴェイン様。よくぞご無事で。ユイは?」


「嬉しくて腰が抜けたそうなので」


「そうですか。わかりました」


「あれ、お小言は?」


「夫を思う妻の気持ちです。それにお小言を言うような無粋、するはずもありません」


「……ありがとうございます。リリス……先生」


「呼び捨てならば満点でしたが。外の守りは聖獣たちに任せても?」


「はい。裏庭も水の聖獣が既に守りを固めています。ロック鳥などの輸送ができる聖獣もフル稼働しているので、僕の聖獣たちも拠点を守る戦力以外は総力戦の様相です」


「素晴らしい主従関係です。では家に」


 家の中に入りとりあえずユイをソファーに座らせると、本当にワンワン泣き始めました。


 我慢していたんですね。


 僕とアリアは左右からユイを抱きしめ優しく声をかけます。


「ありがとうございます。ユイ。僕を心配してくれて。祈ってくれて」


「あなたは私の誇りです。あなたを迎え入れたこと、我が家の輝きとなるでしょう」


「スヴェイン様、アリア様……」


「スヴェイン様、ユイを寝かしつけてあげてくださいな。きっと想像以上に疲れています」


「……起きるまでずっとそばにいてあげてもいいですか?」


「その程度、ことは許しましょう。ユイも、スヴェイン様を甘やかして甘やかされてきなさい。ただし……」


「抜け駆けはなしですよね?」


「当然です。さすがにそれは甘えではありません」


「承知しています。……スヴェイン、甘えていい?」


「もちろんです。それでは、しばらく席を外します」


「スヴェイン様、いない間は竜の帝として動いても?」


「構いません。存分に」


「はい。では、ごゆっくりおやすみください。今後の英気を養うためにも」


「ええ。子供たちの前でみっともないのですが……では」


 ……まったく、弟子の前で不甲斐ない。


 ですがせっかく手に入れたふたつ目の『』です。


 手放したくもないし、傷つけたくも曇らせたくも汚したくもないですからね。

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